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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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<   2010年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

2010年イギリス総選挙へ向けた観察(1)

イギリスの下院は任期が5年で、今年の5月までのどこかで総選挙が予定されている。
ブレアが3期目の勝利を飾った2005年の総選挙の時、私は学部生で、ヨーロッパ政治のBゼミでイギリス政治を担当し、結構熱心に選挙キャンペーンをフォローしていた。今回の総選挙も、趣味の範囲でフォローしてみたいと思う。

               ***

民主政治の利点は、支持を失った政治家を降ろして新しい政治家を据え変えることが可能な点だが、その分、ある種の弱点は、新しい政治家がもたらす「希望」によって、前の政治家の失政への責任追及が確実になされないところではないでしょうか。イラク戦争に対するブッシュの責任を明確にさせることは依然として必要で、その分「 Hold Bush Accountable 」という標語の重要性を感じます。(同じ論理で、小沢献金問題と同時に、下野直前の自民党の機密費出費も問題にすべきです)

              ***

イギリスではようやく昨日、イラク戦争の正当性を審査する独立調査委員会Iraq Inquiryにブレア元首相が呼ばれ審問を受けた。

私は英語の教材として、CD や iTune からかなりブレアの演説やインタビューを収集していて、愛聴している。口惜しいけれどやはり演説がうまいし、(私の感覚基準では)発音も大変きれいだと思います。

それらのインタビューを聞くなかではっきりわかることは、イラク戦争問題に話題が移った時のブレアの戦略です。それはずばり、「逆ギレ」戦略につきます。

首相時代を回顧するインタビューでは、インタビューアーも必ずイラク問題に触れないわけにはいきません。そこでブレアは、あからさまに不機嫌になって、frustrated man を演じます。自分は世界をより安全にするためにフセインを取り除くべきだと純粋に信じたんだ!純粋にそう信じて遂行したことが問題なのか!と、この話題を穏やかに話すことは無理なんだなと相手に思わせるくらい、激しい自己正当化を繰り広げます。何かの原理主義者かと思わせるほどまっすぐな目を向けて、それ以上インタビューアーがその話題に触れられないような、ある種の純粋な威圧力を醸し出します。結局、インタビューアーが根負けします。

テレビで見た限り、今日の Iraq Inquiry も同様でした。おそらく本人は、イラク問題について、余生この「逆ギレ」戦略で乗り切ろうと腹に決めたのでしょう。しかし世の中そんなに甘くありません、いや甘くあってはいけません。会場の外には、Tony Blair, War Criminal! を叫ぶ団体がいました。

               ***

今回のブレアの証言に対して、保守党のキャメロンはイラク戦争開戦の合理化となった調査書 dossier の信憑性を指摘するだけ。この問題で最も原理的な立場をとりうるのは、やはりイラク戦争の反対した自由民主党 Liberal Democrats だけです。(またイラク開戦時の新聞でも、労働党系とされる「ガーディアン」より「インディペンデント」の方が大規模な戦争反対キャンペーンを張っていたと思います。)

先日の BBC の討論番組「Hard Talk」に、その自由民主党 Lib Dems の党首ニック・クレッグが出ており、次の総選挙で保守、労働両党が絶対多数をとることなく、「宙ずり議会 hung parliament 」になったとしても、いずれかと連立を組むことはしないで、いつの日か起こるだろう単独政権を期す、と回答していた。個人的には、Lib Dems の伸長に注視したいと思う。

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第二次世界大戦の際、日本で反戦、反ファシズムを唱えたのは主として共産主義者だったが、イギリスの場合、1939年の独ソ不可侵条約というソ連の突然の政策変更によってイギリス共産党がファシズムとの戦いを放棄するという背信を行った後、比較的一貫して反ファシズムの立場を貫いたのは、ラスキらリベラル・デモクラシーの最左派だった。

