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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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カテゴリ:Concerned Citizen( 37 )

4・11 韓国総選挙と野党圏共闘の成立

韓国では4月11日に迫った総選挙を前に、最大野党の民主統合党と、統合進歩党との野党共闘が実現した。

金大中の流れを引く最大野党の旧民主党は、盧武鉉系のウリ党出身の人たちと合同し、現在の民主統合党となった。代表には金大中政権で女性相、盧武鉉政権で首相を務めた韓明淑氏が就任。韓氏の党運営は、候補者選定過程では親盧派を優遇したとして批判されたが、とりあえず乗り切ったようだ。

統合進歩党は、韓国の政党では最左派であった民主労働党と、「盧武鉉精神の継承」を唱える国民参与党などが糾合した左派政党である。(旧民主労働党は、盧武鉉大統領の下、韓国政治が進歩主義に傾いた2004年の総選挙で躍進し、長らく権永吉という人が党首をしていたが、2010年から李正姫に代わった。国家保安法がなければ「社会」労働党ではなかったかと思う)。民主労働党時代から引き続き、李正姫氏が共同代表を務めている。

結果的に、民主党統合党は親盧派を取り入れることで若干左傾化し、統合進歩党は「盧武鉉精神継承」の国民参与党などを合同したことで若干リベラル化したので、韓国の野党圏は、全体的に一致点が左に移動した形で、両党は相対的に近づいたといえよう。

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民主党統合党と統合進歩党との野党圏共闘運動は、各選挙区における両党間の「予備選挙」によってなされた。選挙区の有権者に世論調査を行い、支持率の高かった方の候補を野党圏統一候補として両党が支持するという仕組みだ。

企業に単に「私的結社」に留まらない公共的責任があるように、政党もまた単に私的結社に限定されない公共性があろう。その意味で、政党内での候補者選定の過程にまで有権者の意向を反映させるこの「予備選挙」は、日本の政党も参考に値するだろう。

しかし、「予備選挙」の過程で、統合進歩党の李正姫代表の選挙区(ソウル)で、李正姫陣営によるでの予備選挙への不正介入が明らかになり、民主統合党側がこれを強く非難、野党共闘は崩壊の危機に瀕した。最終的に、李正姫が総選挙への出馬を辞退するという決断を示し、民主統合党もこれを尊重、最終的に、野党圏共闘が確固としたものとなった(ハンギョレ新聞日本語版)。いずれにせよ、李正姫氏の今後の活躍に大に注視し、期待したい)。

予備選への不正介入は、倫理高潔を唱えてきた進歩党にとっては少々「あこぎ」とされよう。しかし、それで李正姫自身が立候補辞退というのは、大変厳しい判断であり、不釣合いなほど重いとも感じる。しかしいずれにせよ、進歩統合党は、進歩の「道義性」を見せつけるがごとく十分すぎるほどの責任をとった。民主統合党はこれを重く受け止め、野党圏共闘の精神を尊重すべきであり、実際、動きはそのようになっているようである。あらためて、野党圏共闘というものが、多くの困難と障壁を乗り越えた末のものであると痛感する次第だ(野党連合の選対本部立ちあげのニュース)。

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4・11総選挙、そして12月の大統領選挙を控え、韓国の政治は、大きく貯めを作り、エネルギーを充満させた二つの大きなみこしが、紆余曲折をへても最後には団結し、堂々とぶつかる如きダイナミズムがある。いずれにせよ、4月の総選挙を注視して行きたい。
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by akai1127ohi | 2012-03-26 13:07 | Concerned Citizen | Comments(2)

3・11という象―「想起継承脱原発精神」

60年安保闘争後、「群盲象をなでる」という言葉が口にされた。一部を見て全体を論評する弊を戒めるものらしい。たしかに各人が見える範囲は限られている。しかし各人は、その範囲では確実に象に触れてもいる。「いくらか見えながら、しかし時には大半のことが見えないままで歴史に参加する」(日高六郎)というのが、人と同時代との関わり方の常であろう。「群盲象をなでる」という言葉は、本義に反し、自分の認識の誤謬性と確実性の双方を想起させるように思える。

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デモは、「参加すべき」ものではない。「もしよろしければいかが」で語られるべき類のものであろう。デモは義務ではない。あくまで個人の都合や主体性に俟つべきものであろう。

3月11日に私が参加したデモでは日比谷から国会へ、そしてヒューマン・チェーンへ。子ども、若者、高齢の人など多様な参加者であった。天気雨が通り過ぎるたびに、雨上がりの薫風が漂った。「イルコモンズ」というバンド即興演奏が大変素晴らしく、国会図書館前の路上で聞き入った。奥にそびえる国会図書館が北京故宮になり、清朝の大雅楽団が現れたかの様相であった。国会を取り巻くヒューマン・チェーンは、60年安保以後はじめてという声もあった。

