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政治時評(37)ーエジプト情勢:「2011年革命」と「2013年反革命」

池内恵「エジプトの7月3日のクーデタ」(東大出版会「UP」2013年8月号)を拝読した。2011年以来のエジプト政変を、マルクス「フランス三部作」の方法を踏襲して分析記述したもので、これまで日本語で書かれたエジプト政変に対する最も的確な分析と感じ、また大いに思考を刺激された。以下、①エジプト政変に関する池内氏の認識を紹介しながら、②それによって刺激された私自身の問題意識をいささか粗野な形だが書いておきたい。

現在までのところ、2011年「アラブの春」以降のエジプト情勢に対する妥当な認識は、以下の引用(池内氏の文章)でほぼ過不足なくされていると感じる。

「2013年6月30日の大規模デモは、2011年2月11日にムバーラク大統領を退陣させたものと同様に見えるかもしれない。しかし内実は大きく変質していた。2011年のデモは、長期独裁政権に反対し、世襲の阻止を掲げ、警察の拷問、政権高官とそれに結びついた企業家の汚職、社会正義と尊厳の喪失といった問題を的確に追及した、明確な大義名分のあるものだった。そのような正当な異議申立てを、過酷な弾圧に直面して文字通り命を懸けながら行うところに現れる人間の崇高さにこそ、世界中が目を奪われ、賛辞をおしまなかったのである」(p24)

「しかし今回〔2013年7月のデモ〕は、軍と警察の黙認と支持の下で、弾圧の不安なく、権力の座から滑り落ちて今や丸裸になったムスリム同胞団を、水に落ちた犬のように叩くという、人間が集団となった時にしばしば見せる本性的な『あさましさ』を露呈したものでしかなかった」(p24)

「2013年の『7月3日のクーデタ』の構図を改めて整理すれば、まず革命派若者の中の、軍の武力を用いて権力奪取を目指す勢力が先導して反ムスリム同胞団のデモを企画し、リベラル派・左派・世俗主義派がこれに追随した。このデモを軍・警察が黙認し、旧体制派が合流することで、デモを『乗っ取った』形になった。そして軍は『大規模デモで民意が示された』と主張して、『人民の名の下に』クーデタを行った」(p31)

「今後は、軍が気にいらない政権は、一定数の、それこそ軍人の家族・親族を動員するだけで可能になる程度の人数のデモを生じさせたうえで、『混乱の回避』、『民衆の意志の実現』と称して軍が『正当に』排除して良いことになる」(p25)

「たとえ今後、一部の革命派若者やリベラル派の政党・政治家が政治・社会問題の解決を訴えたところで、現実政治に反映される可能性は極めて低くなる。今回のクーデタを通して、軍と警察と、おそらくは背後の新興企業家層が再結合して、旧体制の支配諸勢力の結束を取り戻した」(p32)

「現在のエジプトは、典型的な『反革命』の一つの段階と言えるだろう」(p28)

               ***

池内氏によれば、2011年以後のエジプト政変の当事者勢力/アクターは、以下の9にわけられる。

(1) ムバラク政権の支配層
A ムバーラク大統領の親族・側近
B 軍
C 内務省(警察・諜報機関・治安組織)
D 新興企業家層
(2) イスラーム勢力
E ムスリム同胞団
F サラフ主義(超伝統主義)
G ジハード主義
(3) リベラル派・左派・世俗主義派
H 既存野党・知識人
I 革命派若者

時系列的に書かれた池内氏の分析を追って、これらを合従連衡を私なりに配列するとおよそ以下のようになるだろう。(以下、「体制側vs反体制側」の区分)

ムバラク政権期(2011年2月まで)
ABCD 対 EFGHI

2011年革命とモルシ政権(2011年2月から2013年7月まで)
BEFHI 対 ACD
反ムバラクのための、イスラム勢力とリベラル派・革命派若者などの当座の政治的連携。軍もこれを黙認し一応の後見人的立場に。しかし、モルシ政権の不人気が高まるにつれ、イスラム同胞団と世俗派・革命派若者と亀裂。

