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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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カテゴリ:散文( 58 )

「絶望の文化左翼」と希望を語れる文化

昨年(2016年)読んで一番面白かった本は、R・ローティ『アメリカ未完のプロジェクト(Achieving Our Country)』(1998)でした。9月の米国NY訪問に携行した本だが、現在の広義の「左翼」の状況を的確に活写した本で、幾度となく膝を叩いて読んだ。

サイード『知識人とは何か』に影響を受けた20代の私は、それゆえ直情径行的な批判的知性を憧憬(しそれなりに実践も)するものだった。

ローティを面白く感じる30代の私は、やや皮肉交じりにリベラルな立場を逸脱しない、そんな立場でこれから40代に向けて人生の中堅に足を踏み入れるのではないか、という予想もした。

ローティの哲学方面には明るくないが、その政治センスで秀逸なのはやはり、文化左翼に対する(相手をよく知った)批判と、皮肉屋ながらその精神の芯のところで改良主義左翼の足場をしっかり守り、読者を sober にさせるまじめさです。

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驚くほどリアリティを持った描写として膝を打つのは、たとえばローティによる「文化左翼批判」。

「わたしがこの講義の初めに述べたのは、多くのアメリカ人の学生と教師の中に、自分たちの国を完成することを夢見ている<左翼>よりも、むしろ自分たちの国を傍観者のように嫌悪感を抱いて嘲笑している<左翼>がいるということだった。これが私たちの国の唯一の左翼ではないが、もっとも顕著に声高に主張している<左翼>である。……この<左翼>のメンバーたちは、自分たちの国から一歩退き、自分たちの国を『理論化(theorize)』する。……つまりこの<左翼>のメンバーたちは、現実の政治よりも文化の政治を優先させ、社会的正義にかなうように民主主義の制度が創り直されるかもしれないという、まさにそのような考え方をばかにする。そうして彼らは希望よりも知識を優先させる」(pp. 38‐9)。

ことほど左様に、米国でも恐らく日本でも、「絶望は<左翼>の側で流行」になってしまった。

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かつて改良主義左派は、共産主義者との関係で、その態度が「改良に留まる」ことを批判されたが、今や改良主義左派は、文化左翼との関係で、社会を「改良=良くしよう」とすること自体を批判されている。

かつて改良主義左派は、その態度が微温的な改良に「留まる」ことを批判されたが、今や改良主義左派は、改良に「足を踏み出そう」とすることを批判されているのである。

安易な希望を持つな、現状認識はなるだけ悲観的でいろ、民衆に希望を与えるものを疑え、現状のわずかな肯定的変化よりもそれによって「見えなくなるもの(なにそれ?)」に目を向けろ――と。

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絶望していることが「文化左翼」の知性に仲間入りするためのパスポートである。
少しでも希望を持つと、対象を「肯定的に」語ると、政治に賛意を示すと、「悲観主義が足りない」として批判される。「希望を持つこと」は文化左翼からの離反であり、転向声明になりうるから。だからこそ、少しでも希望を求める内心の発露に対しては「知性の悲観主義」が浴びせられる。「希望の発露」に対して、誰かが「悲観のタガ」をはめ直す。

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とはいえ、文化左翼のなかにも、「恥ずかしがりやの希望主義者」はいる。絶望のスパイラルゲームにいい加減閉口すると、フェイスブックの「嘆息の共同体」のなかから出て来ようともする。それゆえ、文化左翼の変容は、希望を持った時に始まる。

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何に対しても「自動的に」批判的態度をとることと、批判主義的精神は違う。政治を何もかも批判することとPCとはまったく似て非なるものである。

現状に対する批判的視点を提供する点で、文化左翼は必要だろう。

とはいえ、文化左翼の絶望が、左翼の内側から生じる希望と期待、何かを肯定的に論じ、何かに望みを賭けてみる姿勢を「摘み取る」機能に特化する時、おそらく文化左翼の自己閉塞が始まる。

