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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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オバマ広島演説と「一歩後退・二歩前進」

金曜日、S和女子大での4限の授業を終え、夕暮れの三軒茶屋を少しそわそわしながら、テレビのある洋食屋へ。少し早めの夕食をとりつつ、店のテレビで、夕暮れの広島平和公園の様子を眺める。店内もどこか凛として静かになり、オバマの声明が始まった。

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オバマの広島演説は、これまで数々のオバマ演説を比較的熱心に触れてきた私としては、やや曖昧模糊とした抽象論という印象だったが、現職大統領の来広として、その歴史的意義はやはり大きいと感じる。

オバマ演説の主旋律に、ふと、広島の高校生平ゼミで聞いた言葉を思い出した。「広島への原爆投下を仕方なかったと考える立場も、許せないと考える立場も、未来に原爆が使われてはいけないという点で一致できる」。

オバマの演説は、細部にいたれば注文も多く、もちろん批判もある。とはいえそれは、過去の不問を目的とした「未来志向」ではなく、過去の不一致を踏まえながら未来に向けて力を合わせるための「未来志向」だろう。そのようなものとして、私は肯定的に受けとめたいと思う。

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歴史はいつも、少しずつしか前進しない。2歩前進、1歩後退。
平和公園を歩くオバマに同伴する安倍首相の姿に、そんな、歴史に必然的に付随する「1歩後退」を如実に感じる。

毎夏8・6、去年と同じコピペ演説で広島を愚弄し、被爆者との面会を不誠実に回避してきた安倍首相。積年の不実がたたり、被爆者からの冷たいまなざしにも拘らず、オバマ同伴の手柄と親密さを演出するためか、着席する被爆者に嘘くさく歩み寄っては望まれもしない握手をする。

自分がさんざん邪険に扱ってきた広島を、オバマ同伴による「外交的手柄」として参院選を睨むならば、いくら寛容で少々の不正は水に流す日本人でさえ、そんな欺瞞は許されるべきものではないだろう。オバマ来広による確実な「2歩前進」で、この「1歩後退」が許されてはいけない。

そしてまた、この「1歩後退」によって「2歩前進」の成果すべてが「嘘くさいもの」と片づけられてもまた、いけないはず。

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オバマは平和公園を訪れる数時間前、岩国基地を訪れ、米兵、福田岩国市長、黄川田外務副大臣などを前に、8分間の短い演説をしている。内容は、強固な日米関係を讃え、熊本震災で展開したオスプレイ操縦士の救命活動を紹介するというもの。

平和公園で語るオバマは、そのまま、「軍服(men and women in uniform)」の前で語るオバマである。だからといって平和公園のオバマが嘘であるというわけでもなく、まただからといって、岩国基地で語るオバマから目をそむけてよいわけでもない。これはオバマの矛盾というより、現在のアメリカの持つ矛盾であり、二面性であろう。

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ここ数日間、オバマ来広の昂揚感あふれるニュースに頻繁に触れながら、どこか、沖縄の草むらで一カ月間、誰にも見つけらずに雨風にさらされて死んでいた女性の存在が、なんともなしに思い返されたりした。

この問題を「封じた」(後藤謙次)上で、オバマの広島演説があっても、そしてそれは間違いなく大きな一歩だが、それはしかし、本当は最もプライオリティの高い政治課題から目をそむけたままになってしまうのではないか、という思いもちらちら頭に浮かんだ。

この問題は、70年前の広島以上に、オバマ大統領にとって最も直視するのが困難な課題であり、それゆえ直視すべき課題であり、オバマと、それに批判的期待をかけながら今一歩の前進を望む人々の、本当の試金石でもあるようにも感じる。
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by akai1127ohi | 2016-05-30 03:19 | 政治時評 | Comments(6)

オバマと「民主的な文化」を作り出す力

オバマ大統領来広。

現職大統領の広島訪問の意義を大に感じつつも、やはり政治家としてのオバマの卓越さが如実に表れるのは、アメリカの歴史を想起させながら、人々の政治性と主権者意識を喚起し、アメリカなるプロジェクトを自らの思い描く形に引き寄せる、アメリカ国民への演説と感じる。
          
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四学期制の駒場での英語授業の最終回に、オバマのラトガー大学卒業式での演説を教材として利用する。