2013年7月3日の軍クーデタ(2013年7月から8月)
BCDHI 対 EFG
モルシ政権の政治手法に対して反発する民衆運動(革命派若者)に、軍が加勢。モルシ氏を解任して新たな軍主導の暫定政権成立。しかし、政権成立直後、暫定政権がモルシ派を大弾圧することでHI(リベラル派知識人と革命派若者)が政権から自主離脱。A(ムバラク親族側近)が漸次的に復権。

現在および比較的近い未来(2013年9月から)
ABCD 対 EFGHI
エジプト革命前とほぼ同様の構図へ。

               ***

以下、それぞれの勢力/アクターに対する私の感想(評価)。

(1) 軍
革命的な権力交替は、通常、野党や民衆運動がいくら抵抗を強めても生じず、旧支配層にいた勢力の一定部分が旧支配層から離脱し、中立あるいは抵抗運動側に転化して趨勢が決する(ことが多い)。2011年のエジプト政変は、まさに旧支配層の主要な部分であった軍がムバラク政権を見棄てて、大規模な民衆運動に対して「好意的中立」に転じたことが大きな要因であったといえよう。

しかし、それによって軍に対する民衆の期待は高まったものの、モルシ政権に対する「民衆抵抗デモ」が生じた際、軍はその自制心を欠いて、いささか前のめりに政治過程に介入した。一旦、実力組織(軍)が政治過程に介入すると、いわば「介入癖/出動癖」がつく、とでもいえるだろうか、少なくとも前例があることでその後の政治過程への介入に対する抵抗感が減じるとはいえるだろう。モルシ政権を追放した後の、実質的には軍事政権である暫定政権による、モルシ派の弾圧姿勢は度を越えたものがあった。軍/実力組織の政治過程への介入を許せば、もはや「政治」の側にはそれを物理的に制約する実力はなく、実力保有組織の「自制心/謙抑的判断」に委ねられる以上、軍・実力による政治過程への介入は麻薬的なものがあると感じざるえない。

(2) ムスリム同胞団
同情すべきはムスリム同胞団である。ムスリム同胞団を基盤とした2011年以来のモルシ政権は、強引な政治手法をとり、異なる政治勢力との合意や妥結を獲得することができず、政治的に未熟であった。であるが、それは「政局」の混乱であり、「政局」の内部で争われるべき問題だったはず。「政局」の混乱が、無暗に「政体」をめぐる混乱に持ち込まれてしまった。「政局」の混乱をその内部で議論する政治慣習を育むことなく、再び「政体」をめぐる「革命/反革命」に流れ込んでいった。

モルシ氏は民主的な選挙で選ばれた民選大統領であり、いかにモルシ大統領が不人気であったとはいえ、これは2011年エジプト革命の今だ揺るがない輝かしい成果である。今なおそれはそうであろう。デモクラシーを価値ある理念と自称し、エジプトの民主化の着実な確立を願う者であればだれでも、把持すべきはこの正統性をおいて他にないだろう。今回、この正統性がデモや実力(軍)の前にあまりに軽視され、2013年7月のクーデタの後にすぐにモルシ氏が「前大統領former president」と報道されたことこそ、デモクラシーの理念に背く趨勢であったはずだ。

池内氏も指摘するように、民選の正統性を、当人たちにしてみれば詐欺まがいの「人民の名の下のクーデタ」によって否定されたムスリム同胞団が、選挙など合法的立憲的民主制度を通してはもはや政権獲得は不可能と判断し(立憲制度の反プロレタリア的本質ならぬ反イスラム的本質!)、議会外の武力闘争に今後の活路を見いだしたところで、誰もそれを手放しに批判することはできなくなったのである。

(3) 革命派若者・リベラル派
全体のなかでおよそ5割前後を占める「モルシ政権は行き過ぎている」という政権批判(旧支配層+軍+警察)が、全体のなかでおそらく1割程度にすぎない、「モルシ政権は行かな過ぎている」という政権批判(革命派若者)を文字通り利用して、クーデタを行った。やや厳しい言い方をすれば、革命派若者は軍出動のための「露払い」を行い、リベラル世俗派は実質軍事政権の本質に対欧米消費用の「ソフト・イメージ」をつける「イチジクの葉」の役割を担った。そしてその「イチジクの葉」さえ、恥じらう必要がなくなれば取り払われた(エルバラダイ辞任)。