2017年は、つとめて内側からの希望を逞しく語れる文化を作りたいものです。
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by akai1127ohi | 2017-01-01 10:03 | 散文 | Comments(0)

大井赤亥・大園誠・神子島健・和田悠編『戦後思想の再審判』(法律文化社2015年)

2015年安保の性格とは何か。
自分なりに端的に表現すれば、それは今のところ、「極めてクラシカルな問題に対する、極めてクラシカルな応答」と感じる。

2012年に安倍政権が再来して以来、靖国史観であれ、立憲主義の軽視であれ、自民党憲法草案であれ、そのイデオロギーは驚くほど19世紀的国家主義であり、それによって生じる課題も、立憲主義の擁護、デモ、平和の価値の再確認など、いずれも驚くほど、クラシカルな問題ばかりである。

そして、そのようなクラシカルな問題に対して2015年安保の高揚が示したのは、これもまた驚くべきほど「クラシカルな応答」と感じる。すなわち、個人が自分の頭で考え行動すること、人権を再確認すること、戦争に反対すること、「国民主権/主権在民の建前」を再確認すること…etc。a

(ちなみに、1990年代以降、「クラシカルな問題は終わった」として論壇を賑わせた、「ポストモダン」出自の言説は、その言葉によってこの現実を捉え得ただろうか。自分たちの思想と現実との齟齬を前に、「デモをしても効果はない」、「反対派との対話が足りない」と、こじらせた自己意識をもてあましてはいなかったか…….)

とはいえ、人権や国民主権といった「クラシカル」で「モダン」の価値をそのまま固守墨守すればよいわけではない。古い船を今動かすのは古い水夫でないだろう――。

「クラシカルな課題」に対して、2015年安保闘争が示した「クラシカルな応答」は、その実、2015年の文脈で新たなに「再翻訳」されている。「2015年安保の政治思想」は、「主権在民」を表現するであれ、録音された古い言葉が反復されているのではなく、自分たちの新たな経験によって獲得された言葉で表現され直している。「主権者」であることの意味が、2015年の語彙で、この社会の文法で、自分自身の抑揚で「翻訳」されている。

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私自身も編者の一人となり、丸山真男から柄谷行人までの思想家を中堅若手研究者14名で論じた『戦後思想の再審判』(法律文化社2015年)を刊行しました。戦後思想を肯定的に受容した第一世代とも、体系的な批判を目的化した第二世代とも距離をとり、現代の文脈で戦後思想を再解釈する試みです。

戦後思想を「継承」することと、しっかり「再翻訳」すること。その両睨みの意識において、私にとって、2015年安保とこの論文集の作成とは、この間ずっと共振していました。

本書の意図を貫くそのような意図を、帯文で宇野重規先生がいみじくも表現してくれた。「戦後思想とどう向き合うべきか。安易なレッテル貼りが不毛なら、ありがたがるばかりも能がない。いま、若き世代が答えを示した。新時代の戦後思想史の出現である」。

10月1日刊行ですので、よろしければお手にとって頂ければ幸甚です。

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by akai1127ohi | 2015-09-27 00:45 | 散文 | Comments(0)

「運動を掴む政治学のために」(『現代思想:10月臨時増刊号』)

『現代思想:安保法案を問う』(10月増刊号)に、「運動を掴む政治学のために-熟議・左派ポピュリズム・『戦後民主主義』-」を寄せました。2011年の震災以降の日本のデモクラシーを「運動的局面」と捉え、そのダイナミズムを最も効果的に掴み、展望を開くための政治学とは何か、を論じたものです。

現在、ロンドン大学UCLでの思想史セミナーに参加するためロンドンにおり、現物を確認できていませんが&8・30の歴史的デモを逸してしまい後ろ髪を引かれる思いですが、目次をみる限り、執筆者にはこれまで(時に激しい)議論を繰り返してきた先輩・知人・友人も多く、同じ号に名を連ねることができ、自分にとっても記念碑的号になると思います。

