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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
by akai1127ohi
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【詩】 河口

河がようやく海に辿りつき
海がこれから大洋へと拡がる

河口は常に、何かを吐き出し
何かを呑み込んでいる

河口には
古い港町がへばりついている

干からびたオキアミと
釣り棄てられたボラの残骸
海に向かって吠え立てる犬と
猫が素通りする土曜日の魚

高台の教会から
讃美歌204番が聞こえる
夕暮れの月街の片隅からは
「おだて女」の声がする

河口に再び静かな夜が落ちる
潮汐は暗闇のなかで吐瀉と併呑を続けている
この港街は、歴史の感傷を否定している

河口の街に、一人でいることはできない
明日の朝一番に、この街を出よう
 
港町の暗い路地を振り返れば
今しがた自分が吐き出した煙草の煙だけが
潮薫夜風を漂っている
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by akai1127ohi | 2011-10-29 05:44 | | Comments(1)

ソウル市長選挙(2011年10月26日)について

10月26日のソウル市長選では、野党圏統一候補の朴元淳(박원순)候補の当選が決まった。

韓国では来年、国政選挙に在外韓国人も投票できるようになり、この間、フェイスブック等では主として日本語でのソウル市長選情勢や判断材料が挙げられており、それらを通じて選挙戦真っ只中のソウルの息吹を少しでも感じることができた(反面、日本の大手新聞での報道は本当に少ない)。候補者の選定ぶりから、野党圏の団結ぶりから、有権者の進取まで、強く印象づけられることが多かった。



上記は、すでに27日未明、選挙戦を制した朴元淳候補の勝利演説。朴新市長の横に立っている赤いマフラーの女性は野党統一候補をめぐり朴氏と争った民主党の朴映宣氏であり、さらに民主労働党であり、野党圏の団結が示されている。私の韓国語能力では分らないところが多々あり隔靴掻痒だが、0.40秒以降、民主党および民主労働党の感謝した後、「しかし今回の主人公は市民だ」と聴衆に投げかける様子はわかった。

               ***

ソウル市長選から一夜あけた韓国紙一面は以下のようだ。「ソウルが変わる、政治が変わる」(韓国日報)、「市民は特権と反則を容認しない」(京郷新聞)、「ソウル地域の民心は"ハンナラ党報復"だった」(ハンギョレ)。他方、日本の新聞では朝日が「既成政党にノー」、読売日経はソウル市長に「野党系」、産経は「左派」と形容している。

しかし「既成政党ノー」(朝日)が本質だろうか。たしかに「一から十まで市民が作った候補」(朴氏)に対し、民主党は再三入党要請したが、朴氏は最後まで固辞し無所属を貫いた。その代わり「精神は民主党員」と述べ、その朴候補を民主党は全面的支援した。民主党の度量も十分特筆に値する。

金大中の在野時代の遺産は、宗教者や市民運動家との繋がりといえる。金大中の流れを汲む民主党にもそれが活かされていよう。既成政党が全てだめなのではない。民意は市民にある。政党はそれが表現されるために手段やノウハウを提供し、組織と結びつける。そんな既成政党と市民との新しい関係が示されてもいないか。

               ***

この間、SNSやインターネットではウォール街とソウル市長選の双方の情報をフォローするようになり、両者の差異もつとに感じた。ウォール選挙運動は、既存の代議政治制度や「政治家一般」に対する抗議の声が聞こえる。他方、ソウル市長選は、準備万端の進歩・ハンナラ両陣営が、市民運動や民労党、安哲秀氏や朴槿恵氏などの外野を巻き込み、正面から衝突したという印象だ。

「代議」民主制の機能不全は、ナショナルな領域で代議民主制をとる国々におしなべて感じられている問題であり、それを克服する構想が重要だろう。同時に、既存の「代議」民主制批判に特化するあまり、政局に対するプラグマティックな注視を欠いて、既存「政治家」は右も左も同穴ムジナだと決め込むとすれば、それは既存の政治の枠組においては単なる「現状追認」として機能しよう。

ソウル市長選を前に、今回から初めて選挙に参加する人のコメントには、一票を行使する誇りを含んだ自負が窺えた。一票を投じることが社会への「参加」であり、それによる結果に「当事者」として一喜一憂しえるこのような「感覚」を、われわれの社会は、一体どこに置き去りにしてきたのか?そのような感覚は、どのようにして取り戻しえるのか。

