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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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政治時評(24)―政治家と「判断力」

政治家の最も重要な商売道具の一つは、「判断力」と思える。流動的かつ一回性の状況の中で、自分がまさに闘争渦中の「当事者」でありながら、可能な限り客観的な視点から物事に対して妥当な判断を下し続けること、それは政治家にとって必須でありながら、同時に獲得・習慣化の難しい資質だとも思える。

してよい妥協といけない妥協の弁別、潜在的味方と反対者の一定の識別、一人でもできることとできないことの識別、押し引きの時宜など、そういった判断力は、経験に裏打ちされたやはりある種穏当な精神、決して極端化しない心性等によって涵養されるものかと思う。「判断力」は他方でまた、責任倫理への居直りと心情倫理への固執の双方を弁証法的に昇華させる、政治家の「見せ場」の一つでもあると感じる。

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他方、妥当な「判断力」を阻害する要因としては、たとえば①経験不足、②睡眠不足、③飲酒、④過度の嫉妬や焦燥、⑤過度の疑心暗鬼、⑥(主として若年性の?)精神動揺的心性、⑦自己英雄願望などが挙げられると思える。政治の営みが人間の営みである以上、判断力喪失の理由も、かなり人間臭いはずだ。

ルス・スカーのロベスピエール伝『致命的な潔癖さ(Fatal Purity)』という評伝には、フランス革命末期のロベスピエールが、刻々変動する泥沼の党派闘争の中で判断力を失ってい様子が克明に描かれており、自分を見失い、自分を見るまわりの目を見失った政治家の悲劇的な末路が強く印象に残っている。

よせばいいのに、怖いもの見たさで、今朝の橋下市長のテレビ出演を目にした(みのもんた『朝ズバ』5/18)。相変わらず「立て板に水」の橋下氏の弁舌と、まくし立ててれば立てるほど冷たくしらーっとした空気が支配するスタジオの様子の落差が印象的だった。完全に自分を見失い、判断力を失った政治家の姿が、そこにあった。
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by akai1127ohi | 2013-05-19 00:18 | 政治時評 | Comments(0)

政治時評(23)―橋下徹 : 「米治」で切られた薄熙来

2007年以来、中国、重慶市で強力な指導力を発揮して暴力団を根絶し、同時に中国でいう所の極左的(日本でいう所の右翼的)な「紅歌運動」によって、すなわち文革を彷彿とさせる共産党復古主義によって人心引き締めを図った薄熙来。

この「実行力に富んだ潜在的危険人物」を、北京の(それなりに現実的な)共産党指導部がいかに処置するのか、注目しながら見ていた。結果的に、温家宝らを中心とする集団指導体制は、突如にいささか強引な形ではあったが、「人治」の力で薄熙来を切った。

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2008年以来、大阪を舞台に社会の耳目を集めてきた橋下徹氏は、実行力と右翼性の点で、常に私に薄熙来を想起させる存在だった。この人物を、民主主義たる日本国民は、「人治」ではなく「民治」の力で拒否しえるか、問われてきたと思える。しかし結局、橋下氏は、そのような日本国民による自力の圧力ではなく、慰安婦発言と米軍風俗活用提案を契機とした米国の圧力、いわば「米治」で切られんとしている。

相田和弘氏の指摘するように、橋下徹の政治を、日本国民の内発的イデオロギー闘争によって克服できなかったのは残念と感じる。橋下徹、それは「米治」で切られた薄熙来といえようか。

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橋下氏の一連の発言に続き、「韓国人は売春婦」という西村真悟氏の発言。「日本維新の会」は、欧米など通常の「自由民主主義諸国」の基準では、まごうごとなき極右排外政党といえよう。橋下市長辞職、西村議員辞職は不可避だ。日本が欧米等「自由社会」と価値観を共有するなら、この極右政党に衆議院の54議席を与えている、われわれの社会の「常識」を問い直す必要必至と感じる。

若干だがメディアの潮目が変わった現在、橋下氏の政治や「日本維新の会」を、それこそ時流に乗る形であれなんであれ、「われわれ日本国民」自身が、根本的に叩いてつぶす必要があると強く感じる。少なくともそれくらいは「民治」の力でする必要があると思える。
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by akai1127ohi | 2013-05-18 03:03 | 政治時評 | Comments(0)