あらためて、自分の考えが多くの他者との討論によって形作られ、他人や他人の紹介した議論に依拠しており、また他人の「胸を借りて」自説を展開してもいる、そういった「思想構築の相互性」を感じます。

ネットで日本の状況を見る限り、事態の帰趨は実に流動的と拝察。
8・30の底力が見せつけた Virtu が、われわれの側に fortuna を引き寄せんことを。
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by akai1127ohi | 2015-09-04 19:06 | 散文 | Comments(0)

差異を「無視」するという寛容ー運動の高揚のために

政治の「運動的局面」においては、同じ目的を共有しながら、実に多種多様な人々が出現してくる。警官に突っかかるロートル左翼、全共闘くずれ、植民地主義清算倫理的左派、共産党、社民党、市民派、民主党良識派、ノンポリ意識高い系、まじめに戦争を憂う人、冷やかし半分の「とりあえず観察派」まで、およそ多様な人々が現場に「湧いて」くる。

運動の現場は醜悪だ。
独りよがり、マイクを握っての不意の絶叫、自己陶酔、過度に「思いつめた感じ」、自分だけが被害者面、権力断罪癖、……etc。違和感を感じるきっかけに満ち満ちている。

しかし、目的を共有するなら、そこでアレルギーを起こさないこと。目的達成のためには、「醜悪さ」は織り込み済みで、「違和感」は必然で、シュプレヒコールの文言への批判はあたりまえ。しかし、「それを踏まえてそれでなお」という態度を維持すること。

運動の現場は「ばい菌」に満ちている。
無菌状態にあった人がばい菌に面とくらうのは当たり前。しかし、ばい菌があって免疫が鍛えられる。様々なばい菌にタッチし、その酸いも甘いも知って、その先に自分の比較的固定的安定的なスタンスを作り上げること。

「政治的思考」とは、無菌室ノンポリの「中庸」ではない。右の端から左の端まで否応なく知った上で、それで敢然と選び取られる「中庸」だろう。両者は似て非なるものだろう。

政治は「勢い」であり、「局面」であり、ある意味その論理で動いて行く。それは運動の中の暴力ともいえるが、共同で相手に立ち向う強い力でもある。そして何より、運動は、一人では達成できない目的を、集団でなしとげる、という側面がある。

だからこそ、運動の方法やスタイルの趣味嗜好について、互いに違和感を感じたり、内心軽蔑していさえしても、「無視」してスルーする寛容が必要になる。

「寛容」とは、相手を尊重することではなく、あいつのやり方は気に食わぬと思う相手を「無視」すること。内心軽蔑しててもまったくOK、「無視」を決め込みスルーすること。政治的機能が相殺的でなければ、気に食わなくても「無視」する、あいつはあいかわらずだな、と思いながら無罪放免してやる。運動が盛り上がるにつれ、この「寛容」が必要になろう。

その方法やスタイルがだめだと思うなら、それを批判することより、そうでない方法やスタイルを自分で作り出すこと。それがみんなの求めるものであれば、自然と受け入れられて、相対的に「だめな方法」を凌駕するだろう。

黙認できる所は妥協し、how の問題で同意できないことは「無視」を決め込み、自分の言葉ではないスローガンは頑として口を閉じたままでいたらいい。それでいてなお、デモの隊列からは離れない。デモがある時は浮気がちに参加する。

それによって、「一人ではできないこと」、「まとまってこそ初めて達成されること」を達成させる。その習熟と訓練こそ、一つの政治目的を達成するための成熟であり、「こちら側の政治」だろう。
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by akai1127ohi | 2015-07-19 13:44 | 散文 | Comments(5)