イラク戦争に際しても、労働党政権が戦争に参加し、保守党もそれを追認した状況で、唯一戦争に反対したのが自由民主党 Liberal Democrats だったというのは、やはり興味深い。戦争の反対してきたリベラリズムの良質な部分が、どのような原理によって支えられているかを抽出し、言語化する作業は必要に思える。
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by akai1127ohi | 2010-01-30 20:17 | Comments(0)

体罰への憎悪(再)―「TV」の提唱

法政大学中学高校へ、常識的な語彙とマイルドな口調で、「抗議」の電話をかけた。

体罰についての私の強い感情は、以前にも書いたが、自身の怨念に基づいている。
私は今、語彙と表現能力を獲得し、ブログや新聞投書などの表現媒介の使い方を知るようになった。そして、体罰を受けながらもそれを「問題化」する力のなかった過去の自分を代弁すべき、義務というより衝動を強く感じる。

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「愛」や「親密さ」といった美辞で隠蔽されていた家庭内暴力は、やはり女性たちが中心となった努力によって、その問題を明るみに出し、「問題化」された。今では、それは「DV」として、社会が一丸となって撲滅すべき悪弊と認識されたし、法的対処も見られるようになった。

「なぐり合いが友情を生む」というようなマッチョな価値観もそれはそれであるのだろうから、文脈を抜きに暴力全般を否定しはしないが、権力関係における上から下への暴力に、私は正当化の理由を見いだせない。したがって、教育現場での主として教師から生徒への暴力も同様の深刻さをもって消滅させるべき反社会的悪弊として意識づけをすべく、「TV (Teacher’s Violence)」という標語を提示したいと思う。

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中学の時、教科書や漢字ノートなどを勝手に「六点セット」と名づけ、その一つでも忘れると頭を両こぶしで全力で生徒の頭を圧迫する「グリコ」という体罰を行う教師(40代男性)がいた。その教師は、授業参観の日に限って、「今日は忘れものなんてないよな」の一言でそれを不問に付すのだった。このような行為が、36人の14歳の前で、欺瞞に映らず何だろうか?

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まず体罰に反対する生徒、体罰を行わない教師、内心では体罰を問題だと考える教師が、学校のなかで暴力に反対し、学校の自浄努力によってTVを一掃すべきであろう。学校にそのような自治的底力がなければ、残念ながら警察的権力の介入による問題の法的解決へと、議論の方向が進んでいくだろう。

少なくとも、学校を「教育」という名で聖域化せず、父母や地域社会へ開かれるべきだと思う。上述「グリコ」の教師は、授業参観で父母の目が学校に入ることによって、他律的にではあれ対罰を控えた。フェミニズムが「家族」という囲いに穴をあけ、それをその外へと広げたように、「学校」という囲いをより開放的にし、それを外の目にさらす必要があろう。

(もちろん、生徒による教師への暴力もある。しかし教師と生徒の間は権力関係であって、同じ批判基準で考えることはできない。私は、これまで生徒による教師への暴力はその発生の割にしっかり問題化されてきたが、教師による生徒への暴力は、その発生の割には隠蔽されていた割合が大きいだろうと推測する。教師と生徒という権力関係の文脈では、被害を社会的争点として「問題化」する力が違うからである。70年代の韓国で、朴正煕の選挙不正と金大中の選挙不正を、いずれも同じ選挙不正だといって弾劾する立場は、一見中立に見えながら明らかに軍事政権支持のイデオロギーにすぎないだろう。)

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「またそんな比喩か」と言われるかもしれないがあえて言うと、暴力を目にしてそれを曖昧化し、引きつった苦笑いを浮かべて押し黙る人間は、天皇制の狂気の前でみじめな自己合理化の沈黙を自分に強要する精神のあり方と、通底していると思うのである。

