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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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「チェ 28歳の革命」(2008年、西・仏・米)

渋谷で「チェ 28歳の革命」を見てきました。
感想を羅列的に記しておきます。

               ***

まず印象的だったのは、ゲバラの軍隊の描写にマッチョイズムがないということ。
軍隊といえばビンタや鉄拳制裁が横行する旧日本陸海軍の暴力主義をイメージする私にとっては、ゲバラの軍隊はとても合理的でsoftに感じられた。夜警の見張り番を組織する任務の兵士に対して、きちんと当番を行うようゲバラが叱咤するシーンがあるのだが、ゲバラは農民兵士にも「責任」の概念がわかるように理屈で接する。またゲバラは決して部下を怒鳴らないし、兵士同士の関係のささくれあいを仲介解決する仕草も実にさりげない。農民や文盲も含む軍隊を統率する「職業革命家」のリアリズムを感じた。

               ***

マルクス・レーニン主義、トロツキズム、毛沢東主義があるのに対して、ゲバラ主義というのはない。映画でも、ゲバラにあるのはゲリラ闘争の実践で、それを支えるイデオロギーや思想は出てこない。アルゼンチン人でキューバ革命に参加し、コンゴやボリビアに移るゲバラは、どこか一つの国家のナショナリストでもない。唯一、反米主義というのがゲバラを定義しうるismかも知れないが、それが理論化されているわけではないし、映画でもそれほど強調されない。ゲバラは実践の人で理論の契機は少ない。むしろ不平等な構造への素朴な怒りがその実践を支えていたといえるだろうか。思想の契機が欠如しているように思えた。

                ***

今、チェ・ゲバラに最も近い人物は誰だ私は金正日だとも思った。
キューバはスペインとアメリカという植民地宗主国の支配のなかで、自国の運命への当事者性を奪われてきた。1898年の米西戦争による「独立」は、スペインからアメリカへと主人が交代しただけだという。北朝鮮もまた、戦前は日本、戦後はアメリカとソ連という覇権国家から自国の発展への当事者性を回復するために「主体思想」を主張してきた。

キューバも北朝鮮も、小国でありながらアメリカと正面から対峙し、アメリカからの経済援助はびた一文もらわず、それがゆえに正面からアメリカを批判しえる。日本のようにアメリカの傘下に下り、国家的主体性を犠牲にして経済繁栄を謳歌した国とは対照的だ。またキューバも北朝鮮も、国家の対外的独立としての「自由」を第一義とし、国民の「市民的政治的自由」を犠牲にしてきたことも似ている。

アメリカを批判するあまり、アメリカの持つ普遍的な理念まで拒絶してしまうのは認められないし、アメリカを批判するから国内は一党独裁でも構わないという訳では決してない。しかし、この映画を見る日本人の観衆にとっては、腹がへっても国家の「主体性」を追求するような国家形成の契機を真剣に理解することが一番重要ではないだろうか。

               ***

20世紀の歴史において、革命が成功する条件は非常に限られていた。
レーニンは革命成功の一般的な条件として、旧権力の極度の腐敗と機能不全、大衆における革命的階級意識の存在、強力な共産党の存在、その共産党を指導する傑出した指導者の存在を挙げるが、ラスキは、その条件なるものは、ロシア革命の際の特殊な条件の要約にすぎないとして、革命の一般化を批判する。

革命が成功する一時の条件を逸せずに果敢に行動を起こすことの偉大なメリットと、革命が成功する条件が未成熟であるのに革命を起こして社会改革と大衆に深刻な惨禍をもたらすことの取り返しのつかないデメリット――それでも後者を正当化しようとする破滅的な英雄主義に、共感できる余地は多くない。

キューバ革命を、条件の異なるコンゴやボリビアで再現しようとする「チェ 39歳 別れの手紙」は、よりペシミスティックになっていくのではないかと推測している。
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by akai1127ohi | 2009-01-30 18:52 | 散文 | Comments(2)

「体罰」への憎悪

小学校や中学校での体罰のニュースは、いつも私の心臓の鼓動を早くさせる。
私は、社会的立場と身体的強さにおける絶対的相違のもとで行われる、「教育」というexcuseを留保したままの恣意的体罰は、最も卑劣な行いだと考えている。体罰を受けた生徒への同情もさることながら、体罰を習慣的に行える人種に対する怒りに満たされる。

               ***

私は小学生の時、こちらにも正当な理由のある一件で、それを述べる機会を与えられることもなく(もっとも述べたてるだけの語彙も経験もなかったが)、大人の教育者(成人男性)に一喝されたことがある。

