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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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カテゴリ:政治時評( 64 )

大義なき解散総選挙を憂う

にわかに「解散風」が吹きはじめ、新聞各紙はもはや衆院解散総選挙をすでに既定路線として報道している(2014年11月14日現在)。

衆院の任期を半分も残した、大義なき、意義不明な総選挙だ。
まずは何より、この意味なき解散総選挙を批判することが、当座、いわゆる「政治的に正しい」態度と思える。

何ゆえこの解散総選挙に大義がないか?

何より有権者がそれを求めてはいない。国論を二分する大きな政治課題を前にして、機能不全に陥った議会に対し、有権者が業を煮やして要求した解散総選挙ではない。単に、安倍氏周辺の(それ自体の合理性もよくわからぬ)、完全に政局理由のための解散だろう。

第二に、現下の状況であれば、総選挙の結果によって生じる新議会が今のそれと大きく変わるとは思えない。安倍政権は、秘密保護法や集団的自衛権をめぐる強引な国会運営のマイナスと、消費増税の先送り&「とりあえず他に政権選択肢がない」現状とが相殺され、衆院300近い巨大与党として議席減は織り込み済みだが、決して下野するほどではないだろう。

野党は伸びるところもあるだろうし、それ自体は言祝ぎたいが、最大野党の民主党には復調の兆しが見えず、全体として政権の大枠を揺るがすほどではない。何が与党の「勝ち/負け」かは、その定義自体がすでに政治の言葉の力関係の対象だが、安倍首相以外に有力な目玉候補がいない現状では、結局、安倍政権が、「生暖かい正統性」のまま存続すると思える。

有権者の突き上げや要求もなく、結果的に現下の議会構成と大幅には変わらないだろう解散総選挙。「念のため解散」(高村・自民党副総裁)などというが、「念のため」に750億円の税金を使って総選挙を行うことに、どんな建設的意味があるだろうか。

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とはいえ解散権は「権力中枢の専権事項」であり、いかに意味不明だろうが、行使されれば野党も含め選挙に突入せざるえない。

そうである以上、民主、生活、共産、社民などの野党はぜひとも「大義なき、意義なき解散総選挙」に対する批判を土台に、小選挙区で候補を絞り連携してほしい。
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by akai1127ohi | 2014-11-14 22:53 | 政治時評 | Comments(0)

思い出す文章-加藤節『国民・群集・暴徒』(『思想』2003年)

オバマ政権によるIS「限定」空爆、マリキ首相退陣をへて、国民統合を喫緊の課題として苦慮するイラク情勢を垣間見ながら、なぜか今更、思い出す文章がある。

加藤節「国民・群衆・暴徒」(初出『思想』2003年、その後『政治学を問い直す』ちくま新書2004年に所収)。久しぶりに再読したが、11年前の文章にもかかわらず、実に現在のイラクの状況を照らしだした、先駆的な問題意識と思う。

イラク戦争開戦時(2003年)、ブッシュ政権の「単独行動主義」や、その背後にあるネオコン思想などに焦点があたったが、フセイン政権が崩壊した後のイラクの自治、それを担う有権者の形成、デモクラシーの安定化といった論点は、ほとんど着目されなかった。加藤節「国民・群衆・暴徒」(『思想』2003年6月号)は、スピノザの民衆観に依拠しながら、戦後イラクのデモクラシーを担う主体の形成作業を論じ、その試みが待ち受ける困難(とその崇高さ)を指摘したものである。

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スピノザは民衆を形容する場合、その集合的性格に応じて、「国民cives」、「臣民subditos」、「群衆multitudo」、「民衆vulgus」、「俗衆plebs」、「暴徒turba」といった言葉を使いわけているという。

これはスピノザにおける価値序列を示しており、後者から前者にかけて、たとえば「暴徒turba」が刹那的充足を求める動物的生を営む集団であるとすれば、「国民cives」は自己立法に自ら従いうる自己統治の主体として位置づけられ、中間にある「群衆multitudo」とはそのどちらにもなりうる不定形な民衆の姿であった。

ホッブスが民衆を「無知な民衆(ignorant people)」として固定的に捉えていたのに対し、スピノザは、ホッブズの愚民観を部分的に共有しつつも、同時にそれが「国民cives」へと変容しうる可変的な要素をあわせ持つことを留保していた。

「人間精神は協議し、傾聴し、討論することによって鋭くされる」(スピノザ)

「その視点は、スピノザが『群衆』のうちに、『民衆』や『暴徒』になる危険性だけでなく、『相互の援助と協力と』による『精神の陶冶』を通して、公共性を担うに足る『道義心』と『寛容』の精神とをもった『国民』へと自己形成を遂げうる可能性をも発見したことを意味する」(加藤節『政治学を問い直す』、p38)

スピノザにおける民衆は、短期的な自己利害に固執する存在であると同時に、「知性改善」を通して、公共的存在へと変化しうる存在であった。そのことによってスピノザは、自らのうちに巣喰う「愚民観」を一定克服すると同時に、「暴徒」が「国民」へと転化しえる「条件」に考察を向けることになった。

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加藤論文はここから、フセイン政権崩壊後に略奪行為が生じたイラクの民衆が、自己立法と自己支配の主体としての「国民cives」へと変容する困難さと崇高さを指摘している。