日高六郎と水俣

晩年に水俣に関わった日高六郎氏によれば、水俣の漁民たちは、水俣病を調査したり訴訟応援したりする東京からの来客を、魚でもてなしたという。もちろん日高氏も水俣の漁師さんたちも、有機水銀の有害について無知なのではなく、それを知っている。それでも漁に出て、魚は青々として活きがよく、そしてそれで食卓を飾り、それを肴に焼酎を飲み、大いに宴会を楽しむ(日高六郎、「『生活の質』を考える」、『国民文化(第183号)』、1975年)。

水俣の漁師にとって、漁は生活の一部であり、生きる楽しみもそれなしでは成り立たない。魚を食べることは、決してチッソを免罪しているわけでは決してない。そういう方向ではなく、むしろ、漁は生活の一部であり、漁に出れば、太く活きのいい魚がかかる。その魚をとって、はじめて生活がある。

公害について知っていながら、それでも漁に出る背景には、海の復元力への祈り、「この病んだ海がいつかは健康をとりもどすにちがいないという切実な願い」(日高)がある、「独占資本主義の弊害」や「奇形の魚」の警告をする前に/少なくとも同時に。

2011年3月以後、私は東北に行こうと思って、それで、結局、多忙にかまけて行く機会がないままでいる。今年の夏ぐらいは、自分自身の主体的な意志で、自分の見聞を深めるような発端で、東北を訪れらればと思っています。

そんな私ではあるが、福島についても、上記と同じような視座が重要かと考えつつあります。
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by akai1127ohi | 2013-05-11 23:22 | 散文 | Comments(0)

海老坂武『加藤周一』(岩波新書2013)を読んでの雑感

海老坂武『加藤周一:20世紀を問う』(岩波新書2013)拝読。

全体の印象は、日記や時代考証を基にしながら時に『羊の歌』の「誇張、矛盾」に言及するなど、一定の「加藤神話」の相対化を孕みつつ、「嘘つき光っちゃん」ならぬ「嘘つき周ちゃん?」の横顔を友人の立場から追う、というもの。

加藤周一氏に対して、私は微妙な態度でいて、尊敬しつつも、ある種の「加藤周一信仰」には適切な距離が必要とも感じてきた。加藤に比して、不当な過小評価をされている現代日本知識人がいるから。たとえば「近代」との格闘では荒正人が、「マルクス主義」との格闘では日高六郎が、文章の洒脱さでは林達夫が、それらの点では加藤よりも優れていると思う。

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海老坂武『加藤周一』で興味深かったのは、第一に1947年の加藤周一と荒正人との「論争」。1947年、加藤は論文「IN EGOISTOS」で荒正人を批判しているという(pp58-60)。荒正人は戦後初期に、共産党員でありながら(否、本来「あればこそ」?)日本における「個人」や「近代」の意味を最も誠実に追及した人物と思える。荒は自我確立をエゴイズムの正面からの擁護として「肯定」したこともあり、加藤の批判はそれらに向けられている。

それに対して加藤の立場は、「輸入された近代」を否定し、日本で形成された歴史的文化を尊重し、その「伝統の上に立った近代」をめざすという、基本的にバランスのとれたものである。そしてこの(日本の過度な卑下にも近代の過度な讃美にも陥らない)加藤のバランス感覚は、私としては福沢諭吉のそれを彷彿とさせるものだった。

第二に加藤のヒロシマ体験(pp155-8)。米軍に随行して被爆直後の広島に入った加藤は、その後ずっと、ヒロシマに対しては距離をとり、観察者的傍観者的沈黙、判断停止の態度を採ってきた。

海老坂氏はその背景に、①占領軍とともに原爆症調査団に加わった「やましい思い」、②戦後直後の加藤が、(共産党と同様)米軍を解放軍と考えていたふしがある事実、を指摘している。

同じく広島で傍観者的被爆体験をして、それで戦後沈黙だった知識人は丸山真男。戦後啓蒙の二人の代表的知識人が広島について同じ軌跡をたどった意味は、いつか考えてみたい。
                
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本書であらためて加藤の遍歴を追いながら、加藤はいろいろ、「上手くやった」と思う。たとえば、「女」との距離、政党との距離、「日本」との距離など。めんどくさくなると「フランス文化」でけむに巻く。知識人であることは認めるが、同時に、決定的なところで敵を作らず、やや強く言えば「特権的足場」を保った人。