3・11という「象」。その日、おそらく多くの人が、それぞれの場所で、それぞれの思いで、今日という大きな象の「一部」をなでたのだろう。私が触れた、ささやかな「象」の一面だ。「復活継承60年安保精神」「想起継承脱原発精神」。昨年の今ごろ、原発事故後の不安のなかで夜を過ごしたあの緊張感を想起する、そんな意義のある日としたいと感じた。


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写真は日比谷公会堂を出発するデモの人々。

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写真は経産省・脱原発テント前。

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写真は国会を取り巻くヒューマン・チェーン。
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by akai1127ohi | 2012-03-15 22:07 | Concerned Citizen | Comments(0)

湯浅誠「社会運動への立ち位置」(『世界』3月号)と二つの「社会運動」

湯浅誠「社会運動への立ち位置」(『世界』3月号)は、ネットや社会運動において多くの議論を喚起するものであった。これに対して、私の考えを一つだけ書いておきたい。

これまで、湯浅論文の社会運動論に対する批判の一つの型は、デモや直接行動がかつてなく興隆した昨年の大衆運動、とりわけ米国での占拠運動に依拠したものであった。たとえばブログ「世に倦む日日」は、湯浅氏の「変節」を批判しつつ、「米国のOWSは[湯浅氏を]どう見るだろうか」(2/14)と結び、数日後にもあらためて湯浅氏のデモクラシー論に言及した上で、「私自身は、湯浅誠が言う『強いリーダーシップ』でもなく、『議会制民主主義』でもなく、第三の道の可能性があると考えていて、それがOWSや辺野古の政治だと思っているけれども」(2/17)と結論づけている。

米国での占拠運動の事例を引証基準としながら湯浅氏の「調整」重視を批判する意見は、たしかに妥当な部分もあろう。しかし以下では、アメリカの占拠運動に加え、昨年の同時期に並行して生じていた、韓国ソウルの市長選挙の展開も意識するかたちで、湯浅論文の意味を再考してみたい。

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元来、近代の民主政治は常に一国代議的な営みであり、それはナショナルな領域と構成員の画定を前提とし、領域の広さを代議制によって「克服」してきた。しかし、経済とそれに伴う不平等のグローバル化という現代の趨勢を前に、米国の占拠運動は、既存の一国代議民主制に対する人々の疎外感を示したものであったといえよう。「我々は99%だ」という主張は、その99%が政治の過程に表象されない現状への告発であり、米国占拠運動の求めているものは、「リベラル/左の政治家」ではなく、「政治家一般」に示される一国代議民主制それ自体の克服であったと思える。

もっとも、占拠運動が掲げた銀行課税や社会保障といった要求は、現実的には既存の政治制度のなかに回収され、オバマ政権のリベラル回帰を意識させた。しかし、占拠運動に示された、一国代議民主制にすでに「当事者意識」を持てないという告発は、先進国に共有された意思表示であろう。その意味で、既存の一国代議民主制そのものを根本的に問い直した点にこそ、占拠運動の固有の意義があると思える。換言すれば占拠運動とは、既存一国代議制とその下での「調整」そのものを問い直し、まさに既存デモクラシーの「枠組」それ自体を問うた社会運動の真骨頂であったと思える。

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他方、昨年秋には米国の占拠運動に並行して、韓国ソウルでもソウル市長選挙をめぐり市民運動と既成政党を巻き込んだ広範な運動が生じていた。

市長選挙に際して野党圏からは、金大中の流れをくむ民主党、労働運動とつながりの深い最左派の民主労働党、そして市民社会勢力の支援を受ける形で市民運動家の朴元淳氏の三氏が立候補の意思を示し、テレビ討論での陪審や市民3万人が参加した予備投票によって、朴氏が進歩系野党陣営の統一候補に選出されたのだ(KBSニュース)。

昨年9月に三週間ソウルに滞在した折、私はちょうど、進歩陣営統一候補に朴氏が選出される時期に立ち会うことができた。地下鉄のキオスクでは毎日朴氏の顔を見たといってよい。帰国後、米国占拠運動とソウル市長選の双方をフォローするようになった。

朴氏を押し上げたのは20代から40代の若年層であり、その背景には失業、教育、不安定な雇用、非正規職問題などが指摘され、彼らは「IMF経済危機から本格化した新自由主義政策の弊害が呼んだ不安定労働の最大の被害者」(レイバー・ネット)とされる。

しかし、朴氏はそもそも運動圏の支援を受ける形で立候補したので、行政権力に入ることに対して社会運動や市民運動からの朴氏批判はほぼ皆無であった。その朴氏は民主党からの再三の入党要請を断るも、「精神は民主党員」として、新村にある金大中図書館に向い、李姫鎬氏に支持を要請している。野党第一党の民主党は結果的に統一候補を譲るかたちになったが、党利党略ではなく全体の公算を優先させ、一介の市民活動家を全力で支援した度量も特筆に値しよう。これら市民運動と組織の糾合団結は、「反MB=反ハンナラ」によって野党圏と運動圏が確実に統一した成果であった。繋がるべきものが繋がり、一体となって支えるべきものを支える、そんな政治的な力をつとに感じた。

