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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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ヒラリー・クリントンの政治スタンスと2016年米国大統領選

来たるべき2016年アメリカ大統領選でヒラリー優勢という時局報道断の下、次期大統領について先回りして知っておこうと、ヒラリー・クリントン『リヴィング・ヒストリー(上・下)』(ハヤカワ文庫2007)を読了。感想を羅列しておきます。

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『上巻』を一読して、中産階級出身の優等生少女の政治的成長が、古き良き戦後アメリカ社会の雰囲気を背景に浮かび上がる。

ヒラリーの政治的覚醒の前半は、共和党支持で政治好きな父親といつも討論し、キング牧師の演説のために都市に足を延ばせば、ソ連からの亡命者の過酷な話を聞いて『反共』主義の思いを強め、女子大で化粧の労なく勉学に励み、アメリカを愛すがゆえにベトナム反戦に加わり、イェール大学ロースクールで「北欧のバイキング」のようなビルとの出会い、州知事の妻としてアーカンソーへ赴く……と、まあこんな感じである。どこか「マイルドな樺美智子」という気もする。

『下巻』はファースト・レイディ時代の活動が中心で、共和党キングリッジへの批判、1997年の北京での世界女性会議での演説、ブレア政権との政策的思想的親近関係、上院議員への挑戦、祖国アメリカへのつきることのない愛など。

ビルの不倫問題と弾劾裁判の箇所では、かなり率直に強い言辞でビルに対する怒りを表明し、「長い謝罪の旅」に出るビルを「自業自得」と突き放しながら、その後の長い夫婦のカウンセリングや煩悶をへて、ともに結婚生活を続けていくにいたる関係の再起が描かれている。

また、ヒラリーにとって、苦境に立たされた時の相談相手として、ケネディ・オナシス(ケネディ大統領未亡人)とともに、心の中での「対話相手」としてエレノア・ルーズヴェルトというのも興味深い。

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政治における夫婦=男女のパートナーシップということも考えさせられる。

『金大中獄中書簡』(岩波1983)での金大中の手紙の多くは妻であり同志である李姫鎬に宛てたものだが、その手紙はすべて、「愛し尊敬するあなたへ」で始まる。F・ルーズヴェルトとエレノアの関係も、「この人ありてこの人あり」という思想的な相互関係がある。

ヒラリーとビルの関係も、信頼関係が決定的に破壊される局面もあったようだが、総じて、時代の過酷さは大きく異なるが、金大中と李姫鎬、あるいはルーズヴェルトとエレノアをの関係彷彿とさせるものも垣間見える。

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ヒラリーの政治スタンスを日本政治で翻訳すれば、児童権利や女性権利、LGBTなど社会的価値観では極めて進歩的で、日本でいえば福島みずほ氏だろう。経済政策は分厚い中間階層への支援と国民皆保険制度が念願で、日本で言えば民主党の長妻グループといったところか。

試みに、ヒラリーについて、ヨーロッパ政治の語彙でもって "Is she left?" と聞かれれば、さしあたりは"The answer is arguably YES” と応えてよいだろうと思う。

とはいえ、米国大統領となれば、外交軍事では当然、軍事力を行使する局面は出てくるだろう。その是非についてはその対象や状況に応じて判断するしかないだろう。しかし大事なのは、「だからヒラリーも米帝主義者だ」と性格づけて「失望」しないこと、それで肯定的部分も捨て去ってしまわないこと、のように思える。

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仮にヒラリーが2016年大統領選に当選しても、年齢的な条件(就任時69歳)もあり、一期だけかもしれない。しかし、その一期4年の「業績」がどうであれ、女性がアメリカの大統領になったという事実は「前例」として、アメリカ政治を方向付ける規定力を持つだろう。

「初めての黒人大統領」が「二人目の黒人大統領」の誕生をいとも容易にするであろうように、「初めの女性大統領」は、たとえ一期であろうとも、アメリカ有権者に「女性大統領」という idea に慣馴化させ、次に続く「二人目の女性大統領」の出現を、はるかに容易にするだろう。

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人は時々、誤まった時局的判断によって、後世の歴史家の笑いものになる。

だが、現在無言の歴史家よりは、あえて同時代的判断を表明して、「歴史家の審判」なるものを受ける特権を行使したいとも思う。

来たるべき大統領選では、米国51番目の州(属州?)「ニホン州」の有権者として、私はヒラリーに投票したい(くらいの気持ちです)。その態度表明によって、ささやかながら「歴史の審判」を受けてみたいと思う。
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by akai1127ohi | 2015-02-27 01:30 | 政治時評 | Comments(1)

ヒラリー・クリントンの国連LGBT演説について

学部時代に愛聴していた『米vs英 リーダーの英語』(鶴田知佳子著2006)という視聴覚教材に、当時上院議員だったヒラリー・クリントンが母校ウェルズリー女子大で行った講演が収録されており、思いもかけぬ自分の人生に触れながら、「社会的成功にクッキーの型抜きのような定型なし(there is no cookie cutter formula for public success)」と述べていた一節が妙に頭に残った。

