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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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「最強の拠り所/最後の抵抗線」としての「辞書」

早稲田あかねで知り合った1994年生まれの20代青年と政治の話になり、私が、「『左翼』っていったら誰を思い浮かぶ?」と聞いたら、しばし逡巡して、若者は、「菅直人、小沢一郎、それから田母神サン?」と答えてくれた。

菅直人、小沢一郎、田母神俊雄は、それぞれ自分が「左翼」といわれれば否定するだろう。「左翼」には、それなりに「辞書的定義」がある。

しかし、この青年が上記の三者を「左翼」と答えたのは、なぜか肌感覚のリアル感があった。現代の日本のとりわけネット上の言論の磁場が、そうなっているからだ(田母神はご愛嬌)。すなわち、「辞書的定義」以上に、言葉の自由市場における「流通的定義」がそうなっているからだ。


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イデオロギー闘争とは、いわば「言葉の使い方をめぐる闘争」といえる。それはすなわち、言葉の定義をいかに「自分に有利なように」変形させて流通させるかをめぐる闘争といえよう。

自分に有利なように言葉を「恣意的」に変容させ、そしてそれをいか「普遍的」なものとして流通させるか。それが「イデオロギー闘争」の要諦と思える。

そして「左翼」は、今そのような形で、言葉の自由市場のなかで変容させられている。言葉の「辞書的定義」から逸脱して、とかく「安倍政権にとって気に食わぬもの」一般を漠然と名指す言葉として、既成事実的に流通している。


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リンカーンの言葉に、「犬の尾を足と呼んでも、犬の足を5本にすることはできない(How many legs does a dog have If you call his tail a leg? Four. Saying that a tail is a leg doesn't make it a leg)」というのがある。

このリンカーンの言葉を知った時、リンカーンもまた激しい「イデオロギー闘争」のなかを生きていたのだと感じた。「尾」を決して「足」とは呼ばせない、「足」の定義にこだわる姿勢がある。


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たとえば、「立憲主義」という言葉は、「国家の権力制限」というのが辞書の意味だ。しかし、いつのまにか、「国柄」、「古来からの国の形」「国の伝統的価値観」といったような意味に変容されつつある。

リベラルや左派は、「それは辞書的な意味とは違う」、「ばかなネトウヨ/産経三流文化人のされごと」、「いちいち反論するに値せず」として見過ごしてきたかもしれない。

しかし、言葉の市場のなかでそれが「多数派」になれば、いずれ辞書までも、「立憲主義=古来からの国柄」と掲載されてしまうだろう。


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イデロオギー闘争の「最強の拠り所」は、辞書だ。
だから安倍政権も辞書に最低限のリップサービスを払わざるをえない。

そして、イデオロギー闘争の「最後の抵抗線」もまた、辞書だ。
既成事実的な言葉の「恣意的流通」の前に、辞書の定義さえもが変えられないために。


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by akai1127ohi | 2017-05-13 00:57 | Comments(0)

三つの「20世紀論」

思想とは、思想以外の条件(歴史、人種、ジェンダー、年齢など)のなかで形成される。そのなかで、歴史は最も基底的条件の一つであろう。したがって、思想史研究にとって歴史はいわば「前提条件」となるだろう。


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S和女子大で担当する「教養の社会思想史」。

主として20世紀の社会思想を扱うこの授業で、毎回、学期の前半に「20世紀論」をするのだが、これまで①「短い20世紀」(ホブズボーム)、②「長い20世紀」(木畑洋一)の二項対比で行ってきたところを、今年からバージョンアップしてみた。

すなわち、①「長い20世紀」(アリギ)、②「短い20世紀」(ホブズボーム)、③「褐色の20世紀」(プラシャド)。

結論からいってしまえば甚だ図式的だが、イメージとしては以下。
①「長い20世紀」=1910sから現在=資本主義蓄積サイクル=アメリカ中心
②「短い20世紀」=1914から1991=共産主義体制基軸=ソ連からの視座
③「褐色の20世紀」=1870sから1990s=脱植民地主義=アジア・アフリカ視点


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①「長い20世紀」:アリギ『長い20世紀』(作品社2009)、副読本:三宅芳夫編『近代世界システムと新自由主義グローバリズム』(作品社2014)。

歴史学において、「構造」への関心というのは希薄化しているのかもしれない。(その背景には対象領域・対象時代の断片化、学問の専門分化があるのかもしれない)。

社会運動理論家の武藤一羊氏は、欧米とアジア・アフリカとを統一的に捉える視点の喪失、20世紀を総体的に捉える視点の喪失へのいらだちを表明しているが、従属論など、その理論的な欠陥を含め「構造への関心の復権」が必要なのかもしれない。