2009年に朝日新聞夕刊「居酒屋のムッシュ・素顔の加藤周一」連載で紹介されていたが、「9条の会」が出来る前、同様のネットワーク設立を立命館の安斎育郎氏が加藤にもちかけると、加藤は「日高さんがいいんじゃないか」といって逃げたという。加藤らしい、いわば政治的護身術と思う。理由は単純、安斎氏とは友好関係を保ちながら、とはいえそこまで深くは(運動組織的には)組めない、と思ったのだろう。私はむしろ、断る口実に名を挙げられた日高六郎の真面目を思う。

加藤周一センセイは、こういう護身術を駆使する/できる人間だったと推測する。丸山が結局党から激しく攻撃されたのと対照的に、加藤はこの点、「上手くやった」。この「処世術」の事実は、少し指摘しておきたい気がする。

それでいてなお、冷戦時代を通じて、ソ連/共産主義に対して加藤が把持した態度は間違いなかったと思う。加藤はいう。

「われわれがどれほど遠く共産主義から離れていても、共産主義が代表的な左翼運動であることは変りはない。そして左翼運動を含まずに、民主主義の進展は考えられないから、左翼運動に対する重大な打撃は、少なくとも間接に、民主主義の全体への打撃にならざるをえないだろう」(加藤の発言、海老坂『加藤周一』p166から孫引き)。

海老坂氏はこの加藤の政治的立場の「論理性」の如何を問うているが、冷戦時代の日本の「知識人」としては、「政治的に正しい」スタンスだったのでは、と思う。
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by akai1127ohi | 2013-05-11 11:24 | 散文 | Comments(0)

政治時評(22)―We Hold All These Truth To Be Self-Evident

米国オバマ大統領の演説を聞いていると、オバマがしばしば次の語句を好んでそらんじる光景に出合う。

We hold these truths as self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty, and the Pursuit of Happiness.

米国独立宣言の一句です。

そしてこの一句を、かつて福沢諭吉は、日本語話者にわかりやすいように、「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず、といへり」と訳した。

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今年1月、初めてアメリカ合衆国を訪れ、この言葉がアメリカの政治の日常的な確認事項として強い規範力を持っていることを痛感した。彼らはこの独立宣言の原理を、ことあるごとに確認しあう。大統領演説のなかで、議会図書館で、国立米国史博物館で、ユースホステルのカード・キーの表面でさえ。

We hold these truths as self-evident, that all men are created equal.

おそろしく空疎な言葉――どんなふうにも解釈できる。
おそろしく権威を持つ言葉――誰も否定できない。

オバマはこの言葉を、たとえばゲイやレズビアンの権利の直前に持ってきます。そのような作法で、オバマは、「all men are created equal」という言葉の「意味内容」を方向づけようとしている。それはまさに、「人間は平等に作られた」という文句の、その「平等equal」の意味を決するイデオロギー闘争であり、それを「自明 self-evident」たらんとする、オバマの主観的自己信条であろう。

アメリカ政治が、今なお、自負と誇りを込めて、反復的に We hold all these truth as self-evident とそらんじる光景に、率直に言って、「糞アメリカ、天晴れ!」という思いがした。

                    ***

5月3日の憲法集会@日比谷公会堂で、共産党と社民党の委員長/党首が、はからずも揃って1776年の米国独立宣言に言及したのは、私にとって大変印象的だった。

元来、自由主義思想の乏しい日本で、輪をかけてリベラル勢力が全般的に退潮化した今、社会主義派生の「革新政党」が、個人の自由や人権といったリベラリズムの価値を担っている。

安倍首相は――北朝鮮や中国の「異質性」を喧伝しつつ――日本と米国の「価値観の共有」を述べる。しかし、国家の名の下に基本的人権を制約し、個人の人権を「自明self-evident」とすることを拒否した『自由民主党』が、独立宣言の精神の下に政治共同体を建設したアメリカ合衆国と、いかなる「価値観の共有」をしているのだろうか。

We hold all these truth as self-evident――.