それゆえ私は、教育現場の人間に対して、自分の良心にしたがって暴力は暴力であると告発し、語彙と表現能力を持たない生徒の気持ちを代弁し、教師による暴力を――手紙や投書など理性的な手段で――告発、「問題化」する勇気を持ってほしいと強く呼びかけたいと思う。
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by akai1127ohi | 2010-01-27 12:29 | Comments(2)

From/To 9.11 ヴィクトル・ハラの歌が殺されるとき

1月16日、両国「シアターX(カイ)」にて、南米フォーク歌手のヴィクトル・ハラをテーマにした、「From/To 9.11 ビクトル・ハラの歌が殺されるとき」というパフォーマンス舞台を見た(朝日新聞1月6日に紹介記事あり)。

韓国のマダン劇と同様、観客巻き込み型の舞台で、ハラ役の役者が紙片に書きつけた詩を読み上げ、読み終わるとそれを観客に渡していく。一枚目を愛想よく受け取ったので気に入られたのか、私は三枚も渡されました。目をやると、「民衆に愛されたモテモテの伊達男―パブロ・ネルーダ」の詩が書いてありました。

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伊藤千尋、『燃える中南米』(岩波新書、1988年)、『反米大陸』(集英社新書、2007年)を読んだ。伊藤千尋による『たたかう新聞「ハンギョレ」の12年』も大変良いブックレットだったが、この二冊も実に興味深く読めた。前著は、独裁政権や内戦に苦しむ80年代の中南米を、後著は、チャベスらに代表される90年代以降の南米における反米中道左派政権の連続的誕生を分析する。

1973年のピノチェトによる軍事クーデタも9月11日で、上記劇の「From/To 9.11」はそれをあらわしている。アメリカが支援したチリのクーデタ政権は、その後、現在の資本主義的グローバリズムへとつながる、「ワシントン・コンセンサス」の最初の実験場となります。

80年代、民主化と民族自決を求める勢力は、中南米という地政学的条件の下で戦略的にソ連と近づくものの、実のところ、超大国がいずれも「大国主義」という共通の表現によってその覇権伸長を試みるなかで、左右いずれもの「大国主義」を覆い返す形で、第三世界のナショナリズムという表現をとっていきます。

90年代に入ると、そのようなナショナリズムの底流はブラジル、ベネズエラ、ウルグアイ、チリなどで軒並み誕生した反米政権へと脱皮し、それは反米と同時に反新自由主義であり、基幹産業の国有化や貧困層への支援を伴うことになる。

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いささか図式的に考えてみると、20世紀の前半を共産主義、リベラル・デモクラシー、ファシズムの三つ巴とする図式を受け入れると、1945年にファシズムは脱落して、20世紀後半は、左右の冷戦構造となる。しかし、そのいずれをも覆い返す南米やアジア、東欧のナショナリズムの底流を踏まえると、20世紀後半も依然として、共産主義、リベラル・デモクラシー、それに(第三世界)ナショナリズムを加えた三つ巴といえるかもしれない。

ちなみに、共産主義は1989年に脱落して、21世紀に入ってからは、リベラル・デモクラシーが社会民主主義とネオ・リベラリズムに分岐すると同時に、南米のナショナリズムは反米中道左派政権へと脱皮したので、今日的には、社民(ヨーロッパ大陸・モデル)、アメリカ新自由主義モデル、南米中道左派モデルの三つ巴とされるだろうか。

いずれにせよ、中南米の左派政権の動向は――社会変革における民主的形式や立憲制の問題を考慮すべきものの――日本の社会モデルを反省する上で示唆があると思います。
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by akai1127ohi | 2010-01-26 01:07 | Comments(0)

福田歓一著作集(再)

年末から年始にかけて、とある関心を定点観測の地点にして、福田歓一著作集にひと通り目を通した。これは大変興味深い作業だった。

(あえて、南原、丸山をジャイアンツでいえば王、長嶋とすれば、福田はいろんな意味で原ではないでしょうか。ポスト南原の世代で、丸山に比べれば地味ですが堅実で、バランスのとれた若大将の印象を私に与え、戦後の「東大法学部」的なものを背負います。)