ウォーラステインにはまとまった20世紀論はなく、それはアリギが代替している。20世紀を「構造的に」捉えたアリギの本は巨視的かつ巨史的であり、この浩瀚な著作から自分も多くを学んだ。

アリギ的視点を日本で、独自のツイストを加えながら紹介しているのが三宅芳夫氏だろう。歴史マニアであり、そのヴィヴィッドな歴史叙述がアリギに彩りを与えている。

ちなみにウォーラステインは20世紀システムに対抗したプロジェクトとして、社会主義と民族主義を挙げている。以下の二つの20世紀論は、それと重なるものとなるだろう。


②「短い20世紀」:ホブズボーム『20世紀の歴史:極端な時代(上下)』(三省堂1996年)、補強本:塩川伸明『《20世紀史》を考える』(勁草書房2004年)等。

ホブズボームが捉える20世紀は1914-1991で、すなわち第一次大戦・ロシア革命からソ連崩壊までだが、その実、ホブズボームの視点は人口、経済成長、都市化、殺戮兵器の近代化など幅広い。

正直にいえば、ホブズボームの筆致は個人的には苦手で、多様な逸話や具体例から歴史をあぶり出す手法は見事ながら、「論旨を集約した一文」というのがないので、端的にいって「引用しずらい」。塩川伸明『《20世紀史》を考える』などでソ連史および「ソ連がどう受け止められたか史」について補強。


③「褐色の20世紀」:プラシャド『褐色の世界史』(水声社2013年)、副読本:木畑洋一『20世紀の歴史』(岩波新書2014年)

プラシャドの本は20世紀を貫く第三世界運動を描き切るもので、あれこれたくさんの地名が出てくるため、世界地図を傍らにおいておかなければ読めない。原題Darker Nationsは、darker and darkder=より暗くなるという趣旨も込められているそうであり、すなわち独立後に独裁や腐敗に陥った第三世界の行程を示すものでもある。したがってその読後感は、大田昌国氏の憂いに満ちた声のように、どこかペシミスティックである。

他方、木畑洋一『20世紀の歴史』は、同様の視点から20世紀を捉えながら、1990年代におけるアパルトヘイト終焉、香港返還など1990年代の脱植民地化の完了をもって筆致を閉じるもので、どちらかといえばオプティミスティックな印象で終えられている。


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ちなみに、今回、『近代世界システムと新自由主義グローバリズム』(作品社2014)で、三宅氏と水野和夫氏の対談を読み返し、三宅氏の以下のような発言が目に留まった。

「『思想』的な次元でだけ見た場合は、『自由』を『平等』とともに、『社会主義』のなかの中心的な課題として構想し続けることにこだわった『アナーキズム』は、――少なくとも僕にとっては――もっとも評価し得る、ということになります。……政治的影響力という点では……完全にマイナーなものにとどまったのもまた事実です」(p44)。

議論の本筋とは関係ないながら、このような表明をさらっと一札入れるあたりに、三宅氏の特色があろう。三宅氏はド左翼だが、しかし、あくまで(「平等」と同時に/むしろ以上に)「自由」を突き抜けた左翼だという一段階がある。


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by akai1127ohi | 2017-05-13 00:52 | Comments(0)

『ピープルズ・プラン』「特集・オバマからトランプへ―変化するアメリカを掴む」

私も編集委員を務めます雑誌『ピープルズ・プラン』(第75号)で、拙責任編集で組んだ「特集:オバマからトランプへ―変化するアメリカを掴む」が刊行されました。


編集会議で企画発案したのは一年前、昨年の2月に遡る。2016年大統領選にあわせてアメリカ政治に精通しておきたいという思いから、企画立案に手をあげて、ちょうど一年。その後、幾度の編集会議、昨年9月の私の渡米、依頼原稿のとりまとめをへて、本日(2月7日)発送作業となった。


雑誌の特集を編集したのは私にとって初めての経験でしたが、今日、ピープルズプランの事務所で、刷り上がった雑誌の巨大な山塊から一冊取出し、ページをくって感慨深いものがありました。

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本特集は、オバマ時代(2009-2017)のアメリカを対象としながら、オバマ政権の総括、2016大統領選のダイナミズム、社会運動、そしてトランプ政権下でのアメリカに幅広く目を配りながら、変容するアメリカの今を掴もうとするものです。


