Modest Comments on What I Have Read


Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
by akai1127ohi
プロフィールを見る
画像一覧

<   2011年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

上関原発、私は反対である(のダメ押し)

福島原発の事故があって、上関原発計画をめぐる言論や政治の力関係も大きく変わった。しかし、これまでの圧倒的な力の不均衡を踏まえれば、ようやく五分五分の意見分布になった、というのが実相だろう(「となりの原発 中国・四国」)。

そこにきて、二井関成・山口県知事の「風見鶏」である。



この人はこれまで、上関原発の反対運動に、官僚的に冷淡であり、私は極めて不満であった。が、この「君子豹変」、この際、もう、私は許そう。そして、肯定的に受けとめよう。

山口知事「君子豹変」の背景には、なるほど現場の運動があったろう。しかし、結局、この程度のプラグマティストは、より本質的には、「国次第」、「お上の方向」次第ということなのだろう。官僚的風見鶏であり、ゆえに国や世論の風向きに敏感であるのだろう。

であれば、当然、国(政府)が少しでもましな方がいい。菅内閣の恥じらいがちの「脱原発」も、「自然エネルギー」への「思いつき」も、私はその点で肯定的に評価している。自民党では、絶対にありえないことだ。菅内閣・政府のその側面が大きくなってほしい。

               ***

三池、三里塚、水俣、辺野古そして上関……。「現場」の声は、個別具体的であるからこそ、代弁されえない説得性があり、「全体」だけではなく「現場」への関心を持つ必要があろう。同時に、その「現場」に対して、感受性や反応性を示すようにマクロな国家権力を変容させていく関心も必要だろう。

日本の文脈で敷衍すれば、マクロな国家権力と対峙した1960年と、様々なミクロな課題の発見、展開につながった1968年(以後)の両者を、合体させるべきだろう。1960年(戦後民主主義)と1968年(新左翼)が、相互否定のもとに反目してしまったのは、戦後日本の最大不幸の一つだ。

上関という「現場」と、マクロな国家権力の双方が響きあいながら、この国の構造を一つひとつ変えていくしかない。今、大きな目的のための、しぶとく現実的な手段が問われているといえよう。
[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-30 22:33 | Concerned Citizen | Comments(0)

山口県上関原発の経緯

「ミツバチの羽音―」もさることながら、下記のNHKのドキュメンタリーも、よくまとまったもので、大変秀逸だと思います。

ドキュメンタリーでは、祝島の住民と原発推進派の双方が触れられており、上関原発の経緯もよくわかります(漁業を営む正本さん夫妻は「ミツバチの――」でも出ている)。興味のある方がいれば、と思い、紹介しておきます。







[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-29 00:08 | Concerned Citizen | Comments(0)

上関原発、私は反対である

山口県上関町に建設予定の上関原子力発電所と、それをめぐる反対運動については、広島にいる母親からの情報によって、数年前から、そんな「イザコザ」があると、知ってはいた。

                    ***

渋谷ユーロスペースで、鎌仲ひとみ監督「ミツバチの羽音と地球の回転」を見てきた。

「祝い島のたぁーこはおいしいよう」

「縁起ものじゃけエえね」

「あんまりようけかけんさんな」

「もうちょっと短じこうしんさい」

「ようせんの?はぁわからん」

「島中張り巡らすんよ」

「今年は息子も前で躍らしてもらわしたけえね」

「なにいね、風評被害、なにいね、ひどいね。そりゃ、稼働せだったら、とてもじゃなあが、全体的にね、この瀬戸内海は、本当、ダメなるかもわからん」

「原発が建つんなら帰らせないよ。風評被害にあったものは、売れないと思ってるから。絶対、建ったら困るの」

このような、懐かしい言葉を聞くだけでも、千いくら払った価値があった。

                    ***

神舞(かんまい)のシーンは、私にとって壮観でした。
船の上で踊る主役の座を担えば、一生の宝だろう。将来、子どもに自慢できるだろう。学問を生かじりしながら、東京でデラシネのごとく浮遊的な生を送る自らを口惜しく感じた。

公民館の結婚式では「日の丸」を万全と掲げ、伝統芸能である神事神舞を保守する人々が、「国策」として進められる原子力発言所に、最も徹底的で持続的な抵抗をしている。

                    ***

祝島をねじ伏せる中国電力の言い分は、驚くほど「露骨」です。
常識に照らせば自身の自尊心が口にするのを憚らせる言辞を、驚くほど露骨に言わせる。

海上行動の前線に立つ島民に対して、「お疲れ様です。皆様のなかにも、疑問を持ちながら運動されている方もいらっしゃると思います。やめてしまいたいとお思いの方もおられるはずです」と、露骨に島民の分断を促すかです。