「序説」を嚆矢とする初期の学問的達成から、そのような社会契約論の研究を携えつつ、1960年代以降はアジアの同時代への発言も多く、それは第8巻「アジアの解放と民主主義の条件」にまとめられている。

「ヨーロッパ近代」を一つの印象基準としたいわゆる「戦後啓蒙」において、雑誌『世界』の並外れた貢献を別とすれば、朝鮮半島情勢、とくに長らく反共軍事政権だった韓国は、相対的にある種の未着手の領域だったのではないか。そこにおいて、ヨーロッパ政治思想史への深い造詣からその学的人生を始めた福田は、同時代において、「専門家を別とすれば進んで朝鮮問題を論じたほとんど唯一人の評論家」(河合秀和)であった。

               ***

著作集読解と同時に、毎巻、興味深いのは「月報」です。

若き日の田中浩先生は「エピクロスを知らなければホッブズはわからないのでは」と言って福田と一戦交えた様子で、後年、「あの時の田中君のファイトは買ったな」という福田の言葉を紹介されている。

「法学部が東大ですから」という南原の言葉に驚きつつ、安保強行採決への抗議パレードで「東京大学」と書かれたプラカードをまっすぐ掲げる福田を紹介する石田雄先生は、「市民」としてのプラカードを提示される。

そんな中、この種の文章として最も興味深く、またその筆者に興味を持たされたのは、衛藤瀋吉、「かなわぬ男」でした。
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by akai1127ohi | 2010-01-23 01:04 | Comments(0)

Hiroshima 2010 ― 最終回、広島オリンピック

ブラウン監督が退任して、カープは「野村元年」となる。
選手の自主性を尊重し、ここはバントだろうという所で果敢にヒッティングさせるブラウン監督の采配は終焉、伝統的なカープの泥臭い野球の復活をめざすとのこと。そして、「中国新聞」の投書欄によれば、猛練習としごきによる精神野球への回帰に、主として年配の市民の支持が集まっている。一つぐらい時代に逆行した野球があってもいいんじゃないだろうか。私も「野村カープ」に期待したいと思います。

               ***

都のトップ・ダウンで進められた東京オリンピック誘致に全く応援心は湧かなかったが、石原知事の不遜な招致態度と、微妙に東京再挑戦をひいきするJOCの態度を見るにつけ、俄然、広島にオリンピックをやらせたくなってきた。

しかし、危惧するのは昨今の広島の都市開発です。
日本橋の上に高速道路が通ったのは東京オリンピックの時。「さすがにこれはやめよう」という人は当時一人もいなかったのか、私は本当に不思議です。日本橋の景観は、信じられないほど完全に破壊されてしまったし、これは本当に後悔されるべきことだと思う。

広島オリンピックが実現して、世界中の人が広島や原爆資料館を訪れてもらったらいいと思う。しかし、それを契機にして車中心、コンクリート中心の再開発がさらに進められないか、古い喫茶店や「まごまごしい」飲み屋街、街の方々にある小さなお好み焼き屋などが無くなってしまわないか、心配でもある。

               ***

オリンピック開催には100万戸の客室が必要で、広島は50万戸しかないそうです。
残りの50万戸はビルを新設するのではなしに、民泊や公共施設の活用、基町アパートの改修活用など大胆な手段を提示し、「平和」の理念だけでなく、商業や再開発と一体となったオリンピックのあり方の根本的転換も迫ってほしい。


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駅前から黄金山方面。

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駅前、若草町の喫茶店「パール」

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駅前、若草町の喫茶店「マツヤ」

ちなみに「マツヤ」は「Hiroshima Mon Amour」(日仏・1958年)に出てくる(you tube画像では4.02あたり。映像中に、走行するカメラが「本通り」を映すシーンについて、それが東から西へ疾走しているのか、それともその逆かは、興味深い論点ではある。しかし、この映画についてはいずれかなり批判的に取り上げたい)。