「代議」民主制の批判的克服を構想するためにこそ、まずそのような問いから想起する必要もあるようにも思える。
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by akai1127ohi | 2011-10-28 01:12 | 잠깐만요! | Comments(2)

慶熙大三週間―(5)ソウル市長選(2011年10月26日)

9月のソウル滞在中、地下鉄の新聞広告では、柔和な笑顔の中年男性の顔ばかり見かけた。「時の人」なのだろうと思ったが、後に、来るべきソウル市長選(10/26)の野党圏統一候補・朴元淳弁護士だと知った。

前回ソウル市長選(2006)では、盧武鉉時代に総理を務めた韓明淑氏(民主党)が大接戦の末、ハンナラ党に惜敗した。今回、野党圏からは、民主党、左派の民主労働党、市民運動の朴弁護士の三者が出馬表明したが、共倒れを防ぐため野党圏で予備選挙を行い、朴弁護士を統一候補としたのだ(KBS記事)。

               ***

野党圏(進歩陣営)の統一候補樹立の過程は実に印象深かった。朴弁護士は「参与連帯」を創設した市民運動家で、2000年の「落選運動」を主導した人物でもある。

最大野党の民主党は統一候補を譲る形になったが、朴氏は「精神は民主党員」と述べ両者は協力関係にある。朴氏は金大中図書館へ向かい、李姫鎬氏(故金大中パートナー)の支持を得ている。



上記は朴候補の選挙公報。前回の市長選候補だった韓明淑氏をはじめ、民主党の面々を含めた、野党圏の大同団結ぶりを示している。

               ***

ハンナラ党は羅卿瑗氏で、女性の政界進出は左右を問わず活発だ。朴候補が李姫鎬氏の支持を得たのと対照的に、羅候補は金泳三、金鍾泌の応援を得ている。結局、「三金」なるものも、(トロイカが小鳩と菅の2対1だったように)保守「二金」と金大中の2対1だったといえよう。
               


羅候補の選挙広報。ハンナラ党支持が多い老年層向けの政策に力点を置いているそうです。

               ***

これらの政治風景は、日本のお寒い政治停滞から見て、切ないほど羨望と感じる。岩のような軍事独裁を自力で破った韓国民主圏の遺産をつとに感じさせる。素人が、女性が、積極的に大文字「政治」に参加し、影響力を与えるダイナミクスが歴然としてある。日本の野党圏は、韓国より何十倍も弱い上、分裂したままでいる。

日本では、おしなべて左派の知識人の間に、これまで連綿と「権力潔癖主義」があったように感じる。少なくとも、学問・論壇と政治の間には、大きな溝が歴然としてあった。現実の政治を語ることを「生臭い」として禁忌し、政治への接近を戒める訓戒には事欠かなかった。

このような「権力潔癖主義」に理由があったのだろうが、今となっては、私はこれは考え直してしかるべきではないかと思います。結果として、論壇は左派知識人が優勢の時代も、政界は徹頭徹尾、保守職業政治家の欲しいままにしてきた。政治の話を遠慮していて、政治に参加することを白眼視していて、一体どんなデモクラシーが育つだろうかと問う必要があるように思う。
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by akai1127ohi | 2011-10-22 21:11 | 잠깐만요! | Comments(0)

慶熙大学三週間―(4)『金大中自伝(Ⅰ・Ⅱ)』(岩波2011)

ソウル新村にある「延世大学・金大中図書館」を訪れた。展示は金大中自身の寄贈品が主であり、金大中を通した韓国戦後史の一面ともいえる。私の韓国滞在のハイライトの一つであった。

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写真はいずれも「延世大学・金大中図書館」

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『金大中自伝(Ⅰ・Ⅱ)』(岩波2011)は、大著だが、実に様々なことを想起させた。

金大中の実践に窺えるのは、果敢さが「拙速」となってしまう可能性と、深慮が決定的な瞬間を逃す「怯懦」となってしまう可能性とを、よくよく秤にかける知恵である。変転する政治的現実「今・ここ」において、自分の考えが「心情倫理」への過度の固執なのか、「責任倫理」によって合理化された開き直りなのかを見極める、「判断力」である。

