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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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思わず一言

「年齢だとか、衆議院だとか参議院だとか、男性だとか女性だとか、そんな区別を言っている余裕はないわけですよ」(自民党総裁選について、町村信孝衆院議員。)
……年齢や性差の区別撤廃は、「余裕」がないからか。余裕があればやはり老齢で男性で衆議院が望ましい、ということか。

「人権に普遍的価値が認められた」「(中国政府への釈放要求は)国益を踏まえて判断する」(劉暁波氏へのノーベル平和賞を受けて、菅首相。)
……いともたやすく「国益」に従属する「普遍」。

「公務に支障の来ない育児休暇」はだめだが、「公務に支障が来ると断言した上での育休なら良い」(大阪の橋下知事)
……ポピュリスト固有の論旨不明と、内容不明なままでの表現上のラディカリズム。
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by akai1127ohi | 2010-10-28 02:28 | Concerned Citizen | Comments(0)

「社会民主主義Social Democracy」を問いなおす

Don't give up till it's over, don't quit if you can
The weight on your shoulder will make you a stronger person

               ***

10月9日~11日にかけて名古屋、中京大学で行われた日本政治学会2010年度研究大会に、「社会民主主義」に関する自らの報告を含め、参加してきた。

報告準備のための二週間は、首が回りませんでした。しかも、書けば書くほど自らの無能さと凡庸さを自覚させ、真夜中にパソコンに向いながら、六大学野球の一番勇ましい応援歌をやをら歌い出しては自らを叱咤しつつ、何とか報告用原稿を完成させた、というのが実情です。ふたを開ければ、それなりに準備した甲斐はあったと思います。が、同時に、ベテラン勢の報告に学ぶ所が多く、汗顔、精進の気持ちも新たにしました。

               ***

私の報告内容とは直接は関連ありませんが、戦後日本でなぜ「社会民主主義」が根付かなかったは、それなりに共有されつつある問題関心と思える。

戦後日本政治の磁場には、二つの「レッテル」があったと思います。第一に、保守の側における「反共」。「反共」がひとたびレッテル化、スティグマ化されると、政治イデオロギーの硬直化が進み、保守の側における一種の思考停止を招いてきた。保守の側は、「反共」というレッテルの上に安住し、イデオロギー化された「自由社会」を自己反省しようとする姿勢が消えていく。また、「共産党」が唱える現実的な提案さえ、その内実を吟味せんとする労苦がたやすく放棄されます。

               ***

しかし、マルクス主義や共産党の側にも、同様に病理的なレッテルがあったと思いますん。それが「社民/シャミン」です。「社民」という言葉の前に、こちらも一種同様の思考停止に陥っていたと私は思います。その言葉が出ただけで激しい拒否反応を示し、その概念や政策の内実を問うことなく、条件反射的に「日和見」、「裏切り」、「右翼修正主義」といったイメージで議論を停止させてしまったのではないか。その結果、「社会民主主義」概念がそのうちに孕んでいた豊穣な政策理念を、1955年以降の日本の共産主義勢力は、みすみす不毛なものにしてきたように思う。

保守の側での「反共」、教条的マルクス主義の側での「社民」という二つの「レッテル」は、戦後日本政治の思考停止に大きく貢献し、その結果、戦後の日本社会は多くの未発の可能性を逸してきたと思います。

               ***

「社会民主主義」は失敗した、だからその言葉は捨てればいい、というのではなしに、positive な言葉としてそれを再利用する道を、冷戦後の状況で模索する意義があるように思う。
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by akai1127ohi | 2010-10-20 07:18 | 政治理論 | Comments(0)

Concerned Citizen:中国の反日デモに対して(2010年10月17日)

情報は限られており、中国を悪意に描こうとする日本メディアも多い。加えて中国語のできない私が、同時代的に進行する中国の内情を正確に理解することは困難です。

「われわれ」の態度としては、第一に、日本が中国に対して行った侵略行為を誠実に思い返すこと、第二に、中国の反日デモと同様の病理を示している、「われわれ」の社会の病巣である嫌中メディアやネット右翼を自己克服することが重要だろう。それを大前提に、私の態度決定を述べたい。

               ***

2005年の反日デモと同様、今度の中国の反日デモに対しても、自前の「われわれ」を内発的に作り上げんとした孫文や戦時下の中国共産党に特有の、陣痛の中で呻くような激しい nationalism の、あの魂を揺さぶるような訴求力を、私は感じません。現在の反日デモは、単に異質な他者とされた「日本」との差異化によってしか「われわれ」を自己確認しえない、刹那的で内実の薄い nationalism だと思います。

反日デモに興じる中国の若者が措定する「日本」は、自らの観念のなかに、自らの自己認識のために敵対的に措定された、異質な他者としての「日本」だろう。そのような異質な他者との「ネガ」としてしか自身の「われわれ」を認識しえないとすれば、それは現代中国社会の弱さの一旦でもあろう。

内発的な「われわれ」の意識は、個人が主体的に自らの政治社会を反省し、一人ひとりが民主的にその国の政治を担うことによってしか生じえない。都合よく想定された異質な他者を想定して、その「ネガ」として生じる「われわれ」意識は虚像であり、早晩、そのむなしさを露呈するだろう。そして、自らを肯定するための「ポジ」を求めて彷徨うだろう。(そのために都合よく引き合いに出される「異質な他者」にも迷惑です)。

劉暁波氏へのノーベル賞と、それにまつわる議論をかき消さんとする反日デモの席巻に、現代中国の若者の理想の漂流も感じる。自分たちの自己認識を、敵対的他者との差異化にではなく、内在的かつ民主的な「われわれ」自身の自己構築へとつなげる回路が必要だろう。自国の民主化を通して、内発的に「われわれ」を作り上げんとする者に特有の、身を切るような陣痛の呻きから、彼らも、そして日本の「われわれ」自身も、逃げてはいけないだろう。
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by akai1127ohi | 2010-10-17 21:18 | Concerned Citizen | Comments(0)
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