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by akai1127ohi | 2010-01-15 23:48 | Comments(0)

Hiroshima 2010 ― 3、『母なる証明』(2009年・韓国)

広島において、シネツイン、サロンシネマが上品な文化映画を上映する「岩波ホール」的な存在とすれば、「横川シネマ」はよりradicalで、より現代的です。

母よりこの映画を紹介されました。「横川シネマ」に客が入っていないとは聞いていましたが、正月2日、18時30分の回の『母なる証明』上映は、いよいよ観客は私一人でした。

               ***

一人きりの映画館のスクリーンに、韓国の草原の風景が広がり、深いしわの刻まれたソウルの年配女性が、静かな音楽とともに踊りを始める。

開始3分で引き込まれました。
ウォンビンのイメージも変わったが、何よりキム・ヘジャの存在感に圧倒された。正月2日に見た映画ですが、今年の年末に2010年のベスト3本をふり返る際にも残っている予感がします。

人間の内面を切り裂いて、その心の闇に迫っていく気迫のある映画で、また技巧的にも優れていたと思う。同時に、複雑怪奇な人間という存在に正面から向きあい、その心の内奥に迫り、時に偽悪的なまでにその正体を表現してやろうというこのような気迫が、日本の映画に見られないように思います。

               ***

惜しむべく失敗は『母なる証明』という邦タイトル。韓国語の原題はハングルで「マザー」。母は、誰かに対して母性を証明するために行動しているわけではない。いずれにせよ、ポン・ジュノという監督に興味を持った。
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by akai1127ohi | 2010-01-14 01:16 | Comments(0)

Hiroshima 2010 ― 2、呉市「大和ミュージアム」

正月、呉の「呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)」を訪れた。
広島の隣街とはいえ、山陽本線で45分、山を一つ越えた呉は、広島とは別個の、独自のストリーを持つ街です。

呉に海軍の鎮守府が出来たのは1889年。
海軍鎮守府の建設にあたっては、後に「蛮勇演説」で有名になる樺山資紀らが、西日本の海事地理を精査した上で、呉を「天然の良港」として明治政府に進言したそうです。

首都に近く外洋に面した横須賀が防御に不向きなのに対して、瀬戸内の奥深くにあり、周囲を能美島や倉橋島に囲繞された呉は防御に適しており、艦隊製造の拠点ともなった。しかしそれは海の時代の話で、戦闘が空に移されると、そのような海事地理的な優位は無意味となり、1945年3月には呉も空襲を受けて海軍は事実上壊滅します。

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写真は呉、「歴史の見える丘」から呉湾方面の景色。
眼下が「大和」を建艦した旧呉海軍工廠(現IHI呉工場)。右方面が呉市街。

               ***

「大和ミュージアム」の展示は「ニュートラル」を心がけているとのことですが、ロシアやアメリカといった列強に囲まれながらも、いち早く近代化を成し遂げた日本が日露戦争を戦い、その後、やむにやまれず太平洋戦争へと突入するという主旋律で、朝鮮半島や中国に関する記述や展示はほとんど見ません。また、率直にいって、大砲の威光と製造技術を誇るものの、大砲の弾が飛んで行った着弾地のことについては、想像力が行使されていないように思いました。(おそらくそこには、夥しい出血と飛び散った肉片という、戦争と人間の現実があるはずです)。

               ***

展示の最後は、戦後の呉の地場産業とその達成について。
戦後の広島が原爆によって軍都「廣島」から「ヒロシマ」へと変貌した(少なくともその変貌を意識化させられずにはいなかった)のと対照的に、呉は、軍需産業都市であった戦前への総括のないまま、戦後、軍需産業で培ったその技術を造船業や魔法瓶、シャープペンなどの産業へとスライドさせて、「軍港」から「臨海工業都市」と衣替えをしていると感じた。
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by akai1127ohi | 2010-01-11 20:41 | Comments(2)