雨の中、船の上から中電に言い返す漁師の怒声は、実に私の溜飲を下げるものであった。

「金をもろうた者は、みんな推進になったが、金をいらんものは、反対しおるじゃろう。黙って聞いてれば、いい加減なことばかり言いやがって。この中にも帰りたい人がおる言うたの?帰りたい者はここまで来んわい。人をバカにするのもええ加減にせえ!」

                    ***



                    ***

私は、「現場の声」を絶対視し、「現場」は反対さえ言っときゃいいんだ、というような教条的な「現場主義」とは対決してきた。文脈をわきまえない、「いつでもどこでも反権力」も、私の立場ではない。

その上で、私は、上関原発に関する私の態度を、はっきりと反対にすることにしました。
[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-27 01:30 | Concerned Citizen | Comments(0)

辛亥革命百周年によせて(3)

映画『亡命』のなかで、1989年、天安門の学生たちの求めに応じて、崔健が「一塊紅布」を歌うシーンがある。同曲は『亡命』のBGMとしても使われている。

天安門事件の文脈に即すと、紅布で目を隠すこのパフォーマンスが、あらためて実に大きな象徴的意味を持っていたことが実感される。人を盲目させる恋人が、人民を盲目にさせて導く温情的権力の比喩へと転化されるにいたる。




崔健「一塊紅布」

あの日あなたは一枚の 紅い布きれで
僕の両目を覆い 天を覆った
あなたは聞いた 何が見えると?
僕は答えた 幸せが見えると

あまりに素敵なこの心地
住み家のないのも忘れてしまう
あなたは聞いた どこへ行きたいと?
僕は答えた あなたについて行きたいと

                    ***

実は大学一年の時の英語の授業で、この曲と中国民主化運動が視聴覚教材として取り上げられた。崔健「一塊紅布」が紹介される際に、英米人の教師が Chinese are still kept in dark と述べた英語の一節を鮮明に記憶している。

その時、教室には少なからぬ中国人留学生がいた。日本の大学の教室で、アングロ・サクソンの英語教師によって、Chinese are still kept in darkといわれるのは、どんな気分なのか。

中国人留学生が何を感じたか、私は知る由もない。が、彼らが何を感じたかに、いささか鈍感であった自分は、今、よく思い返すことができる。
[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-25 18:56 | Concerned Citizen | Comments(0)

【詩】  roisin

われ右手きみ左手で箸を持つ男と女凸凹ごとくか

ホームレス殴打せんとす若者を制する君こそ美しきかな

美しき君の電話番号は数字の並びまで美しき

軽薄な関西男の饒舌にあいづちを打つ君が憎らし

論争を好まぬ君の平和主義「平和主義」さえ戦闘的かな

粘液を放出して這うナメクジにやをら自分の生き方を問う

朝焼けのタクシーのなかで求めあう車窓は過ぎぬ靖国通り

六月の雨に書物を水浸す君は咎むかわが罪悪感を

方角を気にする君の信心とわが合理主義共存せしかな

奨学金返済方法案じつつヴェネツィア水没を憂う君の名は roisin
[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-24 01:06 | | Comments(3)

twitter

twitter を始めました。
諸先生・先達の方々の熟議や闘う姿勢に触発されつつ、同時代的関心を中心に書いていきたいと思います。

@AkaiOHI
[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-22 09:25 | Comments(0)

「菅首相は退陣せよ」に反対する

日本の政治言論は、いつから「首相批判」ばかりに帰結する不毛な画一主義に陥ったのだろうか。

マニフェストを守れと批判すれば、マニフェストが絶対かと言いつのる。「小沢を排除しろ」と言いながら、「挙党体制を築け」と論難する。「また短命政権か」と批判したかと思えば、「政権に居座る」と批判する。「世論を無視する」と腐したかと思えば、「世論に乗じて」とあげつらう……。しかしどんな立論からの民主党批判であろうと、最後は共通して「首相は責任をとれ」という結論になり、首相辞任要求のみが、何か「まとも」な主張のごとく口にされてきた。

2009年の政権交代以後、新聞、週刊誌、ネットでの政権批判の少なからぬ部分は、率直にいって、それ自体混乱していたと思います。同時に、左右いずれも、本来立場の異なる人たちが、後先を考えない首相批判において意味不明に共振してきた。

