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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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「60年安保を問いなおす――50年後の今・私たち――」

日時:7月10日(土)14:00~ 【入場無料】
会場:東京大学駒場Ⅰキャンパス・学際交流ホール
(京王井の頭線「駒場東大前」駅下車、アドミニストレーション棟3階)

第一部  基調講演 14:00~15:00
「60年安保の体験と教訓」
・講師 石田雄(政治学・東大名誉教授)
・コメント 小森陽一(日本近代文学・東大教授)

第二部 シンポジウム 15:10~17:00
「60年安保を問いなおす」
パネリスト 
・ 三宅芳夫(社会思想・千葉大准教授)
・ 布施祐仁(「平和新聞」編集長)
・ 徳田匡(戦後沖縄思想・東大博士課程)

全体司会 
大井赤亥(政治思想・東大博士課程)

主催:「60年安保を問いなおす」実行委員会
e-mail:akai1127ohi@hotmail.com  tel :090-1792-2593

賛同人 小森陽一、森政稔、市野川容孝、高橋哲哉、木畑洋一、山脇直司、山本泰

               ***

「60年安保を問いなおす――50年後の今・私たち――」

「学生運動」がほとんど死語となった現在、一学生、一市民として何かしたいと思っていても、政治や社会問題に関わりにくい雰囲気がある、あるいは関わるための選択肢が見えない、そんな思いを持っている人も多いのではないでしょうか。私たちは、60年安保闘争から50年を経た2010年を学生という立場で生きる者として、その闘争の意味をもう一度捉えなおし、現在の学問と社会との接点や、市民が政治に関わりを持つことの意味を考える契機としたいと思っています。

今、沖縄の基地問題は大きな局面を迎えています。そうした中で、マス・メディアは何を伝え、何に対して沈黙しているのでしょうか。普天間基地移設問題の根幹にあるのは、まぎれもなく日米安保体制です。移設候補地に挙がる地域からの「反対」の叫びを、安保体制を論拠に退けるのではなく、基地のたらい回しを支え続けている構造こそが問われねばなりません。

日米安全保障条約の強行採決に抵抗した60年安保闘争は、また、秩序の担い手、政治的主権者としての「国民」ないし「市民」の内発的な形成の契機でもあり、そこには日本の主権をアメリカから取り戻す可能性が内包されていました。多様な階層、多様な意見の人々の参加に支えられた広範なデモや集会の広がりには、自由で対等な主権者としての連帯意識の形成があったといえます。しかし同時に、60年安保闘争が「国民的」な盛り上がりを見せる中、当時米軍占領下に置かれていた沖縄の人々、在日の人々など、「国民」に含まれなかった存在について、今日的視点から想起することも大きな課題として残されています。

そのような問題意識を踏まえ、「60年安保を問いなおす――50年後の今・私たち――」では、60年安保50周年を契機とし、日本におけるデモクラシーの大きな遺産としての60年安保闘争の肯定的側面を引き継ぐとともに、60年安保闘争における克服すべき問題の所在を明らかにし、現在の世代におけるその継承の仕方を論じてみたいと思っています。多くの皆様のご協力・ご参加を、心よりお願い申し上げます。

2010年5月31日 「60年安保を問いなおす」実行委員会

(7月10日まで、このエントリーがトップ表示となります)
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by akai1127ohi | 2010-06-21 23:08 | Comments(0)

60安保闘争から50周年(3):「それはこうしてはじまった」

小林トミ著、岩垂弘編、『「声なき声」をきけ―反戦市民運動の原点』、同時代社、2003年

岸首相の言葉を逆手にとって自然結成されたのが、当時29歳の美術教師、小林トミによる「声なき声」の会である。同会はその後、「べ平連」につながっていく。

本書では岩垂弘の「解説」が「声なき声」の活動の特徴を、①自発性、②行動性、③持続性の三点にまとめており明晰である。

               ***

60年安保闘争に見られた、「普通の人々」の広範な規模での政治化politicalizationと、横断的な連帯の意識・・・・・・。

そのような60年安保闘争の「担い手」は、一方で岸内閣への抗議を通して「戦前日本」との決別を自力表明し、他方で、既成社共の「紋切り型のアジ演説」にすでに不感症となっており、それらの「指導」とは無関係に湧き上がった自発的、能動的な政治的主体、秩序の担い手であったといえる。