Hiroshima 2010 ― 1、青年と未就学幼児の最後の冬

日本や海外の平和運動の人にとって、広島は「夏」だけです。
多くの人々にとって、広島は、灼熱の青空や蝉の声とともに記憶される。
しかし、チェルノブイリにも夏が来るように、広島にも、静かな冬が訪れる。
そして私は、透明な寒気のなかにお好み焼きの甘いにおいがただよう、冬の広島も好きです。2010年初頭の広島の光景の一コマを記録しておきます。

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写真は2009年晩冬に佇む原爆ドーム

               ***

年末の広島で『釣りバカ日誌20』を見た。
社会的メッセージ性が強く、シリーズの中で最も「社会のひずみに切り込んでいる」(三国)。会社は働く人たちのものだ、というスーさんによる鈴木建設退任の演説のシーンに、「社会の公器」として会社、「古き良き」経営者像を象徴させています。

               ***

スーさんの演説もさることながら、私の右隣りで、時おり私のポップコーンをつまみながら、その映画を2時間にわたり静かに見ていた5歳の女の子の大人の態度にも感銘を受けました。

5歳児は、昨年の夏は市民球場に行って、何とかリアル・タイムで市民球場を体験した。
「寅さん」には間にあわなかったけど、今年の冬、こうして何とかリアル・タイムの「釣りバカ」には駆け込み的に間にあいました。

               ***

一緒にすごろくを作り、正岡子規の俳句からなる「子規さんカルタ」をする。
そして、夜はしりとりをしながら眠りにつけます。

「Sちゃん、『く』よ」
「『くま』……、やっぱやめるわ。『くるま』」

「Sちゃん、『み』よ」
「みみりん」
「『ん』がついたら負けなんよ」
「あ、そうじゃった。『みかん』」
「『みかんジュース』にすれば?」
「じゃあ、『みかんジュース飲まん』」

「akai くん、『か』よ」
「考えとるよ」
「Sちゃんの知っとる言葉でも知らん言葉でもいいよ……。考えとる……?」
しばらく考えていると、5歳児はゴロンと寝がえりをうちます。
どうしよう、返答はしないで、このままの方でいようか……。
しりとりは、私の番で「か」のまま、5歳児は眠りに落ちました。

翌朝、コーヒーを飲みながら話しかけます。
「昨日のしりとり、akaiくんの「か」で終わったよ。じゃけえ、「かごしま」」

               ***

驚くべきことに今年私は30歳になり、来年、5歳児は小学校に入学する。
いわば、20代の青年と未就学幼児の関係は今年で終わりを告げ、両者の関係ももうすぐ新しい段階に入るのかもしれない。青年と未就学幼児という関係で向かえた、貴重な最後の正月でした。
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by akai1127ohi | 2010-01-09 01:19 | Comments(2)

「君の祖国を」

年末、予備校時代からのcompanyと新宿で飲んで、勢いでうたごえ喫茶「ともしび」に行った。

ある意味、「ひやかし半分」の気持ちで訪れるものの、いつのまにか、「ひやかし」で歌っているのか本心で歌っているのか分からなくなる所が、「うたごえ喫茶」の魅力です。(リクエスト用紙の裏に曲名をメモしている時、「お前、ブログのネタ探しだろ」という伊藤博文さんの声が聞こえてきて図星。苦笑せざるえませんでした。)

ほろ酔いに熱唱。しかし、酔っ払いつつも、うたごえ喫茶のレパートリのなかに、平和の歌、労働歌とともに、「祖国」の歌が多いことに気づきました。

その歌詞をめぐって考えさせられたのが、「君の祖国を」。
全学連の機関紙が長らく「そがく(祖国と学問のために)」だったのも、同じ文脈でしょう。(ちなみに「そがく」は数年前に「全学連新聞」になってしまい、私は残念です)