                    ***

鳩山は思いつきで沖縄の基地移設に取り組み、菅は今、思いつきで再生可能エネルギー促進法に最後の足がかりを賭している。「思いつき」だろうが、これらは本来、左派も評価すべき点です。われわれは本来、基地やエネルギーに示された「思いつき」を歓迎し、政権の肩を押し、それで行け、それで頑張れ、決して下がるな、後退するなと、叱咤すべきだろう。このような方針さえ「反米」だ「左翼」だと攻撃される日本の保守的イデオロギー磁場のなかで、民主党政権の肯定的部分を「守り育てる」べきだ(った)と、私は思います。

                    ***

現在のところ、次の選挙では民主党は下野する公算が高い。政権交代は日本のデモクラシーにとって間違いなく一歩前進であった。しかし、こうも易々と自民党(やそれに類するだろう旧来型の保守政治)に権力を返上しようとするのであれば、日本の有権者はいまだ「政権交代」など高貴な果実に適していないということになろう。諦念と現状肯定によって立つ保守政治の下で、依然として不平ばかりかこちながら統治されるに相応しい国民となるだろう。

                    ***

「菅首相は早期辞任せよ」という主張に、私は反対である。
現実的な「ポスト菅」候補はいずれも「菅以下」であるのみならず、再生可能エネルギー促進法など、首相自身の意地のなかにも支持に値するものがあるからである。

首相は、世論を背景に、脱原発に向けた手柄を現実化すべきだ。菅首相のそのような側面を私は支持するし、そのような側面がより大きくなってほしい。土俵際で意外な粘りを発揮している首相に、「下がるな、後退するな、切り込め、がんばれ」と声をかけたい。
[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-20 23:28 | Concerned Citizen | Comments(0)

辛亥革命100周年によせて(2)

「亡命」(中国・翰光監督・2010年)。

渋谷イメージフォーラムで、「亡命」(翰光監督)を見てきた。

文革(1966~)から北京の春(1978)、天安門(1989)にいたるまで、政治的事情で海外に亡命している現代中国知識人たちに焦点をあてた長編ドキュメンタリーである。私にとって、鄭義、高行健、胡平、王丹など現代中国の作家、詩人、学者を知る機会となった。実に考えさせるもの、感じさせるものが多く、他人に推薦するに値する秀作だと思いました。



                    ***


「アメリカは民主的で豊かな国だが、私の国ではない。私の文化は中国にある」(張伯笠)、「現状への抵抗感があり、心はここにない。本当の私は、中国で暮らしている。アメリカには机が一つあるだけ」(鄭義)。

亡命者の口に上る「中国」、「祖国」への思いは、重いものがある。もちろん亡命知識人たちの思想は多様である。しかしおしなべて、亡命者たちにおいて、中国共産党政府に対する批判と反比例して、祖国や同胞への愛着や親しみの慕情は、ただならぬものを感じた。私には、映画に現れる亡命知識人たちの内面と、1910年に異国を転々としながら祖国中国の変革を志す孫文の姿勢とが、時に重なっても見えるように思えた。

                    ***

ちなみに、隣国中国の亡命者たちの目的地は、ボストン、ワシントン、パリ等である。天安門事件の際、Tokyo は北京から最も近い「西側」であったにもかかわらず、民主活動家を受け入れるアジールとしての地位を、悲しいほど獲得しえなかった。

この映画のなかに、亡命者の活動先として「東京」が現れないという事実を、「われわれ」は再度思い返すべきだろう。安全地帯から中国共産党への悪罵を書き連ねる日本の右翼系論壇が、命を賭して中共と闘うこれらの活動家を、なぜ身銭を切ってでも支援しないのかという私の積年の疑問を、再度記しておきたい。
[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-19 02:08 | Comments(2)

辛亥革命100周年によせて(1)

天安門事件(1989年)以降、体制変革への幻滅と政治的無関心が広がり、経済成長を背景として「モノを考えず、モノを取れ」(王丹)という実利的な風潮が横行するといわれるなかで、中国は今年10月、辛亥革命100周年をむかえる。

中国関係の映画・ドキュメンタリーをいくつか見たので、感想を記しておきます。

               ***

「孫文-百年先を見た男」(2006年・中国)を見た。辛亥革命の一年前の1910年、いまだ歴史の表舞台に現れない孫文が、ペナンで10回目の革命蜂起に備える苦悩を描いたもので、秀作と感じた。