それは、現実の status quo の不動の堅固さに呆然とする時、それでも眼前の社会の巨大さに絶対に尻込みをするな、と思い直させてくれる。同時に、高い理想に一人酔いしそうな時、現実感覚をもってしぶとく行動せよと引き戻す。

それはまた、「一歩前進二歩後退」を繰り返し、思うに任せない社会変化の速度に苛立つ時、人心の複雑さと多元性を尊重し、少しずつであっても確実に進めと諭してくれる。一人で出来ることの少なさに驚き呆れる時、一人で出来ることの小ささと、それでも一人の行動が及ぼす波及的効果の確かな存在を再確認させてくれる。

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滞在中、韓国の大学生と話す機会が何度かあり、その都度、見計らって政治の意見を聞いてみた。金大中の話になると、激烈に支持する人と激烈に批判する人に両極化されるという。批判も二様であり、太陽政策と対北送金に対する保守派からの批判、IMF政策を批判する「左」からの批判が混在している。

ただ、金大中を批判する人々も、金大中が「忍冬草(スイカズラ)」と呼ばれる苦労人であった点は、一様に一定の同意があるようだ。

               ***

『金大中自伝』は、以下のように、最晩年に口述筆記でなされたようだ。



1分30秒あたり、金大中が「トマス・アキィナス」、「トマス・モア」等と口にし苦笑している。1956年、明洞聖堂でカトリックの洗礼を受けた際の、以下の記述と対応している。

「私は、篤実なカトリック信者の張勉副大統領を教父とし、カトリック信者になった。・・・・・・洗礼名は『トマス・モア』だった。・・・・・・一瞬、私はギクッとした。『トマスなら、偉大な神学者、トマス・アクィナスもいるのに、よりによって首を切られた人間とは・・・・・・』。もちろん、それは信仰不足からだった。時がたつにつれてトマス・モアの真面目がわかるようになり、神の恩恵として受け入れた。・・・・・・トマス・モアは聖書の中ではなく、歴史の中に生きる人物だという点で、いっそう私を引きつけた。」(『金大中自伝(Ⅱ)、』59-60頁)。
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by akai1127ohi | 2011-10-17 01:15 | 잠깐만요! | Comments(0)

「漱石と朝鮮」

「みすず」(2011年10月号)で松尾尊兌氏の短文「漱石と朝鮮」を大変興味深く拝読した。それに伴い、松尾氏の専門的業績に対する関心を喚起された。

閔妃殺害(1895)の報を「ありがたき」とした漱石は、伊藤博文らによる高宗譲位(1907)を「実に気の毒」と書き残している。松尾氏は、この変化の間、漱石のロンドン留学(1900~1902)における自己本位と、日露戦争(1904)に際した藩閥・財閥への漱石の批判があることを指摘する。

               ***

漱石「倫敦日記」は、私がイギリスで過ごした一年の間、噛みしめるように読んだ。結果として私は、筋金入りの「自虐史観」論者として帰国することになった。漱石滞英中に日英同盟(1902)が締結されるが、「脱亜」を果たしたと吹聴する日本が、そのまま「入欧」させてもらえる保障・資格など毛頭ないことを、漱石は誰よりも認識していたと思える。

「漱石の不幸は、その周辺にロシア人エリセエーエフはいても、朝鮮人や中国人の留学生を一人ももななかったことであった」(松尾尊兌氏)。同感だ。同時に漱石は、日本の夜郎自大な帝国主義意識のアジアに対する無様な「抑圧移譲」も内在的に感知している。漱石の不幸と、漱石の流石の双方を感じさせるものと思える。
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by akai1127ohi | 2011-10-13 23:49 | 散文 | Comments(0)

辛亥革命百周年によせて(終)

今日(10月10日)は辛亥革命・武昌蜂起から100周年だった。
中国は今年、「今・辛亥革命を問うこと」の、体制正統的要素との体制転覆的要素との危うい綱渡りを強いられたと思える。胡錦濤氏は中国共産党を「辛亥革命の正統な継承者」としたが、それは、チャンネル桜が吉田松陰の正統な継承者というに等しい。