秩序の受動的客体としての「臣民」、先験的な実体とされた「民族」、内と外を境界づけられた主体としての「国民」、資本との対抗関係における「人民」といった語彙は、それまでの日本語にあった。しかしおそらく、60年安保闘争で示された、自発的、能動的な政治的秩序の担い手に対しては、それまでの日本語はそれを表現する適切な語彙を欠いていたのだろうと思う。

「市民」が日本語において肯定的語彙に転化するのは、おそらく60年安保を境にしてである。(それまでマルクス主義の側からbourgeoisと同意とされていた「市民」が、むしろ政治における能動的主権者として、すなわちcitoyenとして転用されるようになった。)

「市民」のcitoyenへの意味転化を積極的に進めた側に、高畠通敏、久野収、日高六郎、そして小林トミが位置するといえよう。これ以降、「市民」は、日本語における政治的アクターのあり方を表現する、新たな語彙の一つとなり、その独特の意味変遷やニュアンスを帯びていくことになる。(60年安保闘争において、「市民」の語彙の側にいた人々と「国民」の語彙に位置した人々の位相も興味深い)

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「だが、60年安保で盛り上がった運動が消えてゆくのは、驚くほど早かった。時々、心細くなる。これから、どうやって生きていこうかと私は考えた。」(p74)

「声なき声の会」の何よりの特徴は、生活に根ざした持続性です。したがって、小林トミは、60年を基準に、68年全共闘を、70年安保を、80年代にはロッキード事件や天安門事件を、持続的に見据え続けている。
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by akai1127ohi | 2010-06-19 13:34 | Comments(0)

60安保闘争から50周年(2):「早熟でやわらかい反骨精神」

樺美智子、『人知れず微笑まん』(三一書房、1960年)、江刺昭子、『樺美智子 聖少女伝説』、(文芸春秋、2010年)を読んだ。

前者は樺美智子の遺稿集。詩篇、論文、死後に贈られた毛沢東からの顕彰文など。

後者、江刺『樺美智子 聖少女伝説』は、戦後の新左翼のなかで「美化」、「聖化」されてきた樺美智子の等身大の姿を描いたもの。良い本だと思いました。

「可憐な少女」、「永遠の処女」、「我が国にジャンヌ・ダルク出ず」、「日本のキリストとなられた美智子さん」……。美化、聖化された「聖少女美智子像」から距離を取り、一人の樺美智子を描きだそうとしながら、決して単なる「神話破壊」を目的化することなく、等身大の樺美智子をそのままに評価します。

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22歳で人生を駆け抜けた樺美智子の口癖は、「時間がない、時間がない」。
昼には「国史学科」で卒論の準備、夕方から学生運動、夜半の一眠りで疲れをとって、未明にまた卒論の準備……。デモの出発を待つ間、『ドイツ・イデオロギー』を開いたまま眠りに落ちていたという。終業式の日には宣言する。「今年は私は一時間も無駄にしなかった」。

いくら年をとっても、今日から、今から、「私は一時間も無駄にしなかった」といえる人生を送るべく re-start を切ろう。そんな気持ちにさせられる。

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神戸高校時代の自治会会長選挙応援演説。

“女子は「駄目」さ。第一に社会性に乏しいよ。やっぱり女子にそういう方面での実力がない。やっぱり今まで通り男子がなるのが無難だろう”

そんな意見に樺が応えている。

「さて私は、前群の人々を女子に対する認識不足などと言う勇気は持ち合わせてはおりません。むしろ是認しなければならないかも知れません。勿論、程度問題ですが、是認する必要があるでしょう。……女子の実力が不足していることを認めるなら、次にしなければならないことは明らかです。女子が実力を養うこと、全くそのものずばりです。」(江刺、p43)

女子が実力をつけることは不必要か?

「もし男子の方が、そう思う、と答えられたなら、私は非常に失望せざるを得ません。もし女子の方がそう思うと答えられたなら、私は驚きと憤りを覚えるでしょう。・・・・・・」(p44)

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紹介されて「週刊読書人」(6月4日号)、「西部 邁・長崎 浩対談 60年安保50年」に目を通した。

6月15日、僕らが樺さんを「引率」したのではない、樺さんが僕を共産党にオルグしたのだ、樺さんは、指導的な立場だったのだ、だから……。

その死の責任回避を求める話口調は、同時に、安保闘争での死者に対する「責任意識」の現れだろうか。

学生時代の自分を「はしか」、「左翼小児病」と振り返りつつ、壮年になるとバジョットやバークをやをら愛読しながら、若者の「生硬さ」を指摘することの一点に自らの存在意義を見出す人々……。私はこのような類型のpropensity を「英国保守主義壮年病」と名づけたい。

