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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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慶熙大三週間―(終) 사랑하는선생님들과학생들

*「사랑하는선생님들과학생들」とは、「愛する先生たちと学生たち」という意味です。

教師の資質とは、何を教えるかではなく、何を教えないか、かもしれない。正確にいえば、生徒の発達段階に応じて「教えること」を加減すること、かもしれない。

英語の「5文型」は学問的には不誠実だからといって、中学生に「25文型」を教えたとすれば、生徒は英語嫌いになるだろう。良心的な人ほど、一度にたくさんのことを教えてくれてしまう。教師とは、どれだけ教えるか、というより、どれだけ教えることを抑制するか、という資質とも思える。

               ***

慶熙大学での韓国語授業で、私のクラスの 선생님 (先生)は、二人とも私と同じ年くらいの女性だった。あるところでは空気を引き締め、あるところでは笑い話で場を緩め、教室の雰囲気は見事に 선생님 の手綱でコントロールされていたように思う。

先生はとにかく積極的に話すことを鼓舞し、私が間違いだらけの韓国語で話すと、先生は新鮮な驚きや笑いを示した上で、ある間違いは指摘し、他の間違いは黙認した。それゆえ私は、間違いに無自覚であるがゆえに、さらに話そうという気になった。その結果、街角でも食堂でも、かなり怖いもの知らずに、どんどん話しかけた。

その後、学習の段階が進むにつれ私は、あの時先生が黙認した間違いを、独力で自覚するようになった。同時に、その間違いを黙認した先生の対応にも、理があったのだと悟るようになった。

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写真は回基駅近くの交差点

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慶熙大学の三週間語学課程の参加者の大半は女性で、基本的に、クラスは「女の園」といってよかった。何度説明されてもよくからない韓国式の年齢の数え方だと、私はすでに3X歳だそうで、先生から、アカイ氏早く結婚しなきゃ!とネタにされた(先生から強制的に前に呼ばれて私の相手役を務めてくれた T さんには感謝している)。

当てられてはその都度たどだとしい韓国語でトンチンカンな答えばかりしてしまい、クラスでは率先して恥をかく役回りだったと自負している。そんな感じで三週間はあっという間だった。

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この語学課程には、数人だが年配の参加者もいた。関西の中小企業の元社長さんで、リタイヤ後に韓国留学をしている60代の「イワタさん」もその一人だった。現役時代の剛腕ぶりを感じさせる豪快かつ魅力的な人柄で、ジェンダー的には問題発言連発ながら、韓国語は実にトーカティブで、私より一つ上級のクラスでしたが、実に新鮮な出会いでした。

回基の焼肉屋で二人で瓶ビール 6 本開けて、イワタさんが隣の大学生やOLに所構わず話しかけて、その後二人で回基駅から高麗大まで往復三時間の散歩をした夜もあった。

「韓国では『ちょっと一杯』というのが一番難しんや」

というイワタさんの言葉通り、高麗大の前の大衆酒場では、マッコリが水のようにやかん一杯に注がれて出てきて、結局二人でも飲みきれずに隣の大学生グループにおすそ分けした。

イワタさんは、「こういう所(語学学校)では、バカにならなきゃ損よ」といわれた。要するに、間違っていても馬鹿みたいに積極的に話し、馬鹿みたいに恥をかいて、その分しっかり吸収せよ、という意味だろう。同感だ。先生からも、街で通行人に話しかける際は、自分が知っていることでもあらためて尋ねていい、と言われた。本当に同感だ。

それほど意気投合したのに、最終日になっても、「イワタさん」とは互いに名前さえ正確に交わさぬまま別れるところが、語学学校の粋、一期一会の粋、人生の粋、というものだとも感じた。

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写真は慶熙大学の正門前の通り

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物事の習得の過程では、3 にまつわる期間が一つのめどになるという。目の前に初めての楽器を渡されて、3 分でとりあえずの様子がわかり、3 時間で一つめのコツが掴めて、3 日続ければとりあえずの軌道に乗る、というように。その後、3 週間、3 か月、3 年間、30 年間……で、一回りずつその事柄に精通していく。