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米国占拠運動とソウル市長選は、ともに2011年の市民運動、社会運動の成果であるが、それらの達成は大きく性質を異にしている。

米国占拠運動は、前述のように、既成の一国代議的政治制度の限界を告発し、その枠組自体の克服を志向する社会運動の真骨頂であった。他方、ソウル市長選にいたる韓国の運動圏と野党圏のダイナミズムは、社会運動や市民運動が既存の代議的政治制度における選挙や「調整」を最大限に活用し、その枠内において大きな政治的成果を勝ちとった社会運動の真骨頂であった。それはまた、「社会」が「政治」に抵抗するだけでなく、「社会」を守るために「社会」がそれ自体で「政治」に参与し、行政権力そのものを獲得する動きであったともいえよう。

もちろん、韓国における新自由主義政策は金大中政権になって本格化したという側面もある。しかし、朴元淳市長が掲げる福祉政治は、ソウルにおいてそれを修正しようとしている。その成果はまだ未定であり、判断は時期尚早であるが、少なくともそこには、「政治」が導入した新自由主義を、「政治」の力で修正しようとする回路がある。すなわち、そのような歴然たる「社会」の政治性と、それによる「政治」の自己修正能力がある。

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湯浅氏は、毎日新聞(2011年12月16日)に、「興味深い新市長あいさつ」として、朴元淳氏の新市長宣誓を紹介している。弁護士の中村和雄氏が自身のHPで同コラムを全文掲載している野で紹介する(中村氏HP)。また、以下は、同コラムでとりあげられた、朴元淳ソウル市長の就任宣誓である。



私は朴元淳氏の市長宣誓は、大変すばらしいものだと思う。限りある財源において率直であり、「政治の役割」において進歩的な理念があり、それらの兼ね合わせの上でなすべきこと判断する実行力が感じられる。その実行力とは、われわれの国で現在巷の流行語たる「強いリーダシップ」などとは、およそ似て非なるものであろう。

湯浅氏が「調整」への参加を呼びかける時、念頭にあるのはおそらくこのような達成ではないかと推測する。私は、われわれ自身の政治単位においてわれわれもまた、このような理念を現実の政治的力とし、自分たちの力で大きな達成を実現することを、心の底から願っている。

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ソウル市長選に関する日本語での報道は、2012年から在外選挙権が認められる在日韓国人に向けた事前広報を除き、少なかった。「世に倦む日日」や社会運動の側も、米国OWS運動を引証した上での湯浅氏批判が主であった。もちろん、ソウル市長選に言及していないから悪いと言いたいのではない。ただ、米国OWS運動だけを基準に湯浅氏の「変節」を論難するのでは、抜け落ちるものがあるのではないか、ということだ。

米国OWS運動は、一国代議民主制を超克する萌芽を示した。その可能性は確実に汲み上げられなければならない。同時に、それは既存の一国代議民主制やその枠内での行政への参与を放棄することではない。隣国において社会がその内から政治を担う力を輩出し、その政治が社会を守ろうとするデモクラシーの地力が示されてもいるなかで、その経験に注視することなく、われわれがただ既存の政治制度への参加や「当事者性」を禁忌していては、端的にマクロ権力を全面的に新自由主義に委ねることを意味するだろう。

米国OWS運動はたしかな指針だ。しかし、既存の政治制度においてなお、政治の力で経済を統御し、社会を守ろうとする力強い可能性が残されてもいないか。そのような視点を欠いたままでの湯浅論文批判は、湯浅氏の論文が孕む建設的な可能性の一つを、掬い損ねたままにならざるえないのではないかと思える。
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by akai1127ohi | 2012-02-19 19:36 | Concerned Citizen | Comments(1)

湯浅誠「社会運動の立ち位置」(『世界』三月号)をめぐって

昨年2011年は、日本においては震災と原発事故を契機に「脱原発デモ」が大いに盛り上がり、中東では民主化運動、米国では9月以降、オキュパイ・ウォール・ストリート運動が生じた。(私としては、ソウル市長選をめぐる韓国の民主運動もこれに付け加えたい)。総じて、デモや社会運動の高まりを見せつけた一年であった。

その一方で、日本では2009年の政権交代以後、政権は鳩山から菅へ、昨年は菅から野田へと変わり、現在は、自民にも民主にも失望したと「大阪維新」が不気味な台頭を見せている。大衆運動という視点からしても、日本のマクロな政治はおよそ状況悪化の一途をひた走っているといえよう。