「ohi! 帽子を取って謝れ!」

私は突然の大人の怒声にうろたえて、何も分からないまま「すいませんでした」と言葉を発した。周囲の人間は、そもそも些細なことがやや大げさになった結末にいささかうろたえつつ、緊張で不自然になった笑みを浮かべていた。

               ***

公衆の面前で、有無をいわせぬ強制的な謝罪を強いられた私は、その時、大人の恫喝とその威力がどれだけ子どもの自尊を損ない、自律的意志の伸長につばを吐きかけるかを、身をもって悟った。帰り道、その男に抱いた殺意に近い憎悪怨嗟と、小学生としての自らの無力さに、言いようのない絶望を感じた。それ以来、子どもに対してこのような専制的態度をとり体罰を振るう成人男性を、蛇蠍の如く卑劣な存在として心に刻むようになった。

(汚い通りは犯罪をうみやすい。子どもに体罰を加える成人男性は、成人女性をも殴る傾向にあると私は考えている。そもそも暴力への禁忌意識が薄いからだ。)

               ***

私は所在と実名を名乗り、福岡市立内浜中学校に電話をした。
そして、対応した教員に、自分のこの経験と、(もちろん常識的な敬語を使って)体罰を行った当人の教師が公的な場で経緯を説明するべきだと考えていると伝えた。
13歳の少年が一人死んでいるにも関わらず、この教師は法的刑罰を受けることはないだろう。ならば少なくとも、自殺した生徒と自分との、体罰を伴った関係性について説明することによって自分の責任を果たすべきなのではないか。そしてそのような説明に伴う社会的制裁を本人が受けるべきことを要求することくらいは、許されるのではないだろうか。
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by akai1127ohi | 2009-01-29 22:51 | 散文 | Comments(0)

The Town I Loved So Well―「私の知っている広島」



下駄の音 路地裏通り 雨上がりの屋根 窓越しの手まり唄 おさげ髪の思い出
この街が好きさ 君がいるから この街が好きさ 君の微笑あるから(♪くりかえし)
街の角 喫茶店 古い美術館 山かげの細い道 初恋の涙
夕焼け雲 五重の塔 石畳の鳩 プラタナスの道で 君を待ちながら
大学通り 流れる川 走る路面電車 背の低い山を見て 君と僕の明日
                   「街」  高石ともやとナターシャセブン

               ***

新宿に二軒だけ残る「うたごえ喫茶」。
靖国通りの「ともしび」は有名だが、新宿三丁目の奥ぞまったところに「家路」という小さなうたごえ喫茶がある。

もう数年前だが、はじめてそこに連れて行ってもらったとき、何回目かのセッションで「街」という曲が流れた。夕陽をあびて光る川面、橋をわたる路面電車、なつかしい商店街。裏さびれた新宿の場末で、一瞬にして広島の風景が脳裏によみがえって来た。
この曲をリクエストした人にお礼さえしたくなった。

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          写真は夕暮れの広島の街

               ***

年末年始を東京で過ごしたので、祖母の7回忌をかねて、広島へ帰った。

広島に帰省するたび、街が少しずつ変わっていく様子が感じられる。
街は、そこを離れた人間の感傷と愛惜の対象ではなく、現にそこに住んでいる人の生活の場所なわけだから、変わっていくことは当然だろう。しかし、久方ぶりに目にする街が、車優先、開発優先、商業優先で人が追いやられるような街つくりになっているのではないかと危惧することもあり、これはこれで、久しぶりに帰る者に特有の視点でもあるだろうと感じる。

今年から、カープの本拠地は紙屋町にあった広島市民球場から駅前に現在建設されている新球場に移る。

広島駅から新球場建設現場までの間に、愛友市場という魚市場がある。
釣りが好きだった中学生の頃、魚を見によく訪れた場所だ。東京へ帰る新幹線までの時間、母親と一緒に愛友市場を歩いた。昔の活気はなく、魚屋ばかりだった通りが飲み屋になったり、ハリボテの神社になったりしている。今回歩いてはじめて気づいたが、その気で見ればハングルが書かれた商品も多く、在日の人たちの生活も垣間見えるところだったのだ。