私の韓国語学習は、3 週間目のコツをつかみかけたところで終了となった。日本に戻り、勉強を続けながら次の 3 を目指すことにしよう。

(慶熙大三週間・終わり)
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by akai1127ohi | 2011-11-23 01:14 | 잠깐만요! | Comments(2)

慶熙大三週間―(6)全羅北道・群山への旅

9月末、語学過程を終えた後、全羅道の港町、群山を旅した。

全羅道は韓半島(朝鮮半島)の南西部であり、かつての百済の南端に位置する。主要都市は群山、光州、木浦などであり、南端からは済州島への船が出ている。

軍事政権時代、慶尚道出身者が優遇されてきた反面、全羅道は長らく経済的・社会的に不利を強いられ、そのような地域主義の恨を一身に背負い、金大中の圧倒的支持基盤であり続けた。1997年の大統領選挙では、全羅北道で92.3%、全羅南道で94.6%、光州特別市では97.3%が金大中に投票している。

               ***

ソウル・群山間は KTX (高速鉄道)がなく、セマウル号で行った。所要時間は約3時間で、片道13500ウォン(約1000円)でした。

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写真はセマウル号からの車窓。
全羅道の穀倉地帯は、実りの秋を迎えている。

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写真は帰路のムグンファ号の食堂車。

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写真は群山駅にて。下車後、セマウル号を見送る。

群山は錦江という大河の河口に位置する古い港町で、映画「八月クリスマス」の舞台としても有名です。映画「ペパーミントキャンディ」にも錦江の渡船の風景が出てきますが、現在、錦江には大橋が建設中で、渡船は廃止になってしまったようでした。

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写真は、群山の裏路地。

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写真は、群山の港近くのタルトンネ(月街)の階段。

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タルトンネから海方面を見渡す。

イタリアやフランスの風景や生活抒情をありがたがり、あこがれる人々は多いが、すぐ隣の国の小さな街にこのような美しい裏路地があること、またそれが今再開発の波に飲まれていること、になぜ無頓着なのか、私はいささか疑問でもある。

               ***

群山は何より港町であり、海岸沿いをひたすら歩いた。
潮汐と風、魚や船の匂いが、私の故郷・広島仁保の海岸を思い起させた。

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写真は埠頭で釣りをする人々。
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同。

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この人は名人らしく、背後にギャラリーができていた。

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名人は、ギャラリーの期待を裏切ることなく、せわしく大ぶりのハゼを釣り上げていた。秋口のハゼは丸々と太り、小型のスズキ(セイゴ)かと思うほどです。そういえば今頃、太田川放水路でもハゼの入れ食いの季節だろう。

               ***

群山は、木浦と同様、かつて「日本人」が多く住み、現在も日本人家屋が多く残る街です。静かな旧市街を端から端まで歩き、気の向くままに写真をとった。

私は、日本人家屋という歴史の残留遺跡が今後どうされるべきかについて、意見を持つ資格はありません。確実なのは、意図的な撤去、というよりもむしろありうべき開発によって、遠くない時期に姿を消していくだろう、ということです。

以下、一つの記録的価値として、紹介しておきます。

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写真は群山旧市街における旧「日本人家屋」。以下同じ。
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by akai1127ohi | 2011-11-14 22:30 | Comments(0)

ウォール街占拠運動と民主制の変容

ニューヨークでのウォール街占拠運動が始まって一カ月以上が過ぎた。この現象に対しては批判も見られるが、ここでは占拠運動を既存デモクラシーに対する根本的な問い直しの契機と位置づけ、その意義を提示してみたい。

元来、近代の民主政治は常にナショナルで代議的なそれとして実践されてきた。それはナショナルな領域と構成員の画定を前提とし、領域の広さを代議制によって「克服」してきた。しかし現在、金融や経済のグローバル化と、それに伴う不平等のグローバル化という趨勢を前に、一国単位での代議的な民主的決定の機能不全が生じつつある。