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時代の大きな転換点に立ち会った、普通のまじめな女子学生という樺美智子の「実像」が、そしてその樺美智子を「美化」「聖化」してきた、戦後の新左翼運動の「実像」がある。そして、「50年後の今・私たち」の「実像」が問われている。
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by akai1127ohi | 2010-06-18 01:51 | Comments(0)

60安保闘争から50周年(1):「安保闘争の記録と記憶」

6月15日、東大安田講堂でのシンポジウム「60年安保闘争の記録と記憶」に参加した。上野千鶴子司会、パネリストに保阪正康、小熊英二、リンダ・ホーグランド、特別ゲストに加藤登紀子。

小熊英二の話をはじめて聞き、例によって例のごとく議論の文脈を超越して雰囲気を根本変化させる加藤登紀子の芸術性を目の当たりにした。

「上野さん、勝ち負けなんてこだわらなくていいじゃない。生きる喜び、小さきものの尊さ・・・・・・そして勝利!」
「すいませんが、安田講堂は8時半に撤収しなければなりません・・・・・・」(上野)
「昔、私たちはここ占拠してたのよ!」(加藤)

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集会の後半部、60年安保闘争において継承すべき点を問われたとき、「日本における抵抗の歴史」と答えたリンダ・ホーグランドに同意した。自分たちの国の政治が間違ったとき、(おそらく自らの愛国心にしたがって)自分たちの国をどう矯正するか?このような指摘が、アメリカ人からなされたことに、偶然以上のものを感じる。

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夜半には雨が降り出したようだった。
集会の6月15日は樺美智子50周忌にあたり、加藤登紀子による「ブリュメール」朗読のあと、黙祷によって当夜の安田講堂の占拠は静かに解除された。
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by akai1127ohi | 2010-06-17 17:54 | Comments(0)

「政治への当事者性」の獲得を:菅政権発足に際して

鳩山政権末期の異様な鳩山批判は、大手新聞メディア、ネット右翼、共産党など政権外左派、それよりラディカルな「新しい社会運動」のすべてに一致したものでした。

「県外・国外移設を裏切った」という一点で共振、糾合、渾然一体となった左右双方からの鳩山批判を目にしながら、私はそのような日本の政治的言説に非常な違和感を感じてきた。

あれから自分なりにその違和感を表現しようと努めてきたが、端的に表せばそれは、左右いずれの鳩山批判にも通底していると思える、「政治に対する当事者性」の欠如といえる。

               ***

「どんな形にもなるアイスクリーム」だった鳩山政権。それならば、そのアイスクリームの形を少しでも「平和」なり「平等」なりの形へ変えようとする努力することが、まず第一だろう。鳩山が建前、思いつきであれ、「県外・国外」を公言した以上、沖縄の基地問題の現実の「解決」を求めるならば、その実現を「お上」や政府だけに任せず、「アメリカ政府との不退転の交渉」へと政府を誘因したり、叱咤激励したり、あるいは自身でその方向性を要求するべきだったのではないか。目の前の政権の方向を変える力の主体は、まぎれもなく日本国の法的政治的主権者、すなわち「国民」である自分一人ひとりだという当事者意識を、右も左もメディアも、本当に持っていたのか?

これは鳩山擁護ではありません。鳩山の政治的未熟は問題ですが、それを批判する、右翼も朝日も既存左翼も「新しい社会運動」も、「政治に対する当事者性」がおしなべて欠如していたことの方こそ、私にとっては日本のデモクラシーのより大きな問題を示しているように思えてならないのが、率直な気持ちです。

               ***

政治に対する当事者性を、われわれがいかに獲得できるか。
政治に対する参加意識がなければ、当然ながら責任意識も生じない。自らも間接的に政治権力の担い手である、主権者であるという意識が実感できなければ、政府権力はあくまで「客体」であり、要求の仕方も「~してほしい」「~お願いしたい」の依頼調になり、それが叶わないと、「~してくれなかった」「裏切った」という政治態度になる。

デモクラティックであれば、政治社会と自らを同一化しようとする誘引が必然的に働くのであって、日本国民がいかに政治に対する当事者性を獲得しえるかということは、日本がいかに実質的にデモクラティックな政治社会になりえているか/いないか、という一つの指標であろう。