「以上のようなスピノザの展望が、イラクの戦後デモクラシーの構想に与える示唆はすでにして明らかであろう。それは、『群衆』が、精神の相互陶冶を果たしつつ、私的欲望に駆られて略奪に走る『暴徒』から、『道義心』と『寛容』の精神とをもち、法を順守する『国民』へと自己転化を遂げられるか否かにイラクのデモクラシーの未来が賭けられていることである」(加藤節『政治学を問い直す』、p39)

「しかし、その場合にも一つだけ疑いえないことがあると言ってよい。それは、イラクの戦後デモクラシーの構築が、『独裁』からの『解放軍』を僭称しつつ、現実には『侵略』と『占領』とを続ける外部勢力の他律的な力にではなく、相互に『国民』へと変容しようとするイラクの『群衆』自身の自律的な努力にこそ委ねられなければならないことである。他律によるデモクラシーとは名辞矛盾であって、デモクラシーの名に値しないというのがその理由にほかならない」(同、p40)

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一つの政治社会を民衆が内発的民主的に「創設」することは、容易なプロジェクトではない。自治やデモクラシーが可能になるのは、一定の「条件」が必要であろう。

すなわち、各人が自らの生存や利益の最大化をめぐり、相互に裏切りあうことが「個人にとって合理的」である条件から、相互に協力しあうことが「個人にとって(も)合理的」であるような条件をいかにして作りだしえるか、ということ。それは具体的には、公教育の充実、識字率の向上、刹那的な盗みや略奪に訴えなくても生活できる一定の生活水準、反復的な相互依存が確認できる商業や交易の発達、などなど。

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また、意見の異なる者どうしで自治を可能にし、それを「デモクラシー」として持続的に運営してくためには、それを担う人々のあいだで、いくつかの「能力」が必須化されるだろう。

たとえば「自分の意見を合理的に述べる能力」、「相手の意見をそれなりに忍耐強く聞く能力」、「一瞬いらっと来ても暴力に訴えない能力」、「とりあえず合意できなくても次回の話しあいの日取りを決める能力」など。

意見の異なる者同士で持続的に協議し、明確な自己主張とともに、必要な妥協を行うこれらの「能力」こそ、「内戦」や「無秩序」といった近代政治学のトラウマを回避し、一つの政治共同体を持続させしめる、民衆の「資質」であろう。それはすなわち、「徳論」とか、今風にいえば「シティズンシップ教育」などと言ってもいいかもしれない。

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ヨーロッパにおける「国民形成」と代議的デモクラシーの制度化は、19世紀の百年間を通じて漸進的に制度化されてきた。

考えてみると、J・S・ミルやトクヴィルなど、政治思想史において「リベラリスト」と括られる19世紀の思想家は、自治の成功によって逆説的にも自治が死産しないように心掛けた人々、生れたばかりのデモクラシーが過大な要求によって早逝してしまわないよう、心がけた人々といえよう。

すなわち、自治的デモクラシーを「不可抗力的な運命」と認めながら、とはいえ「溢れ出る民意の放出としてのデモクラシー」には懐疑や危惧を抱きながら、とはいえデモクラシーという「歴史の運命」をなるべく平和裏に軟着陸させるように、民衆の「準備の出来具体」を見ながら、少しずつ漸進的に制度化して行こうとした人々といえよう。

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イラクの置かれた状況は、このような欧米での「国民」形成や代議制デモクラシーの「軟着陸」の経緯とはかなり異なる。

端的にいって、たとえば人口の3割が illiterate だった社会、たとえば宗派対立や民族対立が根強くあり、ただでさえ均一で等質な「国民」の形成が困難な地域に、そのような制度的デモクラシーを「輸出」したところで、たった10年でそれが「安定化」するというのが、およそ困難なプロジェクトだと思える。

そう述べることは、欧米のデモクラシーのあり方が「普遍的」で、その「普遍的基準」に照らしてイラクが遅れてるとか逸脱してるとかを言いたいのではない。普遍的かどうかわからないが、とにかく西欧のような自治やデモクラシーを念頭においてそれをイラクで実現「させねばならない」という発想では必ず無理困難が生じるだろう、ということです。

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だからこそイラクにおける「統治の弁証法」の困難さがあり、だからこそオバマ政権が直面する「解なき関与」の苦境があり、そして何より、だからこそ、フセイン政権という「否定的安定」だけを崩壊させ、その後に来たるべき「肯定的安定」を度外視した、ブッシュ政権の無責任さがあるのだと思える。
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by akai1127ohi | 2014-08-22 00:52 | 政治時評 | Comments(0)

オバマ政権によるイラクISISへの「限定空爆」について

オバマがイラク国内のISISに対する「限定空爆」を許可した。



2003年、ブッシュ政権によるのイラク戦争から早11年。複雑かつ混迷極まるイラク情勢につき、何が「妥当」なのかという評価の基準も複雑化している。

オバマの記者会見は、この決定に対する、あまりに「国内消費用」の説明という印象が強く、率直に不満も感じるが、とはいえ、このオバマの対応に対するいかなる態度表明も「時期尚早」というべきものと感じる。ひとえにそれは、この判断がイラク民政の安定につながるか否かという「結果」、すなわち「政治の結果責任」によってしか、評価されないものと思える。

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イラクの現状は、結局、 一つの政治共同体としての「遠心圧力」ばかりが働き、「求心圧力」が機能しなかったため、政治共同体それ自体が一つに維持できずに分裂しかかっている状況といえよう。政治の統合の失敗、いわば「失敗国家」といってもよいのだろう。