                 ***

「大本営発表」で士気を高揚させた戦前日本は、自分たち自身の下からのナショナリズムの形成に失敗した。同時に、戦後日本は、英米によって強制的に「植民地」を解放させられたことによって、中国や韓国など隣邦のナショナリズムを真摯に理解する機会も逸してしまいました。

本来、欧米によって無理やり主権的国民国家の世界秩序に引きずりこまれたアジアの政治家や知識人は、二つの課題があったはずです。自前の国民国家を形成しながらも、同時にそれを克服すること。ヨーロッパの主権国家が侵す愚を認識しながら、その侵略から自らの民族の自主性を守るために、自前の国民形成を急ぐこと。そこにおいて、民衆の政治的主体化、すなわちデモクラシーは、同時に欧米列強への抵抗としてのナショナリズムであったはずです。

                 ***

戦後日本において、1950年以後の左翼がナショナリズムを禁忌、タブー化したことは、ある種不幸であったかもしれない。そのことは、ナショナリズムのヴォキャブラリーの右翼独占を許し、日本のナショナリズムは極めて貧粗なものになってしまった。結果として、今に至るまで、左翼はナショナリズムを保守反動と同一視し、産経メディアは「ナショナリズム」とさえ呼べない粗末な自己満足を再生産しています。

                 ***

本当は、左翼も日本を愛したかった、少なくとも、愛するに値する日本を、自分たちの手で作りたかったのではないかと思います。日本国憲法をその精神原理とした、自前の「国民形成」への憧憬があったのではないかと思います。(当然、その場合の「日本国民」の形成は、憲法9条によって、デモクラシーとナショナリズムの結合が武力の対外的発露へと転化することを宿命的に禁じられた、人類史的に崇高な課題であったはずです。そしてその崇高な課題を、今の世代がもう一度真摯に背負う覚悟を示すことには、大きな意義があると思います)。「君の祖国を」には、愛するに値する日本を作れなかった、しかし、自分たちの子どもの世代には、愛するに値する日本を作ってほしい、というような健全な諦念と、健全な「日本ナショナリズム」の可能性をみるような思いがします。

                 ***

「君の祖国を」  藤田敏雄作詞 いずみたく作曲

もう一度 よく見てほしい
この国を よく見てほしい
さあ君の ちいさなその目で
君が生まれた この国を

いつまでも 見つめてほしい
この国を 見つめてほしい
きょうもまた 空の見えない
いつも曇った この国を

わすれずに うたってほしい
このうたを うたってほしい
たのむから どんなときでも
わたしのいのちが 終わるとも

君だけは 愛してほしい
この国を 愛してほしい
なぜか今 祖国とさえも
だれも呼ばない この国を


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by akai1127ohi | 2010-01-07 01:43 | Comments(0)

謹賀新年

「1968年の1月、エンタープライズという原子力空母が佐世保に入りましたとき、佐世保に出掛けていって、上陸した乗組員にスピーカーやビラで呼びかけた小田実さんは、その行動の思想的根拠について、エンタープライズを鉄のかたまりと見るか、人間のあつまりと見るかが分かれめなんだ、と書き記しています。……思想をもって鉄によびかけることはできませんが、人間によびかけることは可能です。多くの人間が思想を変えれば、その物理性は解体されるほかないのです。」(福田歓一、『近代の政治思想』(岩波新書)、188-189頁)

               ***

日比谷公園派遣村で明けた昨年、ある人は人間らしく生きる希望を失い、ある人は人間らしく生きることをためらっている。自分なりの仕方で、同世代を励ます生き方をしたい。人間であることの無様さをさらけ出しながら、今年も必死に自分の Chariot を走らせて行きたいと思います。

                                2010年元旦 akai1127ohi
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by akai1127ohi | 2010-01-04 12:00 | Comments(0)
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