               ***

私は、はなから民主党政権にはそれほど期待していなかったので、今、失望もしていません。古い考え、古い体制が、一つ一つ変化していくしか方途のない政治的現実において、たった一度の政権交代で、しかも少し真面目に新聞を読んでいれば実力のほどがさんざんわかりきっていた民主党の政権で、何か根本的な日本変革が起こりえないことなど、およそ自明だったはずです。

だからこそ、個々の問題における小さな前進を、「後戻りできない到達」としてしっかり評価し、次の前進を方向づけるべく持続的な期待的批判/批判的期待を寄せるべきだろうと思います。

               ***

昨年(2009年)に田英夫が死んだ際、朝日新聞に追悼のコメントを寄せていたのが、土井たか子、江田五月、そして菅直人だった。

私は菅政権に批判的期待を寄せ続けたい。そして、期待するという方法によって政治に働きかけ、期待するという方法でそれを矯正 correct していきたいと思う。
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by akai1127ohi | 2010-06-16 00:38 | Comments(0)

「故郷」(山田洋次、1972年)

広島県倉橋島で石切船を営む夫婦の話。井川比佐志、倍賞千恵子による「民子三部作」の一つ。
「蟹工船」が実物を見ないと想像できないように、「石船」も実物を見てはじめて、ああこういう船もあるのだと理解できる。無人島の岩場で巨石を採掘し、それを本土河岸の埋め立て現場に落とし込む船である。

井川比佐志の渋さが光るが、渥美清ははなから広島弁を話すことを放棄していて、竜智衆は、努力はしているものの、何弁ともつかぬ意味不明な方言をしゃべっている。日本の二大俳優が瀬戸の小島に「東京」や葛飾柴又の名残を持ち込みすぎているきらいが拭えなかった。

               ***

夕暮れの海辺に、廃船を焼く送り火が光る。夫婦で営む石船は、大型船による埋め立て工事に淘汰され、家族は島を出る。

「この船も、そのうちあがになるんじゃね」

「民子」

「うん?」

「大きなもんとは、何のことかいの」

「え?」

「皆言うじゃろうが。時代の流れじゃとか、大きなもんには勝てんとか。ほいじゃかそりゃ、なんのことかいの?大きなもんとは、何を指すんかいの?なんでわしら、大きなもんには勝てんのかいの?なんでわしら、この石船の仕事を、わしとお前で、わしのすきな海で、この仕事を続けていけんのかの?」


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by akai1127ohi | 2010-06-14 00:21 | Comments(0)

協働の喜び、協働の苦しみ

連帯の力によってはじめて、一人では実現不可能なことも実現できる。協働は、人間の「社会性」を陶冶する豊饒な経験です。しかし同時に、みんなで一つの大事を成就させるには、強い自己抑制と他者尊重が必要となる。

                ***

「全体の成功を第一に、自分を第二に」。

そう自分に言い聞かせながら、一気に興奮の度合いが高まる時、元KCIAの金鍾泌の「座右の銘」だとういう、「ならぬ堪忍、するが堪忍」を、心の中で三回復唱している。

               ***

連帯の力によってはじめて、一人では実現不可能なことも実現できる。協働は、人間の「社会性」を陶冶する豊饒な経験……。

そんなことは言われなくわかっている。むしろ重要なのは、そのような綺麗事を、現実の実践のなかで承服していくような精神の回路です。

人を傷つけない言葉を選び出すマナー、突飛な意見を馬鹿にしたり、はなから否定したりしない態度、更なる会話を勇気づけるような姿勢、意見を言うときは皮肉や当てこすりではなく正直に率直にいう技術……。このような習慣を、自己規律として血肉化させたいと思う。

               ***

自宅のテレビは、E2by スカパーに加入した特典で、BSの無料チャンネルが三つだけ映るようになった。

心労を感じる夜、自分が少し可哀そうにも思える夜……、暗い部屋のなかで漫然と日本語の番組を見たりもする。

特典チャンネルの一つは「メジャーリーグ最新情報」。テレビをつけると、暴投と四死球をくり返しては走者をためては、挙句にひどく打ち込まれているマウンド上の松坂の姿が映っていた。次のチャンネルは、常に感嘆の声を上げながら愚にもつかない掃除道具を販売するテレビ・ショッピング。そして最後に、陳腐なカラオケのイメージ画像を流しながら、くり返し「70年代・懐かしの曲」を流す音楽チャンネル。