そこにおいて、米国で政権交代が起こった、国内の厭戦気分も高まった、だから完全撤兵します、というのはあまりにも無責任であろう。 国際法無視でイラクに介入し、にわかにフセイン政権を倒し、民主化や自治に全く準備のないイラクを内戦状態にしておきながら、アメリカの都合だけで撤兵する。こういう「撤兵」は良識派の求める「イラク撤兵」とは違うだろう。

とはいえ、もちろん米軍イラク残留やイラク国内での米軍の武力行使が答えではもちろんない。とはいえ、宗派対立に引き裂かれ自己統治の準備がないままのイラク政府に一切合切を押しつけるのも答えではない。とはいえ、アメリカがパターナリスティックにいつまでもイラク統治するのが答えではない。とはいえ、眼前の治安維持は誰かが担わなければならず、それがなければ、内戦状態がなすがままとなる。とはいえ……。イラクをめぐるジレンマは、このような「とはいえ」の連続と思える。

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欧米において自治的なデモクラシーは、実に19世紀の100年間を通じ、様々な「行ったり来たり/動と反動」を経て漸進的に確立されていった。

オバマのこの決定がさらにイラクの泥沼を深めるか、あるいは、宗派的政治対立にあけくれ、妥協を見出すことができず、自己統治能力を欠いたイラク政府を再び「統合圧力」へと向け直す一助となるか、それは不明で、まさに「結果責任」といえよう。

それよりも、今明らかに確実に言明できることがあるとすれば、欧米が100年かけてそれとなしに確立した「自治的デモクラシー」の過程を、他律的な武力介入によって、ただでさえ宗派対立が激しい地域に、たった10年で「輸出」しようとした、ブッシュ政権の愚の遺恨の大きさ、と言うことと思える。
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by akai1127ohi | 2014-08-09 05:05 | 政治時評 | Comments(0)

オバマ大統領二期目就任演説(2013年)解題

この四月から始まった、主として英語を中心とした三大学週八コマ非常勤の春学期が、終わった。このうち、いくつかの授業では、発展学習と称して、You Tube から取捨選択した英米の政治家のスピーチをリスニング教材として使用した。

それらは①オバマ大統領二期目就任演説(2013年)、②ミッシェル・オバマ民主党大会演説(2012年)、③H・クリントンのジュネーブLGBT演説(2011年)、④D・キャメロン&N・クレッグによるイギリス連立政権の結成演説(2010年)です。

これらのスクリプトを熟読視聴することは、私自身にとっても大変興味深く、あらためて英米政治の先進性を痛感した。以下、順次、授業で使ったリスニング教材へのコメントを書いておきたい。まず第一に、十八番の「オバマ二期目就任演説」(2013年)から。

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オバマの第二期就任演説は、第一期のそれよりはるかに「リベラル色」の強く出たものであり、英語雑誌『English Journal』は、同演説を「共和党からの独立宣言」と伝えた。

就任演説冒頭、米国独立宣言に触れた後、オバマは、政局的党派対立を惹起させる、いささかcontroversial なテーマに触れる。

「我々は、競争と公正な活動を保証する規則がある場合にのみ、自由な市場は反映しうると発見した。我々は一貫して中央の権力への疑いを決して放棄せず、政府だけで社会の病巣を全て治癒できるといった虚構に屈しなかった。独創力と進取(initiative and enterprise)の気性をたたえること、勤勉さや個人の責任へのこだわりは、我々の変わらない国民性だ。しかし、時代の変化とともに我々も変わらなければならないということも常に理解してきた。建国の精神への忠誠は、新たな挑戦への新たな対応を求めている。個人の自由を守るためには、最終的に集団行動(collective action)が必要となる」(4:02~)

ここでオバマが言っている「含意」は何でしょうか?
明らかにそれは、「自由な市場を擁護するために」こそ、「公正で画一的な規制」が必要であるということ、「個人の自発性と進取」というアメリカの本質を維持するためにこそ、「集団的行動(collective action)」が必要になるということ、であろう。

このようなレトリックを用いる/用いらざるえないオバマの意図は、(私にとっては)明らかです。すなわち、共和党系、あるいはさらに言って「茶会(ティー・パーティ系)」からの批判を封じ込めつつ、「彼らの目的」それ自体を掠め取るレトリックを使いながら、実際はオバマ的な、すなわち「リベラル」な、要するにヨーロッパ的に言えば「社会民主主義的な」政策を確実に実行するためのレトリックです。

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しかしそれ以上に巧みなのは、このように若干であれ政局的党派対立を惹起した直後はかならず、間髪入れずに、「一つの国(one nation)、一つの国民(one people)」としてそれを成し遂げなければならないという求心力的、「国民統合的」レトリックに持ち込む流れです。

「たった一人の人間では子どもたちの将来に欠かせない数学や科学の大勢の教師を訓練できないし、米国に新たな雇用や事業をもたらす道路やネットワーク、研究所もたった一人で築けない。我々は一つの国(one nation)、一つの国民(one people)として、今まで以上に協力して取り組まねばならない」(5:03~)

若干であれ党派的対立を惹起するような言辞を述べた直後、オバマは必ず、「一つの民衆」、「一つの国民」という言辞で、アメリカ国民の統合的レトリックへ間髪入れずに流し込みます。これはオバマの演説において一つのパターン(定型)です。

このレトリックによって、どんな「根っからの共和党員(die hard Republican)」であれ、どんな潜在的対黒人偏見主義者であれ、本心ではオバマを嫌いながら、とはいえ、とはいえ、「国民統合」のレトリック、「アメリカ人は一つ」のレトリックを用いられると、さすがにそれに反対することはできません。