愛友市場の一角に、中学生の頃によく行った魚屋があって、店の親父さんとも知りあいだった。鯛の頭部、ヒラメの骨、穴子の内臓だとか、食べるところは少ないがどうにも興味をひかれる部分を扱っている店だった。中学生の頃の私は、何になるでもないのを知りながら、頭と尾とそれを連結する骨を残してきれいに捌かれたヒラメの骨を、ただただ造形的に興味を惹かれ100円で買ったりしていた。

まさかもう私のことは忘れているだろう――通りすがりの客として親父さんに話し掛けると、畢竟、私のことは忘れていたが、往年の人の良さはそのままに、たこの頭をまけてくれた。

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          写真は愛友市場の一角

               ***

「とおりゃんせ♪ここはどーこの細道じゃ♪」の盲人用サイレンが消えた紙屋町交差点、取り壊される市民球場、新たな区画整理のされた段原のバス通り、駅前再開発、新装された宇品港……「私の知っている広島」が少しずつ姿を変えていっている。

帰京の新幹線へまだしばらく時間があったので、広島駅の近くの新球場建設現場まで歩いてみた。荒涼とした山々、冬の広島の空に、巨大な建設作業の槌音のみが響いている。

新球場建設現場にも、夏にはここ赤々としたライトと歓声が響くのだろう。
「私の知っている広島」に愛惜もあるが、新しい街からまた新しい物語が生まれるのかもしれない。
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by akai1127ohi | 2009-01-25 20:58 | 散文 | Comments(4)

日雇い派遣の一日のこと

日比谷公園の「派遣村」のニュースが、私にあの日のことを不意に思い出させている。
2年間くらい前だったろうか、自分も一度、日雇い派遣のバイトで働いたことがある。その時のことを書こうと思う。

               ***

朝7時に江東区の森下という駅に集合という指示が前日にあり、初秋の一日、6時に跳ね起きるとコーヒーを一気飲みして集合場所に向った。私が利用した日雇い派遣は、秋葉原にある仲介所から、前日に集合場所と時間、簡単な作業の名称だけを知らされるシステムになっている。森下駅の出口には、5人乗りの小さなボックス・カーが止まっていて、すでに全員そろっており、自分がその後部座席に乗り込むと、今日の作業場は水戸だということを聞かされた。

前部座席に会社の社員が2人、後部差席には、私を含めて3人のバイトが乗っていた。
彼らがどういう会社の人なのか、また相互にどういう人間関係なのかは、全く知る由もなかった。運転席にいる社員は、年季の入った作業着を着ており、ふっくらとした中年の男で、だるまのような丸い顔をしていた。彼がこのメンバーの指導役というような位置であるのが、だんだんとわかってきた。だるま男は無言のまま、かといって悪意があるわけでもなく、黙々と車を運転し現場へ向った。

バイトの2人は、痩せた金髪の男と、質実剛健風な眼鏡の男だった。
どうも、と会釈しあうと、あとは各々無言だった。彼らは日雇派遣の経験は少なからずあるようで、作業ズボンと軍手を用意していたし、道中、携帯電話で明日の派遣先がないかチェックしていた。それ以外の時間は、マンガ雑誌を読んだり、寝たりしていた。

2時間くらい走っただろうか、水戸に到着。
現場は新しく開店する大型紳士服の店舗だった。そこで、事務用品の梱包を解いたり、机やオフィス用品を搬入したりした。オフィス机を一毛のすき間もなく並べてねじで止める作業は若干の熟練を要するようで、だるま男は地面にへばりつき、ハンチング帽をとって目を細めてドライバーを手にしていた。階段の養生や大型荷物の搬入などは、社員と経験のあるバイトの4人が中心になり、実際に自分は学生さんあつかいで、イスを並べたり雑巾がけをしたりなどの簡単な雑務をしていればよかった。

               ***

忙しい日は三現場くらい行くそうだが、この日は水戸の現場一件だけだった。
それでも午後3時くらいまではそこに待機して、会社から指示があれば移動できるようにしていなければならなかった。昼の弁当を食べてから、紳士服店舗の裏の駐車場で何もすることなくタバコを吸ったり、週刊誌を見たりしていた。

すると、車が突然動き出した。別の現場に移動かと思ったら、車は紳士服店舗と目と鼻の先にあるコンビニの駐車場へ移動した。だるま男たちはそこの週刊誌を立ち読みして時間をつぶした。自分は、コンビニでアイスを買って、コンビニの駐車場に貼ってあったその地域の自民党の候補者ポスターを眺めながら食べた。コンビニの駐車場で1時間くらい待機して、3時ぐらいになった。結局、今日の現場はこの場所だけだった。
夕暮れ、車で東京への帰路についた。