大学卒業式の演説ゆえ、主として学問論の建前をとりながらも、「壁の発想」(トランプ)に対する明確な批判、そして何よりその背後にある「反知性主義(anti-intellectualism)」に対する驚くほどまっすぐな批判を展開している。以下、印象的だった部分を訳出してみます。

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「(20:18~)壁を作ることは問題を解決しません。壁は経済を活性化することもないし、われわれの安全を高めることにもなりません。イスラム教徒を孤立化させ軽蔑すること、入国に際して彼らを他の人々と差別して扱うこと、それは、われわれ合衆国の価値への裏切りだけでなく、われわれのアイデンティティ(who we are)への裏切りだけでなく、暴力的な原理主義に対するわれわれの闘いに際しての、われわれの最も重要なパートナーとまさにそのコミュニティを追いやることなのです」

「国境の南端に終わりなき壁を作ること、移民の試練を論難すること、それは、「人種のるつぼ」としてのこの国の歴史に反するだけでなく、われわれが、世界中の果てから人々を引きつける魅力によってその成長、イノベーション、ダイナミズムを喚起してきた事実に反するのです。それがわれわれがアメリカを形作ってきたやり方です。なぜ今それを放棄する理由がありますか?」

「三番目に、事実、証拠、理性、論理、科学への理解。これらは重要なことです。……われわれは伝統的にこれらの価値を重んじてきたはずです。しかし、みなさんがこんにちの政治討論に触れるならば、きっと思うでしょう。この反知性主義(anti-intellectualism)の波はどこから来たのか?と。だから、2016年度卒業生の皆さん、これだけは明確にさせてください。政治でも生活でも、無知は美徳ではありません。自分が何を話しているかに無知なことは、ダサいことです。……」

「この国の建国者たちは啓蒙の子(born of the Enligtenment)でした。彼らは迷信、偏狭な仲間意識、部族主義、人種的偏見を克服しようとしてきました。彼らは合理的な思考と実験主義、よく物事を理解した市民が自分たちの生活をよくしようとする能力を信じてきました。……」

「そして今日、皆さんのポケットにはすべてスマートフォンがあります(聴衆笑)。ワンタッチで巨大な量の情報にアクセスできます。しかし皮肉なことに、情報の洪水は必ずしも私たちの真理を見極める力を高めていません。それはむしろ、われわれがより一層無知に居直ること(more confident in our ignorance)を可能にしています。ウェブ上にあることは何でも真理であると考え、われわれの先入観を補強するようなサイトを探します。独断が事実として虚飾され、もっとも粗野な類の陰謀説が絶対的真理のように流通します」

「事実の否定、理性と科学の否定、それは衰退への道です。私はカール・セイガンの言葉を思い出します。すなわち、『われわれは私たちの進歩を、探究する勇気とそれに対する応答の深さによって、「何が耳に聞こえがいいか」ではなく「何が真実であるか」を深く受け止める進取の精神によって判断する』」

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あらためて舌を巻くのは、「文化」を創り出すオバマの卓越した手腕で、これは圧巻というしかない。政治不信、社会閉塞、格差や奨学金負債など、おそらく多くの問題が山積するアメリカで、言葉が若者の心を捉え、力強い言葉で自分の側に引きつけている。

自分の側に引きつけるという意味は、アメリカの若者を、知性や共感、異なる他者への寛容、デモクラシーへの信頼、そうした価値に引き留め、繋ぎ止めようとする、という意味です。そういう「側」に引き寄せ、そういう「文化」を創り出す力です。

換言すれば、そのような若者の心が、反知性主義、後ろ向きの解決、社会閉塞ゆえの差別など、そのような方向に流れていくのを、「阻止する力」でもある。

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おそらく、日本でも、橋下維新などを支持する若者層も、どこか、現在の社会に対するある種当然な不満と、その現状を打破したいという、ポジティブな意識があるはず。

「政治家は何も仕事していない/変えられない」という、日本でもおなじみの政治不信は、一方で橋下維新的なものに回収されると同時に、何かきっかけがあれば、回路があれば、より知性的で、他者との共同性に開かれ、より持続的にこの社会の問題を見つめ、それを解決していこうとする、そういう方向性への「繋ぎとめられる」はずだろう。

そのための「文化」を創り出すこと。
オバマに学ぶことは多いはずだろう。
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by akai1127ohi | 2016-05-30 03:11 | 政治時評 | Comments(0)