ブッシュ時代は、このような「国民統合的レトリック」は、面白いほど対外戦争を前にした国民団結に用いられてきたが、オバマは、そのレトリックの力学を、自身が推進しようとする社会保障や国民皆保険の政策推進の力として、実に巧みかつ効果的に「「手段化」しています。私の定義する「政治家」というものは、こういう力を行使しえる存在です。

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「メディケア(高齢者向け医療保険)やメディケイド(低所得層向け医療保険)、社会保障制度によって互いに支え合う仕組みは、我々の自発性を弱めるものではなく、我々を強化するものだ。これらの制度は「ただ乗り」する者を許すものではなく、国を繁栄させるためのリスクを自由に取れるようにするための仕組みだ」(9:37~)

ここも同様で、メディケアやメディケイドは、いわば「社会主義的」であるとして対抗勢力から批判されるところ、オバマは、むしろこのような社会保障政策「こそ」が、アメリカの本質的土着的価値である「個人の自発性」を強化し、「国家からの給付の受け手(taker)」 ではなく「挑戦や前進を積極的に行うリスクの担い手(taker)」を涵養するものだと、いわば巧みに「すり替えて」います。

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アメリカの「リベラル」な政治家にとって、「軍」や「軍人」をどう位置づけ、どう語るかは、頭の悩ませ所であると同時に、腕の見せ所であろう。その点、オバマの次の言明は、ほぼ及第点といえる。

「永続的な安全と平和のため、絶え間なく戦争をする必要はないと信じる。戦火によって鍛えられた勇敢な米軍の兵士は、勇気と技能において誰よりも優れている。戦火により失った人々の記憶は米国民の脳裏に焼き付いており、自由のために払った代償を痛いほど理解している。彼らの犠牲を認識するからこそ、米国に危害を加えようとする者への警戒を永遠に緩めない。だが、我々は単に戦争に勝った人の子孫であるだけでなく、平和を勝ち取った人や敵を確かな友人へと変えた人の子孫でもある。その教訓を今に生かさねばならない」(11:31~)

まず何より、軍隊従事者に対する「賞賛eulogy」がなければならない。これは、アメリカのように(日本と全く異なり)歴史的に独立自衛を果たしてきた政治共同体では、絶対に必要不可欠なことです。(もちろん冷戦下では「独立自衛」にかこつけた覇権主義があったのは火を見るより明らかな事実であり、それは飽くまで批判対抗的に捉える必要が必至ですが、当座、それはオバマ評価とは別の論点です)。

と同時に、その実、根の本心では軍隊よりも協調外交、関与外交を志向する「リベラル」として、軍事従事者への賞賛と全く矛盾しない形で、実際に失明したり足を失ったりした傷痍軍人やその家族の「実存」に寄り添う形で、とはいえしかしながら、アメリカ人は「単に戦争に勝った人の子孫であるだけでなく、平和を勝ち取った人や敵を確かな友人へと変えた人の子孫でもある」ことを想起させる。この流れに持ち込むレトリックが秀逸です。この言明の背景に想起されている具体例は、おそらく当然、第二次大戦後の日本でしょう。

更にオバマは、続ける。

「他の国々との紛争を平和的に解決するよう試みる勇気を示そう。それは我々が直面する危険についての考えが甘いからでなく、(武力介入ではなく関与外交こそが)国家間の疑念や恐怖をより永続的にとり除くことができるからだ」(12:35~)

アメリカのように、協調平和外交がすぐに「チキン(臆病・弱腰)」とされる政治風土において、協調平和外交こそが「持続的な平和と国益」を可能にする、というレトリックを力強く主張しえることは、すでにその方面でのイデオロギー闘争の優位を物語るものであり、オバマは当座、そのイデオロギー闘争に当座の勝利を収めているといえる。


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by akai1127ohi | 2014-08-09 05:01 | 政治時評 | Comments(0)

オバマの理念と安倍の「理念」

先月(2014年4月)の日米会談を終え、銀座すし屋で仕事の話ばかりしたオバマを「実務的な大統領」とする報道があったが、これほどの虚報はないと感じる。オバマは、近年の米国大統領で稀に見る「抽象的理念の好きな大統領」、高邁な思想を語るのが好きな大統領といえよう。「抽象的な理念」を語るのが好きな点で、オバマは安倍に似ているともいえる。

問題は、その「抽象的理念」の方向が、オバマと安倍では180度異なる、ということです。それゆえ、オバマは、先日の日米会談では、「こいつと語るに及ばず」とばかりに、安倍氏との会談では理念などには触れず、実務的態度に徹した。それだけのことだろう。もとより、オバマの理念と、安倍の理念を、下手に同等に扱われて論評されてもそれはそれで困りますが。

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大学での英語リスニング教材として使おうと、オバマ二期目就任演説をスクリプト込みで拝聴。改めて内容を精査し、非常勤の帰路の電車内で、実に身震いする高邁な理念にあらためて天晴れと感じた。

ブッシュJr が外国との戦争によって、「悪の枢軸」との対比によって、いわば「外在的」にアメリカ国民の統合を図ったとすれば、オバマは、独立宣言以来のアメリカの政治実践と歴史的達成に訴求し、自らの政治社会の歴史的達成の記憶を呼び起こすことによって、いわば「内在的」にアメリカという nation の統合を図っている。