「異端好み」と「悪しき正統」との相互依存

深夜に論文作業をしながら、段ボールを開いて資料を探していると、不意に丸山座談にぶつかり、マスクをしながら頁を開いてみる。

ううむ、と思い、しばし本来の目的を忘れて読み進める。浮気がちな丸山読者である私と丸山真男との、「典型的な出会い方」です。

               ***


【佐藤昇】:被治者根性とラディカルな批判や抵抗を混同する傾向が日本では特につよいんじゃないですか。

【丸山】:それは日本の長い思想的伝統のなかでは異端好みになってあらわれている。ヨーロッパの異端は正統にならんとする異端ですが、日本の異端は幡随院長兵衛が多い。もろはだ脱いで、あぐらをかき、えい、どうせ俺は異端でござい、とタンカをきるだけ。ですから自ら正統になるダイナミズムを持っていない。だから皮肉なことに、悪しき停滞的な「正統」の支配と客観的には平和共存してしまう。
(「現代日本の革新思想」(1966年)、『丸山真男座談6』(1998年)、岩波書店、p115)

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正統と正統とが互いに角逐しあう政治社会のダイナミズムは、ヨーロッパや韓国の政治などを見ていると、強く実感する。

たとえば、金大中がかつてその権力欲をもって「大統領病患者」と批判されたとき、金大中が「私の職業は政治家で、権力追及は政治家の重要な仕事である」と正面から言い返した時、日本の左派言論では感じない清々しい道理を感じた。

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日本のおしなべて左派や運動圏に執拗低音のように存在する、ある種の圧力を肌感覚で感じる時がある。

かつて丸山の上記の箇所を読んだとき、これまでの議論や運動を思い返しては、「連戦連敗」の日本左翼の窮状を嘆き、どうせ俺たちゃ反体制だい!と開き直る幡随院長兵衛の姿が、具体的に頭に浮かんだ。

「反権力」というけど、なぜ「反権力」がアプリオリに良しとされるのか。そして、「権力への接近」が、なぜ往々に「すり寄った/懐柔された/転向した」とされがちなのか。

日本において広義の左派/リベラル/市民派が、マクロな政治権力をまだ一度もしっかり握ったことがないまま、なにゆえ、「権力に近づいたらこうなってしまった」という教訓ばかりが溢れているのか。デモクラシーとは、「知者と被治者の同一性」のはずなのに。

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私は時々、自分がこの政治社会の最高権力者の一人であるかのごとき口吻で、まるでそんな「上から目線」でこの国の政治を語ったりすることがある。政治家や政党や運動を、まるで将棋の駒のように差配して動かしながら、この国の針路を自分で決めるかのような勢いで――。しかし、デモクラシーが「知者と被治者の同一性」である以上、そんな自分自身の態度こそ、最もデモクラティックな市民権の確実な行使ではないのか、と思う時がある。
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by akai1127ohi | 2015-05-27 03:06 | 散文 | Comments(0)

平野久美子『テレサ・テンが見た夢』(ちくま文庫・2015年)

近く台湾行きの予定もあり、平野久美子『テレサ・テンが見た夢』(ちくま文庫・2015年)を拝読。大変面白く読んだので、感想を書いておきます。

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「テレサ・テン」は日本進出に際してつけられた名前で、台湾や中国本土では鄧麗君(デンリーチュン)で知られている。

たとえば Google の検索バーに「鄧」と入れると、「鄧小平」と並んで「鄧麗君」が出てくる。鄧麗君は「国民党の広告塔」として中国本土では禁止されたが、中国でもテープが出回り、「白天聴老鄧、晩上聴小鄧(昼は鄧小平を聴き、夜は鄧麗君を聴く)」と言われたそうです。

中台両岸で政治体制を問わずこれほど顕彰されている人物は、実に孫文と「両岸歌姫」こと鄧麗君ぐらいだろう。

「私が、日本でよく知られた台湾出身の歌手テレサ・テンを、華人社会のスター『鄧麗君』に置き直して評伝を書いたのは、日本の近隣諸国の近現代史がその人生に投影されていると思ったからだ」(平野、p20)。