               ***

2011年の中東「ジャスミン革命」を受けた後の、中国における反政府行動への強権的取締りは、実に驚くべきものがあった。自国の青年を殴打し、外国カメラマンを公安車両に蹴り込む中国の「現政権」の姿は、ますます圧力と官僚主義への依存を深めているように見える。

               ***

孫文の実践と辛亥革命の遺産は、中国の人々にとって、常に眼前の政治を批判する一つの「引照点」としての意義を含み続けていよう。そのような「引証点」を持つ人々が、この先、現在の政治体制を唯々諾々と受忍する必然性は乏しい。私の同時代において、新しい時代の新しい「孫文」が、内発的に出てくるだろう。その時、根強い強権的体制を内側から変革しようとする中国の新しい人々と、「われわれ」はどのように繋がりうるのか。準備が必要なのは、「われわれ」でもあろう。
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by akai1127ohi | 2011-10-10 23:20 | Concerned Citizen | Comments(0)

【詩】パジョン食堂の口実

一人でパジョンを食べるのは野暮だ
パジョン食堂には連れだって行くしきたりだ

それは、あなたに声をかける口実だ

雨が降った日は
パジョン食堂でマッコリを飲むならわしだ

しかしそれは
雨の日の午後には思い切りよく図書館を飛び出し
時雨の街へ繰り出すための口実だ

学生たちが石畳を小走り
ハルモニが甲斐甲斐しく焼肉串を焼く
回基の街のあの角を曲がれば
雨の細粒に浮かび上がるパジョン食堂がある

あの夜、私は秋夕の風に気を取られ
あのパジョン食堂に、辞書を忘れた

しかしそれは
次に雨が降った日の午後
あの小さな辞書を探しに
回基の街の路地裏を曲がって
もう一度あのバジョン食堂を訪れるための
大切な口実だ
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by akai1127ohi | 2011-10-08 00:33 | | Comments(0)

慶熙大学三週間―(3)パジョン食堂

韓国の食堂は、私にとっていつも少し冒険だった。
食堂のメニューを見て、「辛いか云々」などと二言三言会話して、국(汁物)か빱(ご飯物)かと当たりをつけて注文し終えると、後はもう何がどれくらいの量で出てくるか知る由もなく、来たものを食べるのみという覚悟で、食事が運ばれてくるのを興奮しながら待っていた。

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写真は広蔵市場の賑わい。広蔵市場は、観光地化しているのかもしれませんが、常に賑わいがあり、高揚感がある。

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私の滞在中に渡韓した旧友 U 氏と、同市場にて飲む。

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広蔵市場で食べた、豚肉、キンパプ、焼酎。

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写真は鐘路のホットk(호떡)売り場にて。ホットk(호떡)は小麦粉で作るお菓子ですが、実に芸術的一品です。外皮はパリパリで、中にはうっすらと蜂蜜が塗られており、頬張ると上品なシナモンの香りがする。私が韓国の小学生だったら、小遣いはすべて호떡に費やしていただろう(一枚1000ウォン[70~80円])。


               ***

そんななか、私が愛食したのがパジョンです。
パジョンはネギ入りのお好み焼きで、日本だとむしろ「チジミ」で知られている。「予測可能な味」であり、当たり外れがなく美味しい。韓国の人は、雨が降った日は友人たちと連れ立ちバジョン食堂に行き、マッコリとパジョンを食べる習慣があるそうです。回基駅裏の屋台では、キムチ、オデン、直径30センチのパジョン、そしてCASSビール一瓶で6500ウォン(約500円)だった。

回基駅のすぐ近くに、パジョン食堂が立ち並ぶ有名な一角がある。パジョン食堂は、一人で入ることは野暮なようで、数人の友人を連れだって行く場所のようだ。慶熙大語学コースの終盤、クラスメイトや世宗大学の学生たちと、回基駅近くのパジョン食堂に行った。

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写真は回基駅近くの食堂のパジョン。この店のバジョンは、外皮はパリパリで、中は具が詰まっており、実に美味しかった。また私はこの店で、韓国語の辞書を忘れてしまった。しかしそれは、再びこのバジョン食堂を訪れる口実となった。