現在、最も今後の展望がないのはこのグループである。革命派若者は誰とも連帯できない。彼ら彼女らは、軍事政権にとってはすでに利用価値がなく、ムスリム同胞団にとっては自らを裏切った勢力だから。このグループはしばらくのあいだ現実的な政治勢力となりえず、フェイスブックのなかで世を憂う系のインテリ系になる公算が高い。

(4) アメリカ合衆国
アメリカは基本的に、事態を注視していた。イスラム色の強いムスリム同胞団とは気が合わないが、「デモクラシーの輸出国」として、民選大統領を否定するわけにもいかない。とはいえ、反政権デモや軍のといった反モルシの動きに対して、モルシ政権を積極的に守ることもせず、基本的には推移を見守っていたといえよう。

あえてどちらかといえば、軍との歴史的な関係ゆえ不作為によってどちらかといえばクーデタを掉さす機能を担ったと、言おうと思えばいえるかもしれない。いずれにせよ「反革命」への推移を座視していたわけで、基本的に褒められたものではないが、かといってエジプト政治がいかに「反革命」に陥ろうと、アメリカが介入すればいい話でもなく、とくにアメリカの責任を論じることも、当座は筋違いかと感じる。

               ***

さらに、エジプト政変を受けてのとりあえずの私の粗野な感想/問題意識。

(1) 「友敵政治」ではなく「統合の政治」の必要性
2011年以来、エジプトの情勢(アラブの春)は、米国ニューヨークにおけるOWSと「並んで」社会運動の高まりとして論じられ、受容された。しかし、二つの社会運動には、大きな差異があったはずだ。

米国占拠運動は、既成の主権的国民国家の政治のあり方、すなわちナショナルで代議的な政治制度の限界を告発し、政治への直接参加を通じてその枠組自体の克服を志向する社会運動であった。しかし他方、エジプト「アラブの春」は、宗教的、文化的に多岐に分かれた人々が、一つのネイションとして、一つの政治的主権者として自らを立ち上げ、いわばナショナルで民主的な政治単位を主体的に作り上げていくための起点であったといえよう。それは、「内発的国民国家の形成」が、依然として課題としてあるような状況であった。

そこにおいて、政治に必要なドライブは、「敵対の政治」「友敵の政治」ではなく、「合意の政治」「妥結と統合の政治」であったといえよう。バルフォア卿の言葉を借りれば、「決して終わらない政治の鳴物騒動によって危険なまでに混乱させられない穏健さ」の尊重である/あったといえよう。

(2) 「民衆運動決定論」について
政治的決定に影響を与える要素としては、①属人的要素(政治家の決断やリーダーシップなど)、②運動的要素(社会運動、政治運動)、③経済的要素(いわゆる下部構造)が挙げられる。政治的決定を見る際のこれらの三要素は、互いに相反矛盾するものではなく、対象に応じて最もふさわしいアプローチを選びながらも、多元的に複眼視すべきものと感じる。むしろ、往々にしてこれらのうちのどれか「一つのみ」を基底的な要素であるとアプリオリに主張する点から、認識の狭隘さが生れる。

政治的決定における運動的要素、とりわけ「民衆運動」を重視ないし賛美する立場から、2011年エジプト政変を「民集の勝利」として賛美した日本の人々の一部が、同じ民集運動というだけで反モルシ政権デモにも声援を送ったのは、いささか奇妙な光景であった、ということだけは書いておきたい。その「民衆運動」が軍のクーデタの契機となり旧支配層が復権、まさに革命が一回転したわけだから。

(3) エジプト政変と2009-2012年民主党政権
革命→反革命へと移行したエジプト政変(2011-13年)の教訓は、日本の民主党政権(2009-12年)という経験/失敗に対しても、決して他人事ではないだろう。日本有権者もまた、エジプトの劇的さには足下にも及ばない形で、2009年民主党政権交代という「プチ革命」と2012年自民党政権復帰という「プチ反革命」を経験している。