平野久美子『テレサ・テンが見た夢』は、この意図の通り、「鄧麗君」を描くことで、台湾、香港、中国本土、日本の戦後史を交錯させながら描出することに成功している。

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本書はテレサ・テンの実像に迫るものだが、むしろ、テレサ・テンが否応なく関わり、時に翻弄され、時に参画した、同時代の政治との関わりが私には興味深かった。

たとえば、1995年のテレサ・テン(鄧麗君)の葬儀。棺は中華民国の青天白日旗と国民党旗で覆われ、扁額は李登輝の書。そして、金宝山墓園の鄧麗君の墓に奉納された巨岩は宋楚瑜によるもの。国民党が鄧麗君を「取り込もう」としたのがよくわかる。

また、本書に出てくる多くの「反共歌」から、戦後の中国本土と台湾が、朝鮮半島における北朝鮮と韓国とアナロジカルに、いかに「冷戦思考」に深く刻まれていたかを、あらためて再認識する。

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たとえば、台湾を表す「自由中国」という呼称。なるほどねー、と言う印象。そして、その言葉の「冷戦的アナクロニズム」と、ポスト冷戦以降、中国共産党の独裁体制と台湾の民主化を踏まえれば、皮肉なまでに思いもかけない「アクチュアリティ」を感じもする。

国民党に対する評価は難しく、たとえば孫文の時代が「(進歩的)ブルジョア民主主義政党」だったとすれば、蒋介石の時代は「反共政党」であろう。

本書を読んで初めて知ったが、国民党が国共内戦に敗れて1949年に台湾に避難した時、蒋介石にとって台湾は一時的な避難場所にすぎず、実に1970年代中旬まで、国民党は「大陸反攻」、「中国奪還」を本気で掲げていた。それゆえ、軍事力を増強する反面、台湾の民生は二の次で、「犬が去って豚が来た」といわれる所以である。

とはいえ、その後、時代は大きく変わった。
今や、中国共産党は依然一党独裁を続ける反面、台湾では李登輝時代の国民党が、民進党が競合する形で民主化を成し遂げた。1980年以降の政治的達成を振り返った時、中国共産党よりも台湾の国民党の方が、胸を張れるのは誰も否定できない事実と思える。

ちなみに、2005年、国民党主席の連戦と胡錦濤が握手した時、姜尚中が「第三次国共合作」と言ってさすがのワーディングと膝を打った。もちろん、第一次&第二次は「日本」に対抗するために、第三次は(台湾独立を掲げる)「民進党」に対抗するための、という皮肉?です。

かつて、冷戦イデオロギーの時代の「自由中国」は、単なる「反共中国」の意味にすぎなかった。しかし、現在、「民主化を成し遂げた台湾」が、「一党独裁の中国」に対して「自由中国」を突きつけるとすれば、それは、もはや単に「反共」ではなく、中国の体制をめぐる深刻な自己反省を迫る意味合いも含むものであろう。

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このような戦後東アジア史において、鄧麗君のスタンスはといえば、やはり歌手なので歌が第一。イデオロギーとは距離をとりながら、「中華民国」の国威発揚の広告塔に祭り上げられることには一抹の距離感を感じているようでもある。しかし、時代状況ゆえにそれに翻弄されざるをえない。とはいえ、1989年天安門事件に大きな衝撃を受け、中国共産党政権に対する強い反感は拭いがたく、それゆえ、1990年代に中国共産党批判の文脈での歌を歌って、それでもって「中華民国」のアイコンと「誤解」されることはあえて厭わない。そんななスタンスと感じる。

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日本での「テレサ・テン」の芸能活動は、「男性に従順で、辛抱強く、優しく、愛くるしい女性というコマーシャルパッケージされたテレサ像がひとり歩きしていた」(p46)といい、私も幼心にそんなイメージがあった。