現在の状況とは、このようなものと思える。

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SNSなどを中心に、湯浅誠「社会運動の立ち位置」(『世界』3月号)に対して一定の議論が生じており、やはり湯浅さんの発言の影響力の強さを感じる。ブログ「世に倦む日日」の意見(http://critic5.exblog.jp/17801323/)は、湯浅論文に対する社会運動の活動家や運動家からの批判をよく象徴・整理するものといえよう。

ただ問題は、そのような(現場/前線?)の社会運動の理論家の思いと、湯浅氏のように政権や行政の会議などの「調整」に「も」参加する人々の思いが、分極化の様相を呈していることではないだろうか。

その背景には、消費税や「税と社会保障の一体改革」をめぐる理論上の問題と、社会運動のあり方をめぐる考え方や感情の問題が、おそらく部分的にリンクした形であると思える。前者については、理論上の差異が明確になることは、建設的であり、また必要であろう。後者については、それぞれの社会運動についての考え方に対する理解が深まるにつれ、自己の認識の展開と、他者への共感が生む余地があると思える。

もとより私は、調整役ぶったりするつもりもないし、そんな力量もないし、そんな「できた人間」でもないと自覚している。ただ、湯浅論文に対する批判が、湯浅氏や「湯浅的傾向」なるものに対して賛成か反対か、今の政治状況のにおいて「どちらかの側につくのか」、というような選択を強いるような方向性に向けてられてはならない。

そのようなスタンスから、湯浅さんとそれを批判する議論を前に、主として湯浅さんの意図を汲むような気持も含めて、私自身のI thinkをいくつかだけ書いておきたい。
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by akai1127ohi | 2012-02-15 00:56 | Concerned Citizen | Comments(0)

ファシズムと橋下政治(ハシズム)の差異と共通性

橋下・大阪市長に平身低頭する労働組合の代表の記事を読み、年始から不愉快な思いをした(テレ朝ニュース)。

橋下氏の「大阪維新」はアンチ既成政党というが、その多くは元自民党議員からなり、自民や立ち上がれ、日本創新党などへの敵対は演技的といえよう。他方、橋下氏が府知事時代に実際の標的としたのは教育委員会や教員組合、朝日新聞や「クソ週刊誌」など、市長になってからは労組だ。教員や労働組合を「既得権」と位置づけ、「保護者/労働者になり代わって」それらを叩いていると言わんばかりだ。反既成政党、反既存政治というポーズを演出した上で、本質的には、ネオリベ的効率性と右翼的象徴の混合物と思える。

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歴史的現象としてのファシズムは、本当に複雑な現象と感じる。ファシズムの性格定義は、基本的には、後発帝国主義における資本代弁者とされてきた(ディミトロフ)。ナチは、失業対策や公共事業などによって国家「社会主義」の建前を完全虚偽としない程度に資本と対峙したが、それらは資本協力という絶対的枠内での話であった。

しかし間接・直接にナチを支持した層は多様で、閉塞感を持つプチブル層、マルクス主義を敵視する大資本、大企業との競争に喘ぐ小商店主、現状打破を求める若者、借金苦の農民、ベルサイユ条約に不満の元軍人、ワイマール体制に飽き足らない急進層、ユダヤ人と競合して職を奪われていると感じる不遇専門職・知識人などといわれる。

支持の理由は相互に幻想であり、小商店主は大企業の征伐者として、大資本はマルクス主義の攻撃者として、農民は借金圧政からの解放者として、ファシズムに期待した。「国家社会主義(ナチズム)」の、左右超越したボナパルト的性格がある。

ファシズムやそれに類する現象は、何らかの打開策が必要な閉塞時代に、異なる人々が同床異夢のまま、一刀両断的解決や目的不在の決断力・実行力を雪崩れのように選択する時に生じると思える。そして、ファシズムと橋下政治(ハシズム)は、似ている点とそうでない点があるが、似ている所は怖いほど似ている。

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地震・原発事故で分断し、とにかく敵を求める世論、韓流文化の席巻と中国の強大化、傷ついた「国家プライド」、長引く不況と既成政治の閉塞、ロスジェネと排外的言説……。橋下氏はその閉塞の裂け目に登場し、朝鮮学校などへの攻撃と一見ラディカルな脱原発言辞を織り交ぜ、左右を超越した「決断実行」を演出し、今、世論はそれに魅惑懐柔吸引されるか如きだ。

とりわけ危惧されるのは、本来なら橋下氏の強引で粗雑な政治手法に眉をひそめる人々でさえ、橋下は支持しないけど聞けば結構いいこと言ってる、というそこはかとない声だ。例えば朝日新聞は、橋下氏や「維新」に注文を付けつつすでに目がトロンとして懐柔・陶酔されている印象だ(具体的には坪井ゆづる記者、前田史郎記者、村上憲郎紙面委員などだ)。

