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坂本義和逝去ー「オルタナティブの人」の遺産

10月6日、台風18号で暴風雨が横切る駅のホームで、坂本義和氏逝去の報に接する。横なぐりの雨風と同様、若干、心の乱れ騒いだ朝となった。

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坂本義和氏を始めて目にしたのは、2007年3月、明治学院大学での「福田歓一を送る会」だった。会場に入ると、いきなり檀上で大号泣し、会場全体に嗚咽を響かせながら弔辞を読んでいる(叫んでいる?)老人がいた。それが、坂本義和だった。悲憤慷慨の義士、とでもいうような、活字で知る坂本義和その通りの人という第一印象だった。

二度目は2007年12月1日、第4回南原繁シンポジウムでの基調講演。この時の坂本氏は、南原繁が論じた「真理立国」(真理に基づき国を立てる)をかなり明瞭に批判し、むしろこれからは「真理超国」(国を越えた真理を求める)だと喝破した。「真理超国」など、(たとえば古市君的なクールさが蔓延する)私らの世代では、とても恥ずかしくて言えない言葉だが、そんな理念を何の衒いもなく宣言する坂本氏の魅力を感じた。

1950年代には「革新ナショナリズム論」で一石を投じた「ナショナリスト坂本義和」。坂本氏は、ナショナリズムに対するこの世代の「転向」をよく示している。転向とは、往々にして、権力に迎合する方向への思想の転換を意味する。しかし「転向」とは、むしろ、その時々の支配的趨勢に抗う形での、自らの思想の変化を意味する。

坂本義和は、ナショナリズムの良い面も、またナショナリズムを克服する最良の視点も同時に併せ持った人。否むしろ、ナショナリズムの良い面を誰よりも追求したからこそ、そのナショナリズムを超える主張を、誰よりも衒いなくの述べられた人、と言いたい。

三度目に坂本氏を目にしたのは、2009年3月、ジョン・ダンやルス・スカーを招いたシ成蹊大学での研究会「デモクラシーとナショナリズム」。研究会はおよそ6時間におよぶ長丁場となり、最後に、坂本先生も一言どうぞとマイクを渡されると、坂本氏は、開口一番、「こんなに長時間に渡り老人を拘束するのは、重大な人権侵害である」と述べて、会場を沸かせた。

その後、毎年11月の南原繁シンポジウムでお見かけすることなどはあり、直接お話しする機会は、作ろうと思えばいくらもあったが、生来の「遠慮癖」で、結局、お話しする機会はないままとなった。

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今年(2014年)、『南原繁と国際政治』(エディテクス)という本に、「南原・吉田論争と坂本・宮沢論争」という小論を書いた。1965年の『現代の理論』誌上で行われた、坂本義和と宮沢喜一の対談をとりあげ、それを南原繁と吉田茂の論争に重ねあわせるものである。

本が刊行された直後、7月末に、坂本先生から、人を介して感想と感謝の連絡をもらった。そこには、「南原・吉田」の延長に「坂本・宮沢」が取り上げられていて驚いたとして、大意、次のような趣旨が書かれていた。「安東仁兵衛君が、なけなしのカネで借りた小さな部屋で、文字通り膝つき合わせんばかりの席で宮沢さんと率直な懇談をした、旧『現代の理論』などという、もう誰も見ない昔の記録が本書に含まれていることは、驚愕としか言えません」。

坂本メイルは、それに続き、「こんなところまで目配りをされた、大井さんという方は存じませんが、感謝の気持ちと同時に、言葉を書くことについての恐ろしさを、あらためて感じました。その点を含めて、大井さんに感謝しています」とあった。

「言葉を書くことの恐ろしさ」という坂本氏の言葉は、実にその通りと感じる。どこの馬の骨ともわからぬ若造が、書庫の奥底に眠った対談を引っ張り出してきて、後続世代の特権としての「後知恵(hindsight)」でもって解釈を加えた論文を書くのだから。「言葉を書くことについての恐ろしさ」は、けだし、坂本先生の感嘆のみならず、言葉で思想を表現し残すものすべてに通じる、普遍的教訓のように受けとめられた。

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坂本氏の浩瀚な著作のなかに、私なりの関心でいくつかの峰を作れば、おそらく次のようだろう。①初期のE・バーク研究、②1950年代の革新ナショナリズム論、③中立日本の防衛構想、④その後の平和研究。

「保守主義」のあり方、ナショナリズムのあり方、また、憲法9条の下での防衛構想のあり方。坂本義和の思索は、いずれも、「もう一つの戦後日本」を示すオルタナティブであり続けた。坂本義和は、その意味で、常に「現実とは異なるもう一つの選択肢」を示し続ける、「オルタナティブの人」えあったように思える。

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「戦後民主主義/戦後啓蒙」と呼ばれる思想的遺産の「批判的克服」は大事であり、後続世代の学問的営為が、決して過去の「縮小再生産」になってはいけない。だがしかし、ここ最近の日本の思想営為は、先行世代の研究を無暗やたらに「克服」しようとする、単なる学会特有の些末なドライブに駆動されてはいなかったか。遺産の「克服」は大事だが、私としては、いま一度、遺産を「受け継ぐこと」、「引き継いでいくこと」を、もう少しまじめに考えてみたい思いがしている。
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by akai1127ohi | 2014-10-07 10:37 | Comments(0)
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