アメリカの有権者が彼らの建国原理を自負を込めて口ずさむのと同じ作法で、
「われらは平和を維持し、専従と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」というわれわれ自身の憲法を、臆することなく自負を込めて口ずさみたい思いがした。



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by akai1127ohi | 2013-05-07 01:03 | 政治時評 | Comments(2)

政治時評(21)―暗闇のなかに屹立する日本国憲法

「イデオロギー」についての定義の一つは、「(ある言葉の)意味をめぐる競合を決着させようとするもの」、「それは、『自由とはこれを意味し、正義とはあれを意味する』と断言する」行為や力であるとされる(M・フリーデン)。

ある象徴的言葉の意味を決定する支配的力をめぐる闘争を「イデオロギー闘争」とすれば、オバマ大統領は、「イデオロギー闘争」の名手だろう。例えば「アメリカ」という言葉で何を意味する/させるかという闘争は、オバマ就任後、オバマが意味させんとする意味に向けて、基本的にオバマ優位で変容してきた。

「アメリカ」という言葉は、「自由社会のアメリカ」、「ビジネス文明のアメリカ」から、「リンカンのアメリカ」、「ニュー・ディールのアメリカ」、「ケネディのアメリカ」、あるいはさらに言えば、「キング牧師のアメリカ」へと変容してきた。少なくとも、オバマが「アメリカ」を使うとき、その言葉が置かれる文脈を、慎重にかつ繰り返し、後者の側にずらしながら使っていることは明白だろう。

他方、「日本」という言葉で何を意味するか、という「イデオロギー闘争」は、まともに行われてこなかった。戦後のある時期以降、一方の側が「日本」の意味を恣意的に独占し、他方はその闘争に負け続けてきた、否、闘争には不参加の態度をとってきた。闘争不参加/闘争禁忌ゆえに、結果として「名誉の不戦敗」をしてきた。「日本」をめぐる「イデオロギー闘争」は行われてこなかった。

そのあいだ、日本国憲法だけが存在していた。
日本国憲法だけが、暗闇のなかに遠く屹立していた。
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by akai1127ohi | 2013-05-02 13:08 | 政治時評 | Comments(0)

政治時評(20)―安倍首相の「書生論的タカ派主義」と民主党のバランス感覚

山口参院補選で民主党敗退(4月28日)。

やや予想以上の大差(江島氏29万:平岡氏13万)とはいえ、安倍政権の比較的「順調」な政権運営、首相地元、自民支持率46%の山口県という条件では、結果自体は元来予測可能だったと思える。であればこそ、「自民圧勝」、「参院選へ自民加勢」、「無残に散った平岡氏」という読売産経メディア報道は認識として単純すぎるし、それ自体が世論を作りだす一つの意図と思える。

昨年の山口県知事選(山本氏25万、飯田氏18万)同様、今回の補選でも、山口県の岩のように固い保守地盤を感じさせる。だが同時に、県知事選後も山口に腰を据えて地域に根差した活動を展開し続ける飯田哲也氏、民主党リベラル派の代表的人物であった平岡秀夫氏、そして脱原発ミニ集会を繰り返してデモの先頭を歩いた菅元首相の姿など、硬い保守地盤を打砕く、「涓滴岩を穿つ」がごとき動きも生まれており、それらの意義に大に期待したい。

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「安全運転」はどこへやら。自民党の風向きは、もはや右傾化へ傾斜する安倍氏を牽制する自制能力、自重機能を欠いている様相である。安倍氏の政治に並々ならぬ危険を感じるのは、そのタカ派思想が遠大深淵からというより空疎観念的だからであり、現場的ではなく書生論的なゆえだ。戦争を知ったもののタカ派主義ではなく、知らない者のタカ派主義、本当は脆く空疎凡庸な人間の軍事傾斜主義と感じさせるからである。

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他方、民主党の細野幹事長はあいかわらず慎重に立ち位置をめぐり行ったり来たりのバランス感覚をとっているが、右傾化に対する批判的言明は比較的基軸が定まってきた。海江田代表も96条改正反対を明示化するなど、相対的にリベラル路線への傾斜を比較的強めている。もちろん、長島氏や(表向き沈黙の)前原氏など保守系議員の反発はあるが、参院選までは相対的にリベラル傾斜しつつあるプラグマティスト執行部が乗り切るのではないかと感じる。

三年間の民主党施政の「混乱」を積極的に擁護する立場ではないが、新参者の民主党による政治「混乱」なるものは、保守系メディアやネットなどいわば「文化装置」によって作られたものという側面があった。加えて、その「失政」に対する世論の制裁は十分すぎるほど受けてきた。

リアリズムを欠いて著しく右傾化した自民党に対し、民主党はかろうじてバランス感覚を保っている。腐っても野党第一党にいる。そろそろ民主党に対するメディアや有権者の風向きも変わってしかるべきと感じる。
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by akai1127ohi | 2013-05-02 13:07 | 政治時評 | Comments(0)
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