私は、橋下氏の考えや政治手法を全く信用しておらず、その言動ばかりを取り上げるメディアの風潮にも反対でいる。55年体制に代わる統治合理性が必要なのは明瞭だ。しかし、それが橋下的思考/手法でなされてはならないと思える。
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by akai1127ohi | 2012-01-08 23:47 | Concerned Citizen | Comments(1)

菅内閣の退陣と「政権交代」革命の終焉

菅直人前内閣は、近年で最もリベラルな内閣であった。

私が菅前内閣を評価するのは以下の点だ。(1)内閣府参与へ湯浅誠氏を起用したこと、(2)浜岡原発を止めたこと、(3)「脱原発依存」を明確に表明したこと、(4)二年続けて閣僚が一人も靖国参拝しなかったこと、(5)死刑制度に相対的に懐疑的立場をとったこと。

もちろんこれらを不十分とする意見もあるし、私自身の理想からも程遠い。しかし、ならばなおさら括目すべきは、われわれ日本の有権者は、「この程度」の政権さえ維持する力量を持たなかったということだ。「この程度」の政権さえ持続化させえず、「この程度」でさえ掲げた目標を達成させえず、良識保守からリベラル、穏健左派、社会運動まで、「脱原発」を望むわれわれ皆が、居酒屋でもツイッターでもあれほど気炎を上げながら、野田政権という「旧権力」への回帰をまんまと目の当りにしているということだ。

私は菅氏を支えられなかったことを残念に思うし、率直に今、後悔をしている。

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菅氏自身の個人的資質もあると思われるが、7割以上が脱原発を望みつつも、メディアの徹底した「退陣」「居座り」批判のなかで、その圧倒的な雰囲気に狼狽し、結局、菅氏を支持する勇気と大胆さを欠いた、この国の世論の弱さがあろう。

産経、読売、日経などが「菅おろし」の論陣を張ったのは当然だ。彼らは、40年にわたり自民党と一蓮托生した「旧権力の残滓」だからだ。

朝日新聞は、脱原発の立場をとりながら、時流に乗じて「菅おろし」に掉さした。『前衛』もまた、渡辺治論文(2011年8月号)のように、法人税やTPPについては的確に指摘しつつ、菅内閣が四面楚歌のなかで気力を振り絞った「脱原発依存」について、何も触れなかった。「週刊金曜日」も菅首相を叩きながら、本当に最後の最後で、「今はこんな単細胞が良いのかもしれない」というような形で、あまりに遅きに失した、応援ともいえない「応援」を示唆するだけだった。

驚くべきほど菅批判の一色だった。その画一的な風潮のなかで、脱原発のために菅首相を留まらせるべきだと主張したのは、私を含め、本当に少数だった。私の同時代での、一つの「踏み絵」ではなかったかとさえ感じている。

そもそも菅首相の7月13日の「脱原発依存」表明は、官庁や電力会社の圧力、メディアの「延命」批判大合唱のなかでの、一進一退のぎりぎりのところでの踏ん張りだったのは自明だろう。その後に明らかになった、九州電力をめぐる絵に描いたような利権構造は、目を覆わんばかりであった。これまでの自民党政治の構造と産業、地方自治体の癒着に骨の髄まで蝕まれながら、「中央に振り回される弱い地方」を演じて見せた九州電力と佐賀県知事の罪は二重であり、決して許されるべきではない。

その中で、ただでさえ追い詰められている首相を、なぜ「朝日」も「赤旗」も『週刊金曜日』も、左からあえてまた追い詰める必要があっただろうか。まことに残念に思う。左からの菅批判、いわば「善意からの菅批判」は、率直にいって、菅内閣がおかれた政治磁場全体へのプラグマティックな認識を欠いた、ナイーブな議論ではなかったかと諫言したい。菅辞任で推進されるのは、民主党の「自民党化」であり、あるいは大連立の容易化であり、あるいは自民党の政権参画であろう。野田政権の後継は、それを物語るものであろう。

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民主党「トロイカ体制」なるものが、そのまま小沢・鳩山・菅の対等連合だったと取るならば、それは政局観の欠如に他ならない。「トロイカ」なるものは、常に実質、小沢・鳩山vs菅の「2対1」であった。菅氏は社民連出身であり、圧倒的に保守優位の永田町において常にその「スティグマ」を抱えたいたのに対し、小沢氏は自民党経世会の領袖、鳩山由紀夫氏も田中派出身であった。すなわち二人とも、政治姿勢は自民党中枢であった。トロイカがかかる2対1であったことなど、おそらく最も基本的な政局地図の一つであったのではあるまいか。