オバマは就任演説の冒頭で、米国独立宣言を読み上げ、「これらの『言葉』と我々の同時代の『現実』を架橋する我々の任務」を唱えながら、「神から与えられた自明の事実」は決して「自明に執行される事実」ではなく、「我々によって今ここで実現されねばならない」と説いている。

言葉だけの権利の無意味さを説き、形式的な権利を「真に受けて」、今、目の前の現実で「実行」することを主張するこの態度は、文字通り、丸山真男の言う「権利に上に眠る者は権利の享受に値せず」ということです。そして、こんな青臭い説教を真顔で言う人間が、我々の政治社会たるこの「日本」において、身近にどれほどいるや、と思わざるをえません。


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by akai1127ohi | 2014-05-09 23:43 | 政治時評 | Comments(0)

政治時評(38)ー辺野古埋立をめぐる仲井真知事の「二面性」

仲井真知事が辺野古埋立を承認した。仲井真知事にはこれまで、「沖縄」の知事としての側面と、「自公推薦知事」という側面の二面性が、相互に交錯しながら常につきまとってきた。

「沖縄」の知事としては、無論、他県在住の私がその決断にどうこう言う性質の話ではない。しかし同時に、「自公推薦」の知事としては、結局、鳩山政権の「最低でも県外」路線によって動揺した態度が、自民党政権復帰によって一周回って最初の役回りに立ち返った、という印象が強い。

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仲井真知事は、2006年に自公推薦で、実質的に「辺野古やむなし」の腹で当選しながら、思いもよらぬ2009年政権交代と鳩山政権の「最低でも県外」発言で二階に上がった梯子を外された形であった。

とりわけ、2009年の民主党鳩山政権成立以後の仲井真氏の言動は、全く理解に苦しむものであった。「最低でも県外」を掲げた鳩山首相に対し、仲井真知事の態度は、「決定の唐突さ」を理由に「不快」、「困惑」を示すに尽きるものであり、結果的に、鳩山の足を引っ張る働きをした。

いかにやり方が稚拙とはいえ、猛攻撃を受けながらも「最低でも県外」で動いた鳩山を、沖縄県知事がさらに足を引っ張るというのは、沖縄県知事としての背信行為ではなかったか。

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仲井真氏はそれ以後、「沖縄の代表」と「自公推薦知事」という二律背反のなか、世論の圧力に押される形で、前者の立場にしぶとく傾斜してきた。その限りで私も、事態の膠着を注視してきた。

しかし、2012年の自民党政権復帰によって、結果的に、今回の知事の態度は、2006年の当選当初に、自民党中央の指図通りの役回りを、一周回って引き受けた形としか受け止められません。

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「十分抵抗した、十分意見は伝えた、十分実は取れた、だから―」という仲井真知事の態度は、オスプレイ配備をめぐる福田岩国市長(自民党推薦)とまったく相似と感じる。

自公推薦によってそれまでの革新系首長を放逐し、「地元の反基地感情は厳しい」などと一芝居打ちつつ、最後は「苦渋の決断」をする、そんな「自公推薦知事」の役回りが一般化しないことを願う。
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by akai1127ohi | 2013-12-28 01:15 | 政治時評 | Comments(0)

2014年都知事選:「最善の探究」と同時に「最悪の回避」を

韓国の野党圏政治を見ていて常々度胆を抜かれるのは、盧泰愚の前に金泳三と金大中が分裂立候補した1987年大統領選の教訓が血肉化されていることです。およそ30年の民主化闘争の成果としての1987年の民選大統領選で、野党圏の分裂によって軍人出身大統領を許したその痛恨や、いかばかりだっただろうか。

それ以後、選挙の度に「統一候補」に向けた韓国野党圏の努力は実に並々ならぬものを感じる。それぞれが独自の目標や理念をしっかりと把持しながら、政治決戦においては、最後の最後で、共倒れを避けるために各派各政党がなんとか「戦略的に」行動する。それも本当に最後の最後の駆け込み的に、それでもなんとか最後は、野党圏の統一戦線になる。

「野党圏」がまとまって予備選挙を行ない、朴元淳を統一候補を選びだしてハンナラ党候補を破った2011年のソウル市長選挙は、そのような韓国野党圏の真骨頂だった。1987年大統領選の苦い教訓が口をついては互いに想起され、多くの野党圏の人に刻まているがゆえであり、いわば「最悪」を避ける政治的知恵、「1987年」の再来を回避する政治的努力だろう。

これは、「最善」を要求することに急で「最悪」を回避することに意識がまわらず、したがってまんまと安倍政権という「最悪」を招来させた/将来させることを防ぎえなかった、私を含めた日本リベラル左派にとって、強く拳拳服膺すべき構図と思う。

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外国の例を持ち出しながら、漠然と「野党統一」、「革新統一」が大事だといえば、多くの人が同意するかもしれない。しかし、それが日本の、東京の、自分たちの持ち場での話となると、「候補者統一」といっても、にわかにあいつの顔、あいつの顔が浮かんで、感情も揺さぶられ、きれいごとではいかなくなるのが実情かもしれない。

とはいえ、やはりそれが、「野党統一」、「革新統一」ということであり、韓国の野党圏統一は、「遠い国の美談」なのではなく、そのようなリアルな感情を乗り越えての政治的達成なのであり、試されているのは、日本のわれわれが、そのようなリアルな感情を乗り越えて、政治的につながり、何を創り出しうるか、ということだと感じる。
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by akai1127ohi | 2013-12-26 02:10 | 政治時評 | Comments(0)