「わかりやすい政治/変える政治」を求める圧力の先にあるもの

NHKスペシャル「18歳からの質問状」(5月4日夜10時)を見た。

民進党山尾、共産党吉良、公明党ながら比較的リベラルと聞く佐々木さやかなどが出演し期待感があったが、議論の進み具合に、およそ30分で違和感を感じはじめる。この違和を言葉化する必要を感じ、荒い記録までに書き留めます。

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この番組の構成は、自民党から共産党まで多様な政党をまとめて「政治家チーム」として一括りにし、18・19歳の新有権者と対峙させる構図で、政治家には、「政治家どうし」の議論にならないように、個別具体的な政策には触れてはいけないという決まりがある。その上で「政治家vs新有権者」という擬似的対立軸の上で議論をしたらどうなるか。

案の定、18・19歳による政治家への批判は、政治に関する理念や価値観とは直接の関係のない、いわば没イデオロギー的な論点に収斂していく。たとえば、①政治家は「わかりやすく」話すべき、②政治家の歳費は高すぎる/政治家はそれに見合った働きをしていない、など。

これらはいずれも、より本質的な政治的論点、すなわちTPPや消費税や安保法制といった現下の政治課題や、その背後の「あるべき社会」をめぐる価値観をすべて括弧に入れた話であり、この番組は、そのような価値観対立やイデオロギー対立を「避けた」政治の語りがどのような帰結へ行きつくかを、萌芽的に示していたように思える。

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たとえば「政治家は難しい言葉で話しすぎ/もっとわかりやすく若者に響くように話せ」という批判も、その「難しさ」の定義は曖昧で、共産党の理詰めの質問が難しいというレベルとも、安倍の答弁が「はぐらかし」で難しいと言うレベルとも判然しないとまま、とにかく「政治家はわかりやすく話せ!」という批判がスタジオ共通了解となっていく。

「政治家の歳費が高すぎる/なんでそんなにお金もらってるのか」という批判も、これ自体は一定の妥当性はあり、適正な歳費へと縮減されるべきは当然だが、とはいえ、現下の所得の不均衡の全体像から見て、本来、公平の観点から最も批判されるべきは、企業のCEOや銀行頭取らや株主らや金融資本であり、それらの富がけた外れであろう。むしろ、政治家の「高給」叩きは、それを相対的に不可視化させる「ショー」のようにも感じた。

全体的に、政治家を「一まとまり」にして、それに18歳有権者を対峙させて批判させる同番組には、いわばここ10年の「公務員叩き」の延長上にある、ある種の「つるしあげ」的な瞬間を感じないでもなかった。

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「政治家は高い歳費を貰ってるんだから働いて成果を出せ」と言う批判も、そもそも何が政治家の「成果」なのかを論じることが本質的であり、それをめぐって本来は価値観が多様に乱立しているはずであろう。しかし、「結果」とは何かという内実を議論することは括弧にいれたまま、とにかく「目に見える結果を出せ」となる。

新有権者の一人がいみじくも、「こちらはお金を払ってるんだから政治家はそれに見合った働きをするべき」と言っていたが、確実な「消費者意識」だけはあるのである。

だって金(税金)を払ってるんだから。
自分たちは税金払ってるんだから、そして政治家はそれで歳費をまかなってるんだから、ちゃんとやれ、となる。

基本的に、料理を作る作業にまったく関与しない/できないまま、料理の代金は払ってるので、早く迅速に美味い料理をしっかり運んでこい、という式の「批判」になる。

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元来、「政治のプロ」と有権者を隔絶させ、政治家と若者に線を引いて対立構図を作ってみること自体が、擬似的でまやかしの対立図式であると思える。政治に対する当事者性を実感しえず、その帰趨を左右する権利もないのだから、必然的に批判は「無責任」でしかありえない。有権者が「政治のプロ」を無責任に批判し、「政治のプロ」がその特権の裏返しとしておもねって聞く、といういびつな構図を作り出すことが、主権者教育であるはずがないだろう。
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本来は、憲法、TPP、消費税、安保法制といった「本当の、本質的な政治課題」をめぐり、国会議員も18歳も関係なく、賛成反対留保を明らかにしたうえで討論することこそ、政治的な番組というものだろう。