党内最大たる小沢グループと保守的機会主義者たる鳩山氏周辺に対する権力闘争の渦中におかれ、菅氏は行きがかり上、ネオリベ色の強い松下政経塾出身の若手に依存せざるえなかった。党内基盤が脆弱な菅氏は、対小沢権力闘争のなかで必然的に松下政経塾系の若手勢力に依存せざるえず、それゆえTPPや法人税へ傾いた。菅氏が大企業に屈した、と批判することはたやすい。消費税発言などの唐突な提案は、たしかに「策士、策に溺れる」であった。同時に、最後の「脱原発依存」表明に至っては、そのような策を弄する余裕のない状況での態度表明だっただけに、実直であった。

別の言い方をすれば、菅氏のような市民運動出身、「左翼思想の持主」(「正論」)は、元来からして、清濁あわせのまねば民主党の党内権力闘争を生き残れず、したがって、濁を飲まねば、浜岡停止も、「脱原発依存」表明もなかった。菅氏がそのように政界遊泳しなければ、法人税もなかったが、浜岡停止もなかった。消費税発言もなかったが、湯浅誠氏起用もなかった。TPP傾斜もなかったが、「脱原発依存」表明もなかった。

菅内閣に対する評価は、必然的に、複眼的にならざるえないであろう。「脱原発」表明後の菅氏の土俵際での踏ん張りは目を見張るものがあった。文字通り、刃折れ矢尽き、精根尽き果てた上での退陣であった。下痢腹痛で逃げ出した某とは雲泥の差であった。若年雇用の問題、震災原発後の脱原発の方向性、それらに関する菅前首相の努力はいずれも支持に値するものであり、歴史的な評価を待ちたい。

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2009年「政権交代」なるものが皮肉にも明らかにしたのは、共産党が指摘する「二つの敵論」の正しさである。日本を支配する「二つの敵」、すなわち「アメリカ帝国主義」と「日本独占資本」である。

鳩山内閣は、個人的善意によってであれ、沖縄米軍基地に取り組んだ。それにより、アメリカの世界戦略に刃向う属国政権は自国の親米メディアの総叩きにあって潰されることを証明した。菅内閣は、福島原発大事故に端を発したのであれ、産業・官庁・学界が一体化した「原子力ムラ」に抵抗の兆しを示した。そして、産業や電力会社に刃向う政権は、メディアの総叩きの前に孤立無援なまま潰されることを証明した。

その背景には、沖縄基地撤去を主張しながら、あるいは脱原発を求めながら、「人に任せて文句を垂れる」まま、「当事者性」を持ち得ない、われわれのデモクラシーの未成熟さがあった。

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写真は1998年の金大中大統領の訪日時。手前が金大中大統領、一人おいて、菅直人民主党代表(肩書はいずれも当時)。

菅首相では「力不足」だという意見は、なるほど同意しないでもない。オバマの前ではおどおどしていたし、国会では自民党の野次に防戦一方だった。「両院代議士会」なる名前の民主党の罵倒糾弾会では、涙をこらえるに精いっぱいだった。

いずれにせよ、菅前首相は、金大中にはなれなかった。

では、金大中はなぜ存在したのか?
なぜ金大中は大統領となったのか?

どんな逆境、どんな弾圧、どんな迫害にもめげず、金大中を励まそうと、ソウル奨忠壇公園を、光洲を、木浦を、敵地大邱までを埋め尽くした、あの勇気ある韓国の有権者によってだ。日本に、それほど勇気ある有権者がいたか?

お前は韓国民主化を美化しすぎだ、といわれるかもしれない。しかし私は断固美化しよう。美化には、美化された対象と張り合って自ら美しくなるという効用があるからだ。美化たされた対象によって自己を問い返し、自分たちも美しくなろうと努力するからだ。

菅前首相は金大中になれなかった。なるほど、その通りだ。
しかしそんなことよりも、菅前首相を見殺しにした日本「有権者」が、金大中を押し上げた韓国「有権者」よりも、全く勇気に欠け、全く度胸がなく、全く自律的に物事を考えなかったことを、何よりも想起するのが先だろう。菅前首相の力不足を嘆く前に、7割強が脱原発を望みつつも、メディアの菅批判の同調化圧力に屈し、菅前首相支持の声を発せなかった、その「勇気」のなかった、われわれ日本国民の脆弱さを嘆くべきではあるまいか。

一言にして菅前首相の弱さは、平和と平等にむけた「日本リベラル左派政権」を期待する、われわれ自身の弱さに他ならないはずなのである。

               ***

菅内閣退陣後、野田氏が民主党新代表に選出された。

海江田氏と野田氏との間で行われた民主党代表決選投票は、「政権交代」なる期待の終焉を如実に示すものであった。それは、「生活が第一」=疑似社民化した旧自民党員たち(小鳩)と、自民党在籍経験のない若手による自民党政治(松下政経塾連合)との競合であったといえよう。どちらに転んでも、民主党の「自民党化」を示すものとなった。