数年後、次に韓国を訪れた際、あの辞書を探しにまたこの食堂を訪れよう。そして、あの忘れられないパジョンを食べようと思う。
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by akai1127ohi | 2011-10-07 00:35 | 잠깐만요! | Comments(0)

慶熙大学三週間―(2)慶熙大学の様子

私が学んだ慶熙大学はソウル中心部鐘路から電車で15分程度の回基駅が最寄で、私が泊まった大学の寄宿舎は回基駅のすぐ近くにあった。回基の近くには慶熙大の他に韓国外国語大学、ソウル市立大学、少し歩けば高麗大学がある大学街で、食堂やカフェなど、大変活気のあるところだった。

延世大や梨花大など伝統ある名門大学が集まる新村がバンカラな高場馬場とすれば、新興の堅実な大学が集まる回基周辺は、吉祥寺といえようか。金大中図書館のある延世大学への憧れもあったが、活気ある慶熙大学も気に入った。

               ***

語学過程の初日、慶熙大学でクラス編成テストを受け、午後はキャンパスを少し歩いた。勤勉と大志を鼓舞する大学方針のようで、大学の各所に刻苦勉励を奨励する教訓碑などがあった。東方神起のチャンミンも、慶熙大学の「芸術デザイン学部ポストモダン音楽科」なるところに在学していたようだ。

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1955年建立の慶熙大学の本部棟。正面入り口には、「学問と良心の自由」と書かれている。他方、図書館に敷設された大学博物館の展示によると、同年の大学正門には「滅共勝利」のスローガンが掲げられている。


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「생가하는者 天下를 얻는다」(考える者が天下をとる)。大学の各所に、このような標語の書かれた「教訓碑 motto tower」があった。

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慶熙大学は中堅私大で、キャンパスは洋風、学生はハイカラです。学生運動はやはり名門の高麗大、延世大、ソウル大などが有名ですが、慶熙大でも唯一、建物の壁に民主化運動時代の学生運動の名残が示されている箇所があった。

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慶熙大学の図書館の外観。

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図書館の内観。円柱状の建物に書庫が並び、かつての British Museum の図書室を模していると思われる。

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図書館の内観。


               ***

何より印象に残っているのは、教室での日々の授業だ。たどたどしい韓国語でトンチンカンな答えばかりするものだから、私は先生からよくあてられてしまった。

午前中の授業を終え、図書館で夜まで過ごす生活が基本となった。慶熙大学は広大なキャンパスに学園ドラマのような校舎が並び、図書館は夜12時まで開いている。深夜まで大学は活気があり、運動場の方から、サムルノリを練習する音が聞こえる。

一週目が終わる頃、韓国では日本の旧盆にあたる秋夕(チュソク・추석)が訪れた。
夜半に図書館を出ると、電子辞書をポケットにいれて活気ある回基の学生街を帰路につき、気になった食堂のメニューや掲示板の前で立ち止まっては単語を引きつつ、秋夕前の夜の喧騒を感じた。
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by akai1127ohi | 2011-10-04 00:50 | 잠깐만요! | Comments(0)

慶熙大学三週間―(1)上手な間違え方から

今年(2011年)9月、韓国ソウルの慶熙大学にて夏季三週間の語学課程に参加してきた。

9月4日、夜の仁川国際空港に降り立ち、バスとタクシーを乗り継いで、ソウルの学生街・回基駅に到着した。回基は深夜でも賑やかな学生街で、異国についた初日に特有の高揚した気分のまま、駅近くの寄宿舎に向かった。

               ***

語学を学ぶとは、恥をかくことだ。
恥をかくことを禁忌していては、一向に上達しない。だから、初めて自転車に乗る子どもがまず上手な転び方を習得するように、外国の言語を学ぶ際は、まず上手な恥のかき方を習得しなければならない。まずは、間違えたときの照れ笑いの練習だ。進取精神で恥をかく覚悟がなければ、前に進めない。

数年前に学んだつもりが、その後、どこか忘れがちであったその principle を再度想起し、明日の아침をむかえようと心に刻んだ。

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写真は授業初日の아침(朝)、宿舎のある回帰から見たソウルの風景。

ソウル・慶熙大学で過ごした三週間の間に学んだこと、感じたことを記録しておきます。
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by akai1127ohi | 2011-10-02 00:48 | 잠깐만요! | Comments(0)
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