しかし、この本で、1989年5月、天安門での学生の抗議行動が続く中、香港での民主化支援集会で「私の家は山の向こう(我的家在山的那一邊)」を歌う鄧麗君を知る。ジーンズですっぴん、「反対軍管」と書かれたゼッケン、「民主万歳」と書かれたはちまき。「テレサ・テン」とは明らかに違う、もう一人の歌手を知る思いがする。



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by akai1127ohi | 2015-04-29 03:58 | 散文 | Comments(0)

忘れがたき教室―M大学での最後の授業

M大学の武蔵野校舎は、キャンパスはまさに「学園」、学舎はまさに「教室」という雰囲気である。

4月初め、西日のあたる「教室」で初めて「教壇」に立ち、黒板を背に180度回転して自身の「授業童貞」を喪失したのが、まるで昨日のようだ。関東一円が雪で覆われる一月の終わり、今年度の最後の英語授業だった。

M大では、前期は週5コマ、後期4コマで、基礎演習も担当したので一部の学生とは週に三回も顔を合わせることになり、もはや「担任」のようにも感じた。授業のやり方はもとより、インタラクティブなやり取りの即興性に緊張したり、私語に対する注意の仕方に不慣れだったり、秋にはキャンパスの運動場で黄昏がれたりと、いろいろ悪戦苦闘したが、今になってみれば、学生に助けられたところも多い。

最後の授業、少しは金八先生風にと、私の座右の銘、アッシジのフランチェスコの言葉、"aspiration, not to get more, but to be more" を学生たちへの餞の言葉とし、教室でみんなで写真を撮った。

四月からは日本学術振興会研究員(PD)となることが確定し、それにともなってM大での授業担当は今年度限りとなる。

最終日の授業後、講師室のロッカーを整理し、事務の人にご挨拶し、誰もいなくなった教室に佇むと、この10カ月間の様々な思い出がよみがえり、去り難い気持ちに襲われる。大汗をかきながらぎこちない授業デビューを果たしたこの教室、充実した授業の時も、うまく行かなかった時も、学期を通して自分を育ててくれた、この教室--。学生に感謝するとともに、教壇に別れの酒でもかけてやりたくなった。

日が沈んで冬の空気が武蔵野を包むなか、静かな教室に一礼、そして最後に正門から大学に深く一礼すると、吉祥寺へ向かうバスに乗った。

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by akai1127ohi | 2015-01-31 14:45 | 散文 | Comments(0)

謹賀新年・2015

東京五輪、アベノミクス、衆院選与党盤石――。
喧騒の街角で、誰かがつぶやく声を、私の耳は離さない。
「滅びるね」(『三四郎』)。

               ***

身の上にも多くの変化の起こった昨年でした。
新しい挑戦(初めての講義×週8コマ)、
駆け抜けた研究(学会報告3本×論文2本)、
七転八倒の就職戦線(公募数件)、
降ってわいた家族の変化(母の大患)――。

多くの挑戦に挑んだ自負と、年を越した課題への気掛かりを抱えながら、
大志をもって新年を迎えました。

                        2015年元旦

                         大井赤亥
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by akai1127ohi | 2015-01-01 00:00 | 散文 | Comments(2)

人文系男子の「複雑骨折」

S和女子大の非常勤「教養の社会思想史」。後期は20世紀の社会思想を対象に、自分も勉強しながらの講義だが、それなりに快調という感覚。快調な講義をすると、次回以降も同様のクオリティを期待する学生の視線がプレッシャーになったりもするが、こちらの言うことがそれとなく確実に響いている実感はする。

次回から三回続けて、「フェミニズム」をテーマに。それを踏まえ、神田三省堂で、フェミニズム関連の書籍を、かなり金の糸目なく購入。

その際、坂東真理子・上野千鶴子『女は後半からがおもしろい』(潮出版社2011)が目に留まり、ふと手を取る。普段はこういう本は身銭を切って買わないが、坂東真理子(S和女子大学長)の本なら、授業で言及すれば学生が興味を示すかもしれないと思ったのと、なにより、ふと開いた頁での上野千鶴子の発言に思わず笑ってしまい、もののついで、いきおいで購入してしまった。