菅内閣の終焉をもって、「政権交代」は終わった。「政権交代」なる言葉に示されてきた希望や期待は、ついえた。すなわち、2009年「政権交代」革命は、終焉した。

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激しい退陣怒号に包まれた菅政権末期、メディアを通して知る限り、菅首相を支えた数少ない存在は、辻元清美総理補佐官だった。結果として辻元氏は、菅氏と同様に市民運動家出身でありながら、菅前首相の個人的資質の限界を知ると同時に、菅前首相に対する退陣圧力の磁場を熟知した稀有な政治家となった。

政治混迷の現在において、平和と平等を求めるわれわれ、「日本リベラル左派政権」を期待するわれわれが、菅前首相を見殺しにしたこ教訓を踏まえ、次に同様の機会があれば、辻元氏のような人物を絶対に見殺しにすべきではないということは、「政権交代」革命の失敗が残した、一つの教訓と思える。

               ***

民主党「政権交代」とは、自民党を下野させたことに大きな意義があった。換言すれば、それに尽きた。40年にわたる自民党の政治支配を終えさせたことは、「政権交代」のまごうことなき大達成であろう。2009年政権交代とは、いわば、ロシア帝政を終焉させた二月革命である(十月革命ではない)。それはいわば、清朝支配を終焉させた辛亥革命である(1949革命ではない)。

自民党支配を自力で拒否した後、本当にこの国の政治を、社会経済的平等、公正な富の分配、企業の拡大ではなく人間の福利に基礎をおく社会、憲法9条と平和主義、人間の個性と多様性の尊重へと進める「第二革命」のため、民主党以外の方途の再編がより一層まじめに模索されてよい。再度強調するが、2009年政権交代には、自民党を下野させた大きな意義があった。政権交代は、「自民党を下野させる革命」であり、その意義は消えていない。その先にどのような日本を描くか、その先にどのような「第二革命」を実現しえるか。それは依然として、われわれの政治的力量に俟つべきものである。

依然として、「革命いまだ成らず」(孫文)である。

平和と平等に向けた「日本リベラル左派政権」への期待を胸に、大きな希望に満ち溢れて、新年を迎えます。
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by akai1127ohi | 2011-12-31 02:25 | Concerned Citizen | Comments(5)

日本における既存「社会民主主義」の試み

先日、図書館で升味準之輔『日本政党史論(全7巻)』(東大出版会)を散読した。その際、近隣の政党史関係も通観した。興味深かったのは『社民連十年史』(同刊行会1989)である。戦後日本でなぜヨーロッパ並みの「社民政党」が存立しえなかったか、という問題意識は政治学において共有され始めている。

               ***

日本社会党から派生した「革新政党」は三つだ。第一に民主社会党(1960)、第二に社会民主連合(1978)、第三に新社会党(1996)である。

第一の民主社会党および「民主社会主義」では、最終的に「民主」社会主義が「反共」社会主義となった印象が強い。これらは、社会党に対する右からの不満といえよう。元来、左右社会党の分岐は1950年の講和安保条約を契機としており、民社党はその後日談といえよう。

第三の新社会党は、自衛隊および安保の「容認」に飽きたらず社会党を出たという点で、左からの社会党批判といえよう。

民社党、新社会党のいずれも、社会党に対する左右からの不満という印象が強い。

その点、『社民連十年史』を通観すると、社民連には「道路線」への内在的異議と西欧社民主義への模索が窺える。田英夫代表には、エコなど明確にポストマテリアル価値への志向がある。田英夫、江田五月と並んで、若き日の菅直人が活躍している。菅内閣に対する私の評価を、今年中に再度、率直に思いの丈を述べておきたい。
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by akai1127ohi | 2011-12-24 02:34 | Concerned Citizen | Comments(3)

ウォール街占拠運動に関するいくつかの解釈

ニューヨークでのウォール街占拠から一か月がすぎ、この間、藤原帰一氏「時事小言」(朝日夕刊、10/19)や久保文明氏「論点」(読売10/21)などいくつかの解釈が提示された。しかし、前者は学者的謙抑性から占拠運動の性格の不明さを指摘するに留まり、後者は占拠運動と民主党の結合によるアメリカ政治の左右イデオロギー分裂を危惧する内容で、占拠運動自体を既存の「アメリカ政治」に回収するものであった。

一方、高祖岩三郎氏「ウォール街占拠の思想」(朝日夕刊11/1)は、運動に内在した視点からその希望と危機を指摘するもので、対照的に読んだ。高祖氏は、占拠運動における二つの潮流、すなわち、要求に基づき運動を組織化しようとする党派的動きと、多様な形態を通して新たな政治空間の創出を目指す動きとの緊張を説明し、その状況下での占拠運動の一進一退を指摘している。

               ***

同様の運動内緊張は、たとえば60年安保闘争時における「既成左翼」とブントとの緊張とも通底するものであり、広範な社会運動で反復されているものかもしれない。しかし、運動内のそのような緊張関係が顕在化すること自体、運動が多様性を包含した裾野を十分に含んでいることの証左であるとも感じる。