エジプト政変との比較における民主党政権に対する評価については、池内氏のエジプト分析と同様、マルクス「フランス三部作」を一応意識して書かれた政局分析についての書評をかねて、稿を改めて感想を書きたい。
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by akai1127ohi | 2013-09-22 04:39 | 政治時評 | Comments(0)

「醒めていること」と「保守的であること」

初めてトクヴィル(『アメリカのデモクラシー』)を読んだ時、人間の愚かさや絶望的な不幸の背景を極めて無味乾燥で的確に分析記述する、その「醒めた視線」に、何か無性に神経を逆撫でされるような読後感だった。

二回目にトクヴィルを読んだ時は、「醒めていること」と「保守的であること」とは違う、と感じるようになった。

三回目はまだ読んでないが、とはいえ今のところ、「醒めていること」を「保守的であること」として否定ないし排除し、結果的に「醒めている人」がいずらくなった/いなくなった集団や社会(「アツい人」ばかりになった集団や社会)の危険もまた、比較的強く意識するようになった。

それはもちろん、「アツくなること」を否定することでは全然なく、それが足りない/大事な局面はたくさんあり、他方で「アツくなること」の肯定が「醒めている人」の存在を許容しなくなることにも反対するという、そういう意味で、そういう風に意識するようになった。
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by akai1127ohi | 2013-09-20 14:59 | 散文 | Comments(0)

【詩】 世に倦む日々

かつて世に倦む日々を愛し
それを強く欲した

その仮借なき断言癖に魅了され
御相伴にあずかりたいと願った
その事情通の分析眼を敬愛し
得体の知れない本尊として崇めた

行先はどこでもよい
ただその力強い腕に引っ張られたいと
他力本願な女のように願った

愛の裏返しで
私は世に倦む日々に「絡んだ」

世に倦む日々も最初は私を好んだが
次第に煙たく思うようになった

ぐっしょり濡れたシャツを脱ぎ捨てるように
どこの馬の骨ともつかぬ私は
お役御免と切り捨てられた

その後、世に倦む日々なき生活を送り
一人で新たな道程を歩いた
新しき人、新しき出会い

知的遍歴の先々に
風の便りで世に倦む日々の活躍を聞いた
かつての恋の赤恥を
懐かしい感傷とともに愛おしく思った

ある日、ふとしたことで
世に倦む日々が私を許していた

久しぶりに読む世に倦む日々
あいかわらず力強い文章

しかしもはや
あの胸の高鳴りはなかった
私はもう
世に倦む日々を必要としない私になっていた

かつてそれに心酔した断言癖を
懐かしい思いで追いかけながら
私は静かに頁を閉じた

ありがとう
世に倦む日々
さようなら
世に倦む日々
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by akai1127ohi | 2013-09-11 13:32 | | Comments(0)

政治時評(36)ーシリア軍事介入の動向とキャメロン政権の離脱

イギリスは、空港から都心までの高速道路が「曲がりくねっている」ことを自慢する政治文化。その謂いは、空港から都心までは一直線の高速道路があるのは、独裁権力の証拠ということ。民主的な国家では、土地の権利問題や都市開発の規制やらで、まっすぐな道は建設できない。英国世論はその非効率を自嘲気味に自慢する。

イギリス下院でシリア軍事介入動議を否決されたキャメロンにつき、それを「政治的敗北」「求心力低下」とする日本の報道があるが、いささか疑問だ。民主主義である以上、決定には紆余曲折があり、重大問題でも土壇場で否決されることがある、なぜなら「(議会制)民主主義」だから。英国世論は、今回の土壇場否決劇を、むしろ自嘲気味に誇っているのではと拝察します。

それを踏まえると、日本の国会も、米国の軍事介入に賛成か反対か、筋書き無しで8時間討論をしたらよかろうと思う。A党=無条件賛成、B党=無条件反対のごとき機械的結論でなく、各議員が今現在での自分自身の自律的判断を表明したらよかろうと思う。その方が、こういう「当座の正答なき局面」に際し、誰がどんな判断をしたのか、帰責性が明確になっていいだろう。



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by akai1127ohi | 2013-09-03 23:21 | 政治時評 | Comments(0)
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