               ***

帰りの車中、西日を浴びながら何を話すとでもなく、時間が過ぎていった。
金髪のバイトの男は、上半身裸になっていた。疲れてはいたが、落ち着いた雰囲気が車内に漂っていた。

茨木からようやく東京に入ったというあたり、だるま男の携帯に電話がかかって来た。

「あー、ああそうですか。はあ、赤羽で、・・・・・・でも後ろにはバイトがいますが、ああ、はあ、そうですか、・・・・・・」

電話は会社からで、赤羽の作業場で廃材か何かを積んで帰社するようにとの指示だった。
だるま男は振り返って、後部座席の3人に言った。

「君らさ、そういうことなんで、悪いけど赤羽で降りてくれる?君ら、邪魔なんだってよ、クククッ」

だるま男は自嘲ぎみにいった。
僕らはとくに異存もなく、赤羽で降りることになった。
赤羽のおおまかな場所は知っていたが、何線だとかは知らなかったので、自分はだるま男に、赤羽ってどの辺ですか?と無粋な質問した。

「赤羽がどこかって聞かれてもね……、赤羽はぁー、赤羽よ」

夕暮れの赤羽の駅前で降りると、上半身裸の金髪が、「じゃな、おつかれ!」と私に手を振って、改札のなかに消えていった。
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by akai1127ohi | 2009-01-05 00:35 | 散文 | Comments(0)

修善寺まで(2)

9時14分下北沢発の小田急線急行小田原行きは、定刻を2分ほど遅れて発車した。
先頭車両のそのまた先頭に立って電車を眺めていると、小田急線は駅に着くたび、多くの人間を吐き出し、そして顔のある人間を包み込んでいった。

               ***

1910年3月、漱石は『門』を連載中に体調を崩し、脱稿後、6月18日に内幸町の長与胃腸病院で胃潰瘍の診断を受け、8月6日に修善寺へ療養におもむく。500グラムの吐血の後、人事不省に陥った、いわゆる「修善寺の大患」は8月24日である。

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写真は修禅寺(寺は「しゅうぜんじ」と読む)

漱石が泊まった菊谷旅館は、現在も修善寺の中心部にあるものの、漱石が二ヶ月間にわたり療養した部屋自体は、街の中心部から車で15分ほどいった、「虹の郷」というテーマパークのなかに移設されており、そこが夏目漱石記念館になっている。

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写真は漱石が吐血した「修善寺の大患」の部屋(夏目漱石記念館)

一時、生死の境をさまよいながら、回復してどうやら思索ができるようになると、自分と少なからぬ縁があった幾人かの他者が、あっけなく死んでしまったという知らせ。病床に釘付けにされながらも、漱石の想像は宇宙創造、有機無機、動植両界、日月星辰に広がっていく。小説家の想像力――大江健三郎なら「イマジネーション」と言うところの――のすごさを思い知らされる。

               ***

  種類保存のためには個々の滅亡を意とせぬのが進化論の原則である。学者の例証する所によると、一匹の大口魚が毎年生む子の数は百萬匹とか聞く。牡蠣になるとそれが二百萬の倍数に上るといふ。其のうちで生長するのは僅か数匹に過ぎないのだから、自然は経済的に非常な濫費者であり、徳義上には恐るべく残酷な父母である。人間の生死も人間を本位とする吾等から云えば大事件に相違ないが、しばらく立場を易えて、自己が自然になり済ました気分で観察したら、ただ至当の成行で、そこに喜びそこに悲しむ理屈は毫も存在してゐないだろう。
  こう考えた時、余は甚だ心細くなった。又甚だ詰まらなくなった。そこで殊更に気分を易へて、此間大磯で亡くなった大塚夫人の事を思い出しながら、夫人のために手向の句を作った。
     
   有る程の菊なげ入れよ棺の中
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by akai1127ohi | 2009-01-04 02:32 | Comments(4)

初春慶賀

「共生」へのメッセージが問われた昨年。それを頭に置きつつ、今年はラスキに取り組む一年にしたいと思います。今年もよろしくお願いします。

「牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。……世の中には根気の前に頭を下げる事を知つてゐますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えて呉れません。うんゝ死ぬ迄押すのです。それ丈です。……牛は超然として押して行くのです。」                       夏目漱石、芥川龍之介・久米正雄への手紙
                                 2009年元旦  akai1127ohi
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by akai1127ohi | 2009-01-01 02:22 | Comments(2)
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