          ***

【上野】私は京大に進学しましたけど、あの当時、二浪、三浪の男子がけっこういたでしょう。高校を卒業したての18くらいの小娘が、ひげ面のオヤジみたいな同級生を見ると、もう世代がちがうぐらい仰ぎ見るようなかんじでね。その連中が「吉本が~」とか「谷川雁が~」とか言っているから、こっといは追いつかなきゃとおもって、一生懸命、つま先立ちする。

【坂東】東大も(男子学生で)二浪、三浪ではあったけれど、なんか斜に構えているようなのが多くてあまり魅力的に思えなかった。

【上野】とくに文学部に来る男子学生は、”複雑骨折”してますからね。屈折した部分を女にぶつけてくるみたいな、性格の悪い奴がいっぱいいたでしょう(笑)。私が根性悪くなったのは、文学部系の男と付き合ったせいだとつくづく思いますよ(笑)(p27)

          ***

”複雑骨折”した人文系の男たち。
”複雑骨折”の苦い痛みを抱えながら、とはいえ”複雑骨折”に至った自らの実存的遍歴にそこはかとないプライドを持ち、その傷跡を「女子学生」に論争的に押し付けつつ、その裏側で”複雑骨折”をした自分をこそ理解してほしい、承認してほしい、さらにいえば愛してほしい、という欲求でもある、そんな複雑な気持ち……。

いやはや、かなり重症の”複雑骨折”をしていた、どこか身に覚えのある学部生が論じられているようで、秋の深まる神田三省堂4階の思想コーナーの片隅で、思わず苦笑してしまった。
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by akai1127ohi | 2014-12-09 01:10 | 散文 | Comments(0)

Emma Watson, "Gender Equality is Your Issue Too"

非常勤の英語授業で使おうと、学生受けするエンターテイメント性があり、同時に硬派で社会的テーマをあつかった英語圏の視聴覚教材を You Tube で収集していると、やはりジェンダーや LGBT に関する演説に行き当たることが多い。人種差別、ジェンダー、LGBT……、そのような課題に対する日本と欧米の「常識」の違いは、恐ろしいものがあります。

M大学の英語授業で、エマ・ワトソンの国連スピーチ "Gender Equality is your issue too" を取り上げ、学生全員で和訳の上、スピーチを試聴。いつも「少女」に夢を託す宮崎駿的な思考様式という人もいるかもしれませんが、スピーチとして大変卓越しているので、印象に残った箇所についてのみ触れておきます。



               ***

エマ・ワトソンのスピーチの「一つめの山」は、フェミニズムをめぐる議論への、男性に向けた「正式な招待状」の送付だろう。

エマ・ワトソンは、フェミニズムが定義上「男女同権主義」である以上、自分自身も「フェミニスト」であると自覚してきたが、最近、「フェミニズム」という言葉が「不人気な言葉」であると気づいたという。

なぜか?(以下私訳)

(1:51)
the more I have spoken about feminism the more I have realized that fighting for women’s rights has too often become synonymous with man-hating. If there is one thing I know for certain, it is that this has to stop.

フェミニズムについて話せば話すほど、私は、女性の権利のための闘いが、「男性嫌い(man-hating)」と同義語として流通していることをわかってきました。私が今確実に言えることは、この状況は変わらなければならない、ということです。

(6:21)
In 1995, Hilary Clinton made a famous speech in Beijing about women’s rights. Sadly many of the things she wanted to change are still a reality today.

But what stood out for me the most was that only 30 per cent of her audience were male. How can we affect change in the world when only half of it is invited or feel welcome to participate in the conversation?

Men—I would like to take this opportunity to extend your formal invitation. Gender equality is your issue too.