政治時評(37)ーエジプト情勢:「2011年革命」と「2013年反革命」

池内恵「エジプトの7月3日のクーデタ」(東大出版会「UP」2013年8月号)を拝読した。2011年以来のエジプト政変を、マルクス「フランス三部作」の方法を踏襲して分析記述したもので、これまで日本語で書かれたエジプト政変に対する最も的確な分析と感じ、また大いに思考を刺激された。以下、①エジプト政変に関する池内氏の認識を紹介しながら、②それによって刺激された私自身の問題意識をいささか粗野な形だが書いておきたい。

現在までのところ、2011年「アラブの春」以降のエジプト情勢に対する妥当な認識は、以下の引用(池内氏の文章)でほぼ過不足なくされていると感じる。

「2013年6月30日の大規模デモは、2011年2月11日にムバーラク大統領を退陣させたものと同様に見えるかもしれない。しかし内実は大きく変質していた。2011年のデモは、長期独裁政権に反対し、世襲の阻止を掲げ、警察の拷問、政権高官とそれに結びついた企業家の汚職、社会正義と尊厳の喪失といった問題を的確に追及した、明確な大義名分のあるものだった。そのような正当な異議申立てを、過酷な弾圧に直面して文字通り命を懸けながら行うところに現れる人間の崇高さにこそ、世界中が目を奪われ、賛辞をおしまなかったのである」(p24)

「しかし今回〔2013年7月のデモ〕は、軍と警察の黙認と支持の下で、弾圧の不安なく、権力の座から滑り落ちて今や丸裸になったムスリム同胞団を、水に落ちた犬のように叩くという、人間が集団となった時にしばしば見せる本性的な『あさましさ』を露呈したものでしかなかった」(p24)

「2013年の『7月3日のクーデタ』の構図を改めて整理すれば、まず革命派若者の中の、軍の武力を用いて権力奪取を目指す勢力が先導して反ムスリム同胞団のデモを企画し、リベラル派・左派・世俗主義派がこれに追随した。このデモを軍・警察が黙認し、旧体制派が合流することで、デモを『乗っ取った』形になった。そして軍は『大規模デモで民意が示された』と主張して、『人民の名の下に』クーデタを行った」(p31)

「今後は、軍が気にいらない政権は、一定数の、それこそ軍人の家族・親族を動員するだけで可能になる程度の人数のデモを生じさせたうえで、『混乱の回避』、『民衆の意志の実現』と称して軍が『正当に』排除して良いことになる」(p25)

「たとえ今後、一部の革命派若者やリベラル派の政党・政治家が政治・社会問題の解決を訴えたところで、現実政治に反映される可能性は極めて低くなる。今回のクーデタを通して、軍と警察と、おそらくは背後の新興企業家層が再結合して、旧体制の支配諸勢力の結束を取り戻した」(p32)

「現在のエジプトは、典型的な『反革命』の一つの段階と言えるだろう」(p28)

               ***

池内氏によれば、2011年以後のエジプト政変の当事者勢力/アクターは、以下の9にわけられる。

(1) ムバラク政権の支配層
A ムバーラク大統領の親族・側近
B 軍
C 内務省(警察・諜報機関・治安組織)
D 新興企業家層
(2) イスラーム勢力
E ムスリム同胞団
F サラフ主義(超伝統主義)
G ジハード主義
(3) リベラル派・左派・世俗主義派
H 既存野党・知識人
I 革命派若者

時系列的に書かれた池内氏の分析を追って、これらを合従連衡を私なりに配列するとおよそ以下のようになるだろう。(以下、「体制側vs反体制側」の区分)

ムバラク政権期(2011年2月まで)
ABCD 対 EFGHI

2011年革命とモルシ政権(2011年2月から2013年7月まで)
BEFHI 対 ACD
反ムバラクのための、イスラム勢力とリベラル派・革命派若者などの当座の政治的連携。軍もこれを黙認し一応の後見人的立場に。しかし、モルシ政権の不人気が高まるにつれ、イスラム同胞団と世俗派・革命派若者と亀裂。

2013年7月3日の軍クーデタ(2013年7月から8月)
BCDHI 対 EFG
モルシ政権の政治手法に対して反発する民衆運動(革命派若者)に、軍が加勢。モルシ氏を解任して新たな軍主導の暫定政権成立。しかし、政権成立直後、暫定政権がモルシ派を大弾圧することでHI(リベラル派知識人と革命派若者)が政権から自主離脱。A(ムバラク親族側近)が漸次的に復権。

現在および比較的近い未来(2013年9月から)
ABCD 対 EFGHI
エジプト革命前とほぼ同様の構図へ。

               ***

以下、それぞれの勢力/アクターに対する私の感想(評価)。

(1) 軍
革命的な権力交替は、通常、野党や民衆運動がいくら抵抗を強めても生じず、旧支配層にいた勢力の一定部分が旧支配層から離脱し、中立あるいは抵抗運動側に転化して趨勢が決する(ことが多い)。2011年のエジプト政変は、まさに旧支配層の主要な部分であった軍がムバラク政権を見棄てて、大規模な民衆運動に対して「好意的中立」に転じたことが大きな要因であったといえよう。