占拠運動の背景には、このような既存の一国代議民主制に対する人々の疎外感があろう。「我々は99%だ」という主張は、その99%が政治の過程に表象されない現状への告発といえる。ここでは、「政治家」なる言葉が左右を問わず既成制度の象徴として使われている。占拠運動が求めているのは、「リベラル/左の政治家」ではなく、「政治家一般」に示される一国代議民主制それ自体の克服なのである。

占拠運動は、二つの点で一国代議民主制とは異なるイメージを示している。第一に、それは産業先進国を中心にグローバルな広がりを見せている。フェイス・ブックといった国際的SNSの活躍はすでにおなじみであろう。第二に、占拠運動の意思決定の場であるジェネラル・アセンブリーでは直接的な参加スタイルが採用され、公園という場に根差した自治的慣行が形成されている。総じて占拠運動は、既存のナショナルで代議的なデモクラシーに対して、グローバルで直接的なデモクラシーの方向性を示している。

では、占拠運動はこれまでの一国代議民主制にどのような影響を与えるだろうか。第一に、占拠運動に放出された要求の一部は、既存の代議民主制のなかに取り込まれるだろう。元来、占拠運動は政党政治への批判を含んでおり、具体的な要求項目の提示はそれ自体で政府の正統性を認めることになりかねないとして消極的であった。しかしそれでなお、銀行課税や社会保障を求める声は政府による公正な税分配に回収され、オバマ政権のリベラル回帰を促すだろう。そしてこれは、副次的であれ、運動にとっても一定の成果となろう。

しかし第二に、占拠運動に示されたグローバルで直接的なデモクラシーへの希求は一過性のものではない。一国代議民主制にすでに「当事者意識」を持てないという告発は、先進国に共有された意思表示であろう。もちろん、既存の代議民主制に代わるデモクラシーの形態に関しては、占拠運動も具体的な構想を示していない。しかしそれは、運動の構想力の弱さというよりも、そのような構想を可能にする条件が未形成であることに起因するものであろう。グローバル化により民主的決定に付されるべき問題はグローバル化した。しかし、その問題を解決する民主的決定のグローバル化は、追いついていない。占拠運動は、一国代議民主制の変容を迫り、新たな民主的決定の方法を求めるための、必然的な陣痛といえよう。

大切なことは、既存の一国代表民主制の枠内での不公平の是正を最大限に実践しつつ、同時に、グローバルで直接的なデモクラシーのあり方を模索し続けることだろう。そしてこの二つの試みは、矛盾せず両立しえるものと思える。(1340字)
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by akai1127ohi | 2011-11-12 05:59 | Comments(0)

「最近の社会学」に対する違和感

「週刊読書人」を50週間購読したが、少し期待外れだ。もちろん購読してこそ得られる情報もある。しかし、全体的に紙面構成の基軸的信条が見えにくく、第一面に限れば、いわゆる「社会学」のある種の流行・趨勢を追っかけているという印象も受ける。

「開沼博・古市憲寿対談 3・11以前/以後の世界」(「週刊読書人」8/26)は、それなりに興味深く拝読した。

しかし、古市憲寿氏「若者はもっと「自己中」になって社会を変えろ」(BLOGOS、10/28)に及んでは、同意することはできない。最近の「社会学」なるものに対し、私は強い違和感を表明しておきたい。

               ***

古市氏の議論は、「現代の若者の生活満足度は過去最高」、「現在の若者は過去最強の『豊かさ』の中で暮らしていると言える」という認識が前提となっている。ここでいう若者の「豊かさ」は、ユニクロで服を買って大戸屋で食事するといった、極めて短視眼的な幸福であり、雇用や労働条件、結婚や出産、親の介護や自身の老後などは捨象されている。

私はむしろ、海外に行く度に、生活水準や社会インフラにおける日本の「遅れ」を痛感している。韓国と比べインターネット環境は大幅に遅れているし、イギリスの大学環境と比べ、日本の学生寮のいくつかの住環境は、19世紀マンチェスターのスラムといって過言ではない。日本の豊かさは「過去最強」という認識は、端的に日本を相対化しえていないように思える。