1997年にヒラリー・クリントン氏が北京で女性の権利について有名な演説をしました。残念ながら、彼女が変えたかったことの多くは未だに現実として残っています。

しかし私が一番引っかかったのは、その演説の聴衆のうち、男性がたった3割がだったことです。もし全体の半分しか招待されなかったり会話に入るのが歓迎されない状況だったら、どうやって世界に変化を与えることができるでしょうか。

男性にみなさん。今日この機会を使って、私はあなた方へ私から「正式な招待状」をお送りしたいと思います。ジェンダーの平等は、あなた方の問題でもあるからです

               ***

第二に興味深いのは、「inadvertant feminist」という言葉。

エマ・ワトソンは、自身がこれまで「思いもかけないフェミニスト(inadvertant feminist)」に恵まれてきた、という。たとえば、娘に生まれたがゆえ両親から「より少なく愛される」ことはなかった。女学生だからといって学校で教師から教育を制限されることはなかった。いつか子どもを産むかもしれないからといって上司から不利を被ることもなかった。

これらの人々は、すなわち、フェミニズム(男女同権)を「論じる人々」というより、それを「論じるまでもない当然の前提」として「振る舞う」人といえる。それをエマは、「inadvertent feminists」と呼んでいる。

「inadvertent feminists」は、このスピーチのなかで最も訳しにくい言葉で、あえていえば「偶然の/思いがけない/隠れたフェミニスト」というような意味といえようが、スピーチ全体の文脈においては実に説得的に響きます。

               ***

第三に興味深いのは、「ジェンダーの平等」を論じる締めの部分で、E・バークの言葉が引用されていること。見事な「思想の恣意的かつ効果的利用」であり、その直後に、このスピーチの決め台詞、「if not me, who? If not now, when?」が出てきます。

(9:57)
You might be thinking who is this Harry Potter girl? And what is she doing up on stage at the UN. It’s a good question and trust me, I have been asking myself the same thing. I don’t know if I am qualified to be here. All I know is that I care about this problem. And I want to make it better. And having seen what I’ve seen—and given the chance—I feel it is my duty to say something.

English Statesman Edmund Burke said: “All that is needed for the forces of evil to triumph is for enough good men and women to do nothing.”

In my nervousness for this speech and in my moments of doubt I’ve told myself firmly—if not me, who, if not now, when. If you have similar doubts when opportunities are presented to you I hope those words might be helpful.

みなさんは疑問に思うかもしれません。「このハリー・ポッター少女は何してるの?」、「国連の舞台でお前がなんでまたジェンダーを?」――。もっともな疑問です。そして、信じもらいたいのですが、まさにそれと同じ疑問を、私自身、自問自答してきました。私は、ジェンダーの平等に関心を持ち、それを改善したいと思ってきましたが、自分がこの場で話す適任者だという自信はありません。しかし、これまで自分が現状を見てきた以上、そして話すチャンスを与えられた以上、何かを話すことは私の義務だと受けとめました。

イギリスの政治家、エドモンド・バークはこう言っています。「悪徳の力が勝利するためには、善人がいれば十分である……。すなわち、何も行動しない善人が(good men and women to do nothing)」。

このスピーチの準備にあたって不安のなかにいるとき、また、私でよいのか疑問に襲われたとき、私は自分に固く言い聞かせてきました。「私でなくて誰、今でなくていつ(if not me, who, if not now, when)」。もしあなたにチャンスが与えられたとき、そして同じような疑問や不安のなかにいるとき、この言葉があなたを勇気づけることを望みます。

               ***

何かの社会的発言を行うとき、それに伴う不安や迷いのなかにいるとき、「私でなくて誰、今でなくていつ(if not me, who? If not now, when?)」という言葉が、当人の背中をふっと押す、ということは、リアリティがあります。「フェミニズム」という言葉をめぐっては色々な議論があるでしょうが、スピーチの技巧としても優れていると思います。

来年のノーベル平和賞、憲法9条にまた思わぬ強敵が現れはしないかと、と心配な思いです。
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by akai1127ohi | 2014-11-27 01:14 | 散文 | Comments(0)
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