しかし、それによって軍に対する民衆の期待は高まったものの、モルシ政権に対する「民衆抵抗デモ」が生じた際、軍はその自制心を欠いて、いささか前のめりに政治過程に介入した。一旦、実力組織(軍)が政治過程に介入すると、いわば「介入癖/出動癖」がつく、とでもいえるだろうか、少なくとも前例があることでその後の政治過程への介入に対する抵抗感が減じるとはいえるだろう。モルシ政権を追放した後の、実質的には軍事政権である暫定政権による、モルシ派の弾圧姿勢は度を越えたものがあった。軍/実力組織の政治過程への介入を許せば、もはや「政治」の側にはそれを物理的に制約する実力はなく、実力保有組織の「自制心/謙抑的判断」に委ねられる以上、軍・実力による政治過程への介入は麻薬的なものがあると感じざるえない。

(2) ムスリム同胞団
同情すべきはムスリム同胞団である。ムスリム同胞団を基盤とした2011年以来のモルシ政権は、強引な政治手法をとり、異なる政治勢力との合意や妥結を獲得することができず、政治的に未熟であった。であるが、それは「政局」の混乱であり、「政局」の内部で争われるべき問題だったはず。「政局」の混乱が、無暗に「政体」をめぐる混乱に持ち込まれてしまった。「政局」の混乱をその内部で議論する政治慣習を育むことなく、再び「政体」をめぐる「革命/反革命」に流れ込んでいった。

モルシ氏は民主的な選挙で選ばれた民選大統領であり、いかにモルシ大統領が不人気であったとはいえ、これは2011年エジプト革命の今だ揺るがない輝かしい成果である。今なおそれはそうであろう。デモクラシーを価値ある理念と自称し、エジプトの民主化の着実な確立を願う者であればだれでも、把持すべきはこの正統性をおいて他にないだろう。今回、この正統性がデモや実力(軍)の前にあまりに軽視され、2013年7月のクーデタの後にすぐにモルシ氏が「前大統領former president」と報道されたことこそ、デモクラシーの理念に背く趨勢であったはずだ。

池内氏も指摘するように、民選の正統性を、当人たちにしてみれば詐欺まがいの「人民の名の下のクーデタ」によって否定されたムスリム同胞団が、選挙など合法的立憲的民主制度を通してはもはや政権獲得は不可能と判断し(立憲制度の反プロレタリア的本質ならぬ反イスラム的本質!)、議会外の武力闘争に今後の活路を見いだしたところで、誰もそれを手放しに批判することはできなくなったのである。

(3) 革命派若者・リベラル派
全体のなかでおよそ5割前後を占める「モルシ政権は行き過ぎている」という政権批判(旧支配層+軍+警察)が、全体のなかでおそらく1割程度にすぎない、「モルシ政権は行かな過ぎている」という政権批判(革命派若者)を文字通り利用して、クーデタを行った。やや厳しい言い方をすれば、革命派若者は軍出動のための「露払い」を行い、リベラル世俗派は実質軍事政権の本質に対欧米消費用の「ソフト・イメージ」をつける「イチジクの葉」の役割を担った。そしてその「イチジクの葉」さえ、恥じらう必要がなくなれば取り払われた(エルバラダイ辞任)。

現在、最も今後の展望がないのはこのグループである。革命派若者は誰とも連帯できない。彼ら彼女らは、軍事政権にとってはすでに利用価値がなく、ムスリム同胞団にとっては自らを裏切った勢力だから。このグループはしばらくのあいだ現実的な政治勢力となりえず、フェイスブックのなかで世を憂う系のインテリ系になる公算が高い。

(4) アメリカ合衆国
アメリカは基本的に、事態を注視していた。イスラム色の強いムスリム同胞団とは気が合わないが、「デモクラシーの輸出国」として、民選大統領を否定するわけにもいかない。とはいえ、反政権デモや軍のといった反モルシの動きに対して、モルシ政権を積極的に守ることもせず、基本的には推移を見守っていたといえよう。

あえてどちらかといえば、軍との歴史的な関係ゆえ不作為によってどちらかといえばクーデタを掉さす機能を担ったと、言おうと思えばいえるかもしれない。いずれにせよ「反革命」への推移を座視していたわけで、基本的に褒められたものではないが、かといってエジプト政治がいかに「反革命」に陥ろうと、アメリカが介入すればいい話でもなく、とくにアメリカの責任を論じることも、当座は筋違いかと感じる。

               ***

さらに、エジプト政変を受けてのとりあえずの私の粗野な感想/問題意識。

(1) 「友敵政治」ではなく「統合の政治」の必要性
2011年以来、エジプトの情勢(アラブの春)は、米国ニューヨークにおけるOWSと「並んで」社会運動の高まりとして論じられ、受容された。しかし、二つの社会運動には、大きな差異があったはずだ。

米国占拠運動は、既成の主権的国民国家の政治のあり方、すなわちナショナルで代議的な政治制度の限界を告発し、政治への直接参加を通じてその枠組自体の克服を志向する社会運動であった。しかし他方、エジプト「アラブの春」は、宗教的、文化的に多岐に分かれた人々が、一つのネイションとして、一つの政治的主権者として自らを立ち上げ、いわばナショナルで民主的な政治単位を主体的に作り上げていくための起点であったといえよう。それは、「内発的国民国家の形成」が、依然として課題としてあるような状況であった。

そこにおいて、政治に必要なドライブは、「敵対の政治」「友敵の政治」ではなく、「合意の政治」「妥結と統合の政治」であったといえよう。バルフォア卿の言葉を借りれば、「決して終わらない政治の鳴物騒動によって危険なまでに混乱させられない穏健さ」の尊重である/あったといえよう。