映画の白眉は、孫文が華僑商人を説得するシーンといえよう。
故郷中国を離れ、国境を浮遊し、異国で財を築いて一家の安寧を尊ぶ華僑商人にとって、9回連続失敗中の孫文の蜂起に「投資」することは、ビジネスの常識を超えている。しかしそのような華僑商人の前に、孫文は、異国漂泊の生き方に理解を示しつつ、華僑のなかに眠る中国人としての民族意識を掘り起し、「興中」の理想を鼓舞する漢民族 nationalist として現れます。

               ***

マルクス主義の古典的定式に照らせば、辛亥革命と中華人民共和国の建国にいたる共産党の革命は「二段階革命」、すなわち「ブルジョア民族民主革命」と「社会主義革命」といえよう。異民族支配と封建制を打倒した1911年の革命は漢民族による共和制を立ち上げ、1949年に連なる革命は現在に続く共産中国の起点となる。

「二段階革命」で常に問題になるのは、「第一革命」すなわち「ブルジョア民主主義革命」の位置づけだろう。歴史の「道順」を順守するマルクス主義にとって、「第一革命」は、一方で必ず通らなければならない必須条件でありながら、他方で、なるべくなら早く通り過ぎたい通過点でもある。辛亥革命100周年は、「第一革命」が通過点なのか、それとも、安易に通過しえない価値を孕んでいるのか、再考の機会でもあるだろう。

               ***

他方、1911年と1949年はともに「民族主義」がその駆動因の一つであり、その意味でいずれも nationalism の革命ともいえる。1911年は、清朝異民族支配に対する漢民族の民族感情があり、孫文は何より「漢民族ナショナリスト」だったと思います。また、1949年をもたらした革命も、共産主義の革命であると同時に、対日抵抗、中国国民の nationalism の革命であったといえよう。

               ***

中国は今や大国であり、軽蔑されていない。しかし、恐れられている。

1911年の対清「民族主義」、1949年にいたる対日「民族主義」はいずれも、外力を克服し、自分たちで自前の政治社会を築き上げるという目的と結びついていた。しかし、2005年や2010年の反日デモに示された昨今の「民族主義」に、自前の「われわれ」を内発的に作り上げんとした孫文や戦時下の中国共産党に特有の、陣痛の中で呻くような激しい nationalism の、あの魂を揺さぶるような訴求力が、あっただろうか。

辛亥革命100周年は、外部の他者に依存した「アンチ」の自己確認ではなく、自国の政治体制の民主的変革によって可能になる内発的な「われわれ」の自己確認の必要性が問われる時でもあろう。もとよりその課題は、中国の人々の内発的力に俟たれるべきものは言うまでもない。そしてそれはまた、日本の「われわれ」の自己反省と「関わり方」が問われる時でもあるように思う。
[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-17 23:31 | Concerned Citizen | Comments(0)

「6・11 脱原発100万人アクション」@Tokyo

6月11日、夕刻、本屋と郵便局に行くついでに、ぶらっと新宿「脱原発100万人アクション」に飛び入りしてきた。

               ***

新宿アルタ前「広場」は大群と音楽でごった返し、既成政党、新左翼さえ超越した60年安保闘争の政治的「大群」とはこうだったのだろうかと感じさせる。そのうち、メインステージ風の街宣車に、2009年夏に広島で出会った朴保が登場し、思わず私のボルテージも上がった。

a0101503_2362487.jpg


a0101503_2373538.jpg


a0101503_2375317.jpg

夕暮れの新宿に、朴保登場!

               ***

藤原帰一が「沈黙の陰謀conspiracy of silence」(朝日夕刊5/17)という言葉で指摘するように、福島原発の事故以降、われわれがこれまで原子力発電の危険性を訴える警告に耳を閉ざしてきたことの率直な反省が、私も含めて、広く共有されている。

終戦時、それまで軍国主義者が手のひらを返すように民主主義者になったという話をよく聞く。しかし、3・11の震災をへて、今われわれは、恥じ入ったり後ろめたがったりすることなく、むしろ「手のひらを返すように」脱原発の可能性を真剣に追及すべきだろう。

3・11から受け止めるべきものを受け止めた世論が、「脱原発」の方向へ、今、大きく動き出している。
[PR]
by akai1127ohi | 2011-06-11 23:08 | Concerned Citizen | Comments(4)
ブログパーツ
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
venusgood.com
from venusgood.com
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
愛国心を育てる名言
from 愛国心を育てる名言
愛国心を育てる名言
from 愛国心を育てる名言
愛国心を育てる名言
from 愛国心を育てる名言
イカー!イーカチュー!!
from イカチュウ
総員第一種戦闘配置!!
from 司令
しょーすしょすしょすw
from びえぶ
ちょちょちょ(^^;
from さい8
ライフログ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