価値や利害の多様に対立する課題をあつかい、それに対する態度決定をめぐり真剣に議論すれば、「わかりにくい」主張は議論のなかで自然に淘汰されるし、どうすれば「わかりやすく」主張を展開できるかが自然に体得される、はずであろう。

(その意味ではこのようなNHKの「安全な」啓蒙番組より、もっと生々しくて野卑で正直な「朝まで生テレビ」などの方が、政治討論の質としていかに二流三流であれ、より本質的な主権者教育の実践とも感じる)。

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番組に登場した18・19歳の政治批判のあり方は、おそらく90年代以降の日本のメディアによる「政治批判」の論調のなかで政治報道に触れ、それによって政治観ないし政治家観を作ってきた世代の、或る意味で必然的にパターン化されたものと感じた。

1990年代以降、冷戦構造の終焉とともに、左右対立の時代遅れ、イデオロギーの喪失が「常識化」され、政治における価値感の対立が喪失された。左右対立に基づいた政治対立軸、その「ナラティブ」に従った政策論争を「終わった」ものとして不可視化する言論構造が、ここ20年以上続いている。

その結果としてか、90年代以降の日本政治をめぐる対立軸らしきものの一つは、政治をめぐる価値観とはあまり無関係な、非イデオロギー的な課題をめぐっての、「改革か否か」の競合、あるいは「誰がもっとも効果的に改革できるか」というものである。

対象は何かを明示しないままの「はっきりイエス、はっきりノー」の賞賛、目的語不在のままの「改革」、言ってる中身不在のままの「わかりやすい話し方」の称揚なども、それに伴う象徴的な政治スローガンといえよう。

そして、行政区画の改変(大阪都構想など)、公務員制度の改革、国会議員の削減といった課題で実行力と効率性を競い合う政治は、このような、非イデオロギー的な課題をめぐっての「改革か否か」をめぐる政治に最も適合的な政治競合であり、それゆえ、ここ10年以上の日本政治の「対立軸」を表層的に規定してきたように思える。

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「政治家は庶民にわかりやすく政治をしろ」という圧力、そして「変える政治/改革する政治」を賞賛する圧力とが帰結させるものとは、一体どんな政治だろうか。

それはすなわち、過度にわかりやすく単純化された擬似「対立」構図を作り出し、比較的容易に変えることのできる対象を狙い撃ちして「改革の成果」を作り出す政治に帰結するのではないか。

「わかりやすさ」とは、たとえば小泉郵政劇場であったり橋下の友敵政治であったりするだろう。「変える政治」とは、55年体制下で一定程度の社会的機能を果たしながら、現在はいわば脆弱化するとともに「既得権化」した中間団体(たとえば労組など)を攻撃、改編して「達成」とする政治だったりするだろう。

すなわち、「わかりやすさ」と「変えること」を目的化して政治に要求する言論圧力は、わかりやすい擬似対立図式を煽るポピュリズムと、非本質的で「変えやすい対象」を狙い撃ちしてその解体を「成果」として目に見える形で出すいびつな改革主義を招くのではなかろうか/招いてきたのではないだろうか。

「わかりやすく」かつ「結果を出す」ことを基準にすれば、それはポピュリズム的な改革政党を要求する圧力になっていくだろう。端的にいって、あの番組に出た18歳のおそらく半分くらいは、おおさか維新に入れると私は思う。

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番組では、奨学金を背負う大学生も紹介されており、母子家庭出身の国立大学生が、月15万、4年間750万の奨学金(奨学ローン)を借りることになり、今から倹約してごはんに納豆とマヨネーズをかけて食べる状況も紹介されていた。

これは実質的に本質的な政治課題であろう。
そして、これを番組も政治家も無視してはいない。

しかし、こういう本質的な政治課題が、「改革の政治学」の語彙だと、どうもうまく翻訳されないのである。「改革の政治学」の言葉には、これを掬い取り、アジェンダ化する言葉がない。だからどうしてもどこかずれがある。

求めるべきマクロな社会像をめぐる「価値対立の政治学」、政治の目的をどこに定めるかという「理念の政治学」に、これらの課題を置きなおす作業が必要と思える。

https://youtu.be/86HNCFVi-yg


https://www.youtube.com/watch?v=86HNCFVi-yg
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by akai1127ohi | 2016-05-08 00:56 | 政治時評 | Comments(0)
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