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「学生運動」やデモに関しての古市氏の意見は、元来、言葉があまりに漠然としており、また正確な経緯に基づいていないため、本人の印象や偏見が何も問われないまま前提化されている。

デモに対する古市氏の姿勢は、脱原発デモでどれだけ社会的インパクトを与えられるかは不明であり、「40年間デモに参加してます、みたいなおじさん」に対してはむしろ頭を下げて政治家に陳情する方が効果的だと示唆する。それでもデモをしたければ、原発に対する不安を解消する「ガス抜き」にはなるだろうから、「生暖かく見守ってあげるほかない」というものである。

私自身も、「学生運動」における60年と68年、マクロな政治関与とミクロな政治批判、デモなど直接行動と代議民主制の活用の双方が必要と考えている。しかしそれは、それは古市氏のように「デモをする暇があれば政治家に頭を下げてネゴれ」ということでは毛頭ない。古市氏の論理は、結果的に、単にデモに冷や水を浴びせる理屈となっている。

おそらく、「現代の若者の生活満足度は過去最高」という認識から議論を組み立てきたため、原発批判や生活不安をかつてないほど表出させた「デモ」に冷や水を浴びせる方向に行かざるをえなくなったのであろう。その背景には、「デモ」なるものに対する古市氏本人の偏見や嫌悪も透けて見える。

本人は、曽野綾子氏や渡辺昇一氏などを「残念な保守老人たち」とし、主観的には自らを左右双方を批判する超然的立場においているのだろう。しかし、原発や格差をめぐり政治の拮抗が続くなかで、このような言論は結果的に「保守的」、「現状維持的」機能として消費される他にないであろうと危惧する。
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by akai1127ohi | 2011-11-05 19:55 | Comments(3)

ウォール街占拠運動に関するいくつかの解釈

ニューヨークでのウォール街占拠から一か月がすぎ、この間、藤原帰一氏「時事小言」(朝日夕刊、10/19)や久保文明氏「論点」(読売10/21)などいくつかの解釈が提示された。しかし、前者は学者的謙抑性から占拠運動の性格の不明さを指摘するに留まり、後者は占拠運動と民主党の結合によるアメリカ政治の左右イデオロギー分裂を危惧する内容で、占拠運動自体を既存の「アメリカ政治」に回収するものであった。

一方、高祖岩三郎氏「ウォール街占拠の思想」(朝日夕刊11/1)は、運動に内在した視点からその希望と危機を指摘するもので、対照的に読んだ。高祖氏は、占拠運動における二つの潮流、すなわち、要求に基づき運動を組織化しようとする党派的動きと、多様な形態を通して新たな政治空間の創出を目指す動きとの緊張を説明し、その状況下での占拠運動の一進一退を指摘している。

               ***

同様の運動内緊張は、たとえば60年安保闘争時における「既成左翼」とブントとの緊張とも通底するものであり、広範な社会運動で反復されているものかもしれない。しかし、運動内のそのような緊張関係が顕在化すること自体、運動が多様性を包含した裾野を十分に含んでいることの証左であるとも感じる。

安保闘争の際、「既成左翼」、「近代主義者」、そしてブント・全学連の学生たちといった三つのエネルギーの架橋点となったスタンスとして、日高六郎が挙げられよう。日高には、それぞれのエネルギーの昇華を目指しつつ、「分裂におちいらない多様性」と「画一主義におちいらない統一」を、いかに創出しえるかという「ジレンマ」が窺える。

具体的要求に基づき運動を組織化しようとする立場と、新しい政治空間の創出を求めて「山猫的行動」を求める立場との間には、常に一定の「ジレンマ」があると思われる。しかしさしあたり、それは、「ジレンマ探し」を目的化した結果ではなく、運動の広がりと多様性に伴う必然的な「ジレンマ」であり、それを再び継承することにさえ、一定の意義があると感じる。
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by akai1127ohi | 2011-11-03 00:31 | Concerned Citizen | Comments(0)
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