(2) 「民衆運動決定論」について
政治的決定に影響を与える要素としては、①属人的要素(政治家の決断やリーダーシップなど)、②運動的要素(社会運動、政治運動)、③経済的要素(いわゆる下部構造)が挙げられる。政治的決定を見る際のこれらの三要素は、互いに相反矛盾するものではなく、対象に応じて最もふさわしいアプローチを選びながらも、多元的に複眼視すべきものと感じる。むしろ、往々にしてこれらのうちのどれか「一つのみ」を基底的な要素であるとアプリオリに主張する点から、認識の狭隘さが生れる。

政治的決定における運動的要素、とりわけ「民衆運動」を重視ないし賛美する立場から、2011年エジプト政変を「民集の勝利」として賛美した日本の人々の一部が、同じ民集運動というだけで反モルシ政権デモにも声援を送ったのは、いささか奇妙な光景であった、ということだけは書いておきたい。その「民衆運動」が軍のクーデタの契機となり旧支配層が復権、まさに革命が一回転したわけだから。

(3) エジプト政変と2009-2012年民主党政権
革命→反革命へと移行したエジプト政変(2011-13年)の教訓は、日本の民主党政権(2009-12年)という経験/失敗に対しても、決して他人事ではないだろう。日本有権者もまた、エジプトの劇的さには足下にも及ばない形で、2009年民主党政権交代という「プチ革命」と2012年自民党政権復帰という「プチ反革命」を経験している。

エジプト政変との比較における民主党政権に対する評価については、池内氏のエジプト分析と同様、マルクス「フランス三部作」を一応意識して書かれた政局分析についての書評をかねて、稿を改めて感想を書きたい。
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by akai1127ohi | 2013-09-22 04:39 | 政治時評 | Comments(0)

政治時評(36)ーシリア軍事介入の動向とキャメロン政権の離脱

イギリスは、空港から都心までの高速道路が「曲がりくねっている」ことを自慢する政治文化。その謂いは、空港から都心までは一直線の高速道路があるのは、独裁権力の証拠ということ。民主的な国家では、土地の権利問題や都市開発の規制やらで、まっすぐな道は建設できない。英国世論はその非効率を自嘲気味に自慢する。

イギリス下院でシリア軍事介入動議を否決されたキャメロンにつき、それを「政治的敗北」「求心力低下」とする日本の報道があるが、いささか疑問だ。民主主義である以上、決定には紆余曲折があり、重大問題でも土壇場で否決されることがある、なぜなら「(議会制)民主主義」だから。英国世論は、今回の土壇場否決劇を、むしろ自嘲気味に誇っているのではと拝察します。

それを踏まえると、日本の国会も、米国の軍事介入に賛成か反対か、筋書き無しで8時間討論をしたらよかろうと思う。A党=無条件賛成、B党=無条件反対のごとき機械的結論でなく、各議員が今現在での自分自身の自律的判断を表明したらよかろうと思う。その方が、こういう「当座の正答なき局面」に際し、誰がどんな判断をしたのか、帰責性が明確になっていいだろう。



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by akai1127ohi | 2013-09-03 23:21 | 政治時評 | Comments(0)

政治時評(35)ーシリア内戦と英米(仏)の帰趨

かつて羽仁五郎は、朝、新聞を読む際に、氏独自の「マルクス主義史観」に従って歴史前進的ニュースに赤で、歴史後退的ニュースには青で線を引き、以て政局観の鍛錬に務めたという。一つの卓見と思う。とはいえ、日々刻々と変化する昨今のエジプトやシリア情勢を見れば、赤青二色では足らぬという感も否めない。

                    ***

8月29日現在のシリア情勢、局面はイラク戦争開戦時と「似ている」。英米(仏)は国連安保理決議という正統性を一応模索するが、実際は安保理決議なしでも限定攻撃「辞さず」の構えだ。米国が拙速な軍事介入に出ることを何よりも危惧する。それは結果的にオバマ政権の歴史的評価の低下になる可能性が高い予感がしてならない。

しかし、2011年以降のシリア内戦におけるアサド政権による反体制派や市民への弾圧の深刻さは(日本では報道稀少ゆえにわかに浮かび上がった感だが)英語圏、少なくともBBCでは持続的に関心が注がれてきた。政権側による反体制弾圧の深刻さは、イラクをかろうじて「統治」していたフセイン政権とは「異なる」種類のものと思える。

                    ***

そのアサド政権が、自国の一般市民に対して化学兵器を使用したとすれば、米国なども「無反応」は厳しいと思える。国際問題において何が「普遍的基準」かは、それ自体がイデオロギー闘争の課題だが、そうはいっても経験的に踏襲された政治道徳律があると思える。問われるべきは、アサド政権に対して「いかなる反応」をするか、すなわち「軍事的反応」か、それとも「政治的な/civillianな反応」か、だと思える。

イラク戦争は大量破壊兵器疑惑に対する国連とIAEAの査察を打ち切る形で開戦され、多くの禍根を残した/残している。その教訓を踏まえるならば、とにかくシリア政権の化学兵器利用の有無と反体制派弾圧の実態に関する国連調査団の綿密調査とその公表が必須だろう。「軍事的解決」の圧力を前にした、どこまでも「政治的解決」追及にこそ現下の喫緊の焦点があると思える。
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by akai1127ohi | 2013-08-29 22:28 | 政治時評 | Comments(0)
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