うなだれてマウンドを降りる松坂の姿に見かねて、チャンネルを変えると、河島英五の歌が響いた。


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by akai1127ohi | 2010-06-10 02:01 | Comments(0)

不問にふされた根幹と言論の閉塞感:鳩山退陣をめぐって

異様な鳩山批判一色にそまった最近の新聞各紙を見ながら、形容しがたい空虚を感じてきた。鳩山に示された袋小路に、日本の政治状況それ自体の閉塞が示されているように思う。形容しがたい思いを言語化する努力をしたい。

               ***

普天間問題をめぐり、大手新聞はいずれも極めて非生産的な批判に終始してきた。

第一に、各紙はこれまで、鳩山政権の「裏切り」を責めるに値するほど「沖縄」報道に取り組んできたのか、私は疑問です。

第二に、代替地の模索と対米交渉のいずれをも政府に丸投げし、その間の政府の提案を「思いつき」と批判し、失敗すれば集中砲火を浴びせるというメディアの姿勢は、基地負担分散や対米交渉はすべて政府がやってくれること、という発想を無条件的に前提としていはいないか。そこには、自らも日本の政治的決定の重要な参与者であるという責任意識と主体意識が乏しいように思います。

沖縄「問題」が初めて本土「問題」として捉えられる萌芽があった今回、メディアも本土国民も一緒になって、あるいは代替地をめぐり頭を悩ませ、あるいは日米安保そのものを問い、あるいはインターネットや意見広告を駆使してアメリカ政府や退役軍人に意見し、知恵と責任を分かち合うのが筋だったのでないだろうか。最終的に、アメリカの一人勝ちです。

               ***

自民党は長らく、日米安保という桎梏の下で「なるべく」大国主義をめざすという、「従属的超国家」だった。しかしその「従属的側面」は、60年安保闘争以後、池田内閣以来おしなべて「不可視化」されてきた。

鳩山政権は、(おそらく素人政治的な「行きがかり」で)そこに肉迫した。その結果、さしたる戦略もないまま日米安保という「パンドラの箱」を開け、箱の中から出てきた「アメリカ」に食われてしまった。

しかしその結果、日本政治の外枠が「アメリカ」という権力に絶対的に呪縛されていることを如実に示し、沖縄を含めた日本政治の従属性である日米安保それ自体を「可視化」させたことは、それなりに意義だと思います。開けられた「パンドラの箱」を開け続けることが重要だろう。

               ***

まず明瞭なのは、安保条約の「不可視化」に寄りかかってきた自民党に鳩山政権を批判する資格はない。「辺野古」移設を粛々と進めよという産経の主張は、鳩山が開けた「パンドラの箱」を閉めようとする議論、ようやく可視化された日本の「従属的」側面にふたたび「目をつぶろう」とする議論だろう。日本が安保という「不平等条約」を自力克服できるかどうかは、米国政府のスポークスマンと化したこのような買弁的連中をいかに淘汰できるか、という日本国民それ自体の努力にかかっている。

               ***

朝日新聞の混迷ぶりにも大いに失望した。同紙による政権批判の目的は何なのか、皆目検討がつかない。まだ健全さを保っている投書欄に救われます。

私は、たとえば沖縄の基地負担を全国に分散させることを協議する「全国知事会」開催は、場当たり的とはいえ、今後の可能性を示す「思いつき」だと思います。そのような全国的な議論のなかで、沖縄の基地が他府県に移設されればそれは評価されるべき「妥協」であり、議論のなかで、どの地域も基地が本当に嫌だというのであれば、その時こそ、日米安保条約そのものを、廃棄を含めて日本国民全体が問い直すという「原則」を自覚化せざるをえなくなるはずだろう。

               ***

「現実主義」は、本来選択肢の一つにすぎない「日米同盟」を相対化する力を完全に喪失し、「日米同盟」は信仰になっている。他方、「安保廃棄」という「原則」を掲げる側も沖縄の「怒」によりかかっているのが現状で、安保条約が日本全体にとってデメリットだと認識されるような東アジア国際環境の創出について、具体的に語る努力にコミットしているとはいえない。この点で私は、坂本義和の「中立日本の防衛構想」のような発想を高く評価したいし、現在、そのような発想でアジアの安全保障を具体的に語る努力が必要だと思います。
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by akai1127ohi | 2010-06-04 18:55 | Comments(0)
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