2009年、国務長官となったヒラリーは、来日の折、東大弥生講堂で講演し、私も参加した。講堂周辺は物々しい警備で、ヒラリー来訪に反対する学生たちが「Stand on the side of eggs」という張り紙を張っていて、警備員に剥がされていた(エルサレム賞での村上春樹のスピーチ、「堅い壁と、それに当たって砕ける卵があれば、私は常に卵の側に立つ」を踏まえたものです)。

当のヒラリーの東大での講演の内容はアメリカ民主党の外交政策をそつなくまとめたものだったが、質疑応答の際、「どうすればあなたのような強い女性になれますか?」という日本人学生の質問に、ヒラリーが「女性の環境は千差万別で定型はない。ただ言えることは、自分に正直であれ!(be true to yourself)」と答えていたのが印象に残った。

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今学期、非常勤先での英語授業と社会思想史授業の双方で、ヒラリーが2011年に国連で行ったLGBT演説を取り上げ、あらためてヒラリーの主張に触れた。日本の英語教育ならびに「公民科」の教材として、全訳の上、印刷配布するにふさわしい演説と感じる。



演説は、1946年の国連人権宣言から始まり、そこで示された人権概念が、先住民、子ども、障がい者、その他の周辺化された人々に拡張されてきた経緯に触れながら、「我々の時代に残された現代の課題」として、「目に見えない少数派(invisible minority)」、すなわちLGBTの人権に触れている。

ヒラリーLGBT演説には実に多くのレトリック的工夫が含まれているが、その特徴を上げれば、以下の三点だろう。

第一に、少数派の人権を論じる際の、モラリズムではなく功利主義。
ヒラリーは決して「LGBTの人たちが可哀そうだから」というモラリズムで論を立てない。少なくともレトリック上、そういう理由でその権利を擁護することはしない。むしろ、性的少数派の権利を尊重しないことが「社会全体の利益」を妨げていること、発明やイノベーションといった経済的活力をそぎ、保険や公衆衛生などへの社会的対策を万全にすることも阻害していることを畳み掛けるように説得する。

これは、性的嗜好のようなイッシュが、保守派の感情を揺さぶり、ある意味で逆撫でする sensitive な課題であるがゆえの戦略であろう。

ちなみに同様の戦略は、イデオロギー的に sensitive な課題を扱う際のオバマにも同様です。先日のキューバとの国交回復交渉を国民に説明するなかで、オバマは、決して「社会主義体制の是非」については論じません。そうではなく、キューバとの交流がないことが、いかに「アメリカ人全体の利益(our interst)」にとって損失か、という点に的を絞って主張を展開する。もって、キューバとの国交回復に対する保守派の抵抗感を弱めようとする=広範な支持を得ようとする。

第二に、欧米中心主義の否定。
LGBTの権利を主張することは、アメリカの(多分にリベラルな)文化に価値観に固有の価値観であり、それをアジアやアフリカに押しつけることは「文化帝国主義」である、という批判が容易に想定される。それゆえ、ヒラリーの演説には、その批判を回避するための実に多くのレトリックが含まれています。

何より、ヒラリー自身が冒頭で、「私は、LGBTの権利の主張を、私自身の国が、この点において完璧とは程遠いことを『知っていながら』主張しています」と表明する。その上で、ヒラリーは、「LGBTの権利獲得が決して西洋の発明物ではない」ことを、南アフリカやコロンビア、ネパール、モンゴルなど非西洋世界でのLGBT人権保障の例を重ねることで、説得的に提示しようとしている。

第三に、それでいて流石と舌を巻くのは、このような民族的、宗教的、性的少数派の権利を擁護する試みにおいて、アメリカ合衆国が主導的な位置にあることを正面から押し出す態度表明です。

ヒラリーは、オバマ政権がその包括的な人権政策の一環として、性的少数派の人権を最優先順位に掲げていることを示しながら、次のように述べる。

「アメリカ合衆国において、人々が人権のために立ち上がる時、引き合いに出される言葉があります。『歴史の正しい側に立て(Be on the right side of history)』。アメリカ合衆国の歴史は、不寛容と不平等に繰り返し取り組んできた人々の物語です。我々は奴隷制をめぐり凄惨な南北戦争を戦いました。女性や先住民、人種的少数派、子どもや障がい者、移民、労働者の権利を確立するためのキャンペーンに、全米各地の人が参加してきました。平等と正義への旅は、今後も続いていきます」

「最後に、世界中の LGBT の男性女性の皆さんに、これだけは言わせてください。あなたがどこに住もうが、あなたが支援のネットワークにつながっていようが孤立して不安に駆られていようが、決して一人ではないと知ってください。世界中の人々があなたを応援し、あなたが直面する不正義と危険に終止符を打つよう努力している。少なくともこれは、私の国(米国)において真実です。あなたはアメリカ合衆国に、数百万人の力強い友人と協力者を持っています」