安保闘争の際、「既成左翼」、「近代主義者」、そしてブント・全学連の学生たちといった三つのエネルギーの架橋点となったスタンスとして、日高六郎が挙げられよう。日高には、それぞれのエネルギーの昇華を目指しつつ、「分裂におちいらない多様性」と「画一主義におちいらない統一」を、いかに創出しえるかという「ジレンマ」が窺える。

具体的要求に基づき運動を組織化しようとする立場と、新しい政治空間の創出を求めて「山猫的行動」を求める立場との間には、常に一定の「ジレンマ」があると思われる。しかしさしあたり、それは、「ジレンマ探し」を目的化した結果ではなく、運動の広がりと多様性に伴う必然的な「ジレンマ」であり、それを再び継承することにさえ、一定の意義があると感じる。
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by akai1127ohi | 2011-11-03 00:31 | Concerned Citizen | Comments(0)

辛亥革命百周年によせて(終)

今日(10月10日)は辛亥革命・武昌蜂起から100周年だった。
中国は今年、「今・辛亥革命を問うこと」の、体制正統的要素との体制転覆的要素との危うい綱渡りを強いられたと思える。胡錦濤氏は中国共産党を「辛亥革命の正統な継承者」としたが、それは、チャンネル桜が吉田松陰の正統な継承者というに等しい。

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2011年の中東「ジャスミン革命」を受けた後の、中国における反政府行動への強権的取締りは、実に驚くべきものがあった。自国の青年を殴打し、外国カメラマンを公安車両に蹴り込む中国の「現政権」の姿は、ますます圧力と官僚主義への依存を深めているように見える。

               ***

孫文の実践と辛亥革命の遺産は、中国の人々にとって、常に眼前の政治を批判する一つの「引照点」としての意義を含み続けていよう。そのような「引証点」を持つ人々が、この先、現在の政治体制を唯々諾々と受忍する必然性は乏しい。私の同時代において、新しい時代の新しい「孫文」が、内発的に出てくるだろう。その時、根強い強権的体制を内側から変革しようとする中国の新しい人々と、「われわれ」はどのように繋がりうるのか。準備が必要なのは、「われわれ」でもあろう。
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by akai1127ohi | 2011-10-10 23:20 | Concerned Citizen | Comments(0)

既成事実の前提化と菅内閣「延命」批判という愚

菅首相は8月26日に、正式な退陣表明を行った。この間、菅内閣に対しては、基本的に左右を問わず、「延命」「政権居座り」という画一的な批判が量産されてきた。菅内閣の終焉は、七割以上が「脱原発依存」を望みつつも、菅首相個人に対するこのような画一的批判のイデオロギー性を自覚することなく、その量産の前に既成事実的に押し流された、この国の世論の敗北によるものであろう。

                    ***

菅首相に対する「延命」あるいは「居座り」批判という言論がパターン化したのは、6月2日の不信任案政局を契機とした。与党の一部と自民党が画策した菅内閣に対する不信任案決議は、およそ民意・常識とかけ離れた暴挙であり、最も厳しく批判されるべき行為だった。それはまた、その後の政局混乱の最も直接的な原因であったはずだ。結果的に不信任案否決は、「退陣するから信任する」という奇妙な論理になった。

しかし確認されるべきは、6月2日の代議士で首相は「若い世代に責任を引き継ぐ」と述べただけで、「辞意表明」と取れる言質は与えていない。しかしながら、マスコミは首相の発言中に「退陣表明」と速報し、情勢を既成事実化した。首相への「延命」という批判が可能になったのもこれ以後のことだ。すなわち、首相は「退陣表明」したのに「居座っている」「延命」している、という批判のパターンが可能になり、しかも画一的に量産されるようになった。「延命」批判はすなわち、不信任案決議をめぐる「退陣表明」を前提としており、意識的であれ無意識的であれ、それを既成事実化してきたものだ。

「脱原発」に反対する自民党や読売新聞はもとより、朝日新聞や赤旗などの「リベラル」や左派までもが、無分別にもこのような菅批判に掉さした。結果的に、国民世論の多くは「脱原発依存」を望みながらも、メディアが結論において糾合した「首相退陣」の既成事実化の前に、全てが飲み込まれる結果となった。

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8月29日に民主党は新代表を選出する。しかし、前原氏であれ海江田氏であれ、新代表の選出よりも、菅首相の退陣の方が、民主党なる存在の今後にとって重要な意義を持つだろう。菅内閣の終焉を契機に、政権交代とは何だったのか、民主党とは何なのか、また、「脱原発」の今後の帰趨をめぐり、いくつかのことの一つの区切りとなるだろう。
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by akai1127ohi | 2011-08-28 06:01 | Concerned Citizen | Comments(2)
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