               ***

私自身は、生まれ育った家庭の思想環境が比較的「反米的」だったため、また大学時代がイラク戦争と重なったため、アメリカ合衆国に対してはとかく批判意識が強かったが、2012年に初めてアメリカの土を踏み、雪の中をルーズヴェルト生家やワシントンのキング牧師記念碑を回り、この政治社会の驚くべき二面性に触れた。

今、ヒラリーの演説も、私のアメリカ観を大きく変えようとしている。

日本の英語教育ならびに「公民科」教育の教材として、全訳の上、印刷配布するにふさわしい演説と思います。
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by akai1127ohi | 2015-02-26 01:44 | Comments(3)

政治家と野次―オバマの移民対策演説の一幕

「清く正しい大人」の方から注意されるかもしれないが、私は、「英米の権力政治家が公衆の面前で野次られるハプニング映像」を見るのが好きである。

政治家がストリートや野外集会で有権者のなかに入って行って対話集会を持つことは、親しみやすさを演出する権力政治家のパフォーマンスの一つだが、同時に、突如野次られたりして面子を失う危険性も「込み」である。

突然の妨害に対する政治家の対応の仕方も様々で、我を忘れて反論する人(ビル・クリントン)、巧妙にいなす人(キャメロン)、まじめに反論する人(ヒラリー)、「アメリカは言論自由の国だ」と自分だけ「マイクロフォン」を通して宣言する人(ブッシュJr)など。

野次というのは筋書きのない突発行為だから、予定調和を乱された珍事にいかに「適切」かつ「臨機応変」に対応できるかに、政治家の本質や真骨頂が試される。対応如何によって政治家の顔がつぶれもするし、株を上げもする。

          ***

その点、やはりオバマは「さすが」と思う。

2013年、カリフォルニア州での演説の最終、突如、移民の国外追放を批判する若者たちの野次に囲まれての一幕。



オバマの背後の若者は、大意、「あなたの行政権限を使って、すべての(不法移民の)国外追放を止めさせてください。あなたは国外追放を止めさせる権力を持っているんだ!」と叫んでいる。それに呼応するかのように、会場からの「国外追放をやめろ(Stop deportation!)」の合唱に囲まれて……。

          ***

(オバマの発言:0.46~)
ありがとう、わかった、よし、……私がしたいのは……いやいや大丈夫、心配ない(支持者に向って)……。よしわかった、とりあえず最後まで言わせてくれ(野次者に向って)。……わかった。ん?いやいや、そうしないで。彼らはそこにいていい(野次者を排除しようとする支持者か警備員に向って?)……。

私は君たち若者の情熱を尊敬する。彼らは家族のことに強い関心を寄せている。今、私がこの場所に来て話しているにあたって、君たちが知るべきことは……もし私が、議会で法案を通過させること「なし」にこれらの問題をすべて解決できるなら、それなら私は喜んでそうするだろう。

しかし私たちは法の支配の国で、そしてそれは私たちの伝統の一部でもある。それゆえ、なんというか…、簡単な方法(easy way out)は、法律を無視して、ここで叫んで、「私はこうこうできる!」という「ふり」をすることだろう。しかし、私が提案しているのは、もっと困難な途で、すなわち、我々の民主的なプロセスを、私と君たちが共有する目的に向って用いることであり、それはただ叫ぶだけというよりもっと困難なことです。それは働きかけを必要とし、また本当にそれを実現することを必要とします。

これを本当に実現するためにコミットする人たち、私は一緒に歩きます。一緒に戦います。私たちが、一生懸命働く移民の人たちの受け入れを実現し、その実現を確実なものにするための、一歩一歩を。我々がアメリカを見るのと同じ様にアメリカを見る人。どこから来たか、誰であるか、どのように見えるかに関わりなく、挑戦すれば成功できる場所として。

もしあなた(叫んだ若者たち)が、これを実現するために「真面目」なら、一緒に働くつもりです(if you are serious about making this happen, I’m ready to work with you)。そして、それは努力を必要とします。法を無視することではなく、またそれは我々の伝統ではありません。この国の伝統ですばらしいのは、時に騒々しく百家争鳴で、ときに困難なデモクラシーの伝統です。しかし必然的に、正義と真実は勝利する。それがこれまでこの国の事実であり、また今日もそうであり続けている。

          ***

言葉の孕むニュアンスをうまく訳せず隔靴掻痒だが、しかし不規則発言を契機に生じたこの光景は、これ以上ない「政治教育」や「市民教育」の実践の場、と思う。また、現実政治をめぐるアメリカの言葉の豊かさを感じる。

来年の参院選挙から日本でも18歳選挙権が実現する様相である。それはそれでめでたいことだが、英語の話せない(そのための恥をかけない)教師が英語を話せる学生を育てられないように、生活のなかで「政治的なこと」を話せない大人が、生活のなかで政治を判断する18歳を育てられるだろうか、という思いもする。
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by akai1127ohi | 2015-02-08 12:07 | 政治時評 | Comments(0)
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