大井赤亥「オバマ政権を視る」は社会価値観、経済、外交の三点からオバマ政治を肯定的に捉えるもの、森原康仁「オバマ政権の理念と現実」はオバマの経済政策に焦点をあてながら政治のリーダーシップと市民社会の民意の重要性を指摘している。


れらとは対照的に、P・カズニック「バラク・オバマの悲劇」はオバマ外交の「失敗」と問題点を列挙するいわば「労作」であり、「オバマ時代」をノスタルジックに回顧するアメリカのリベラル系メディアに対するいわば「解毒剤」といえよう。


現代アメリカの社会運動の磁場を伝える論考としては、マニュエル・ヤン「不動産詐欺師とニューディーラーの亡霊」、高祖岩三郎「アメリカにおける社会運動の地平」。高祖さんは、昨年(2016年)、アナキスト人類学者D・グレーバーの大著『負債論 貨幣と暴力の5000(Debt)』を共訳で以文社から刊行されており、あわせて参照されたい。


トランプ政権下での展望については木村朗「トランプ新大統領と世界秩序の大転換」が、オリバーストンやカズニックなど米国の批判的知識人のトランプ評を反映しています。


もちろん、オバマ政権に対する評価には、本特集執筆者のあいだにも差異があるが、執筆者間の差異や多様性は、もとより本号を企画した狙いの一つでもあり、現実を捉える複数の解釈を提供する本特集の利点であると考えている。


井隆志さん、平井玄さんなどの連載、天野恵一さんによる道場親信追悼、白川真澄さんによる塩川喜信追悼など、もちろんその他の論考も充実しています。

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『戦後思想の再審判』の際も感じたが、一人で論文書くなら、なんでも自分の好きなようにできる。しかし、多人数で作り上げる論文集や雑誌は、なんでも自分の好きなようにはできない代わり、一人ではできない大きな仕事ができる。それを実感した雑誌作りであり、その共同作業のなかで、自分も確実に成長できたと思います。


白川編集長、昨年9月渡米の際に現地の人脈をご紹介いただいた武藤一羊さん、PP研事務局の横山さん、無給での寄稿呼びかけに応えていただいた執筆者の方々、企画の段階でアドヴァイスをいただいた多くの方々に感謝します。


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by akai1127ohi | 2017-02-08 00:17 | Comments(0)

「改革の政治」と「公正なグローバリズムの政治」

『現代思想』(青土社二月号)の「研究手帖」欄に、「『改革の政治』と『公正なグローバリズムの政治』」という小文を寄せました。


冷戦崩壊から30年近くがたち、そろそろ「冷戦後」の歴史に、ミネルヴァの梟を飛ばしてもよい黄昏が来ている。1990年代以降、日本政治は「左右対立」という図式をほぼ全的に放棄し、それに代わる政治対立軸のナラティヴを見出せないまま、現在にいたるまで漂流を続けている。拙小論は、左右対立に代わる政治対立軸として、「改革の政治」と「公正なグローバリズムの政治」を提示するもので、博論後に短期集中的に取り組みたいテーマです。


もとより、政治対立軸は学者が頭で考えて現実に押しつけるものではない。それは、現実のなかから「必然的に」浮び上る。と同時に、現実のなかに潜在する新たな対立軸を掬い出し、言葉を与えて表現し、それを促進していく作業も重要だろう。それは、「必然性」を主体的に可視化させるような「理性」であり、そこに自由や規範が保たれる「すきま」も生じて来よう。


冷戦後の歴史は、いわば誰もがそれぞれ経験してきた当事者。大きな形に仕上げるにつれ、折にふれ諸賢の意見・批判を請うていきたいテーマです。

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   「改革の政治」と「公正なグローバリズムの政治」


冷戦崩壊以降、五五年体制の溶解をへて、日本政治は「左右対立」を完全に喪失してきた。そしてその政治対立軸の空隙を埋めたのが、「改革」に対する態度で政治を論じるナラティヴ、すなわち「改革の政治」であった。


「改革の政治」とは、「誰が最も効率的に改革を実行できるか」を競いあう政治といえる。政治改革、行政改革、そして小泉構造改革など冷戦後の日本政治のトレンドは圧倒的に「改革の政治」であった。九〇年代後半には野党第一党も社会党から新進党へと代わり、二〇〇〇年代は与野党が「改革」を競いあう構図となった。小泉構造改革の「痛み」が顕在化し、民主党が疑似社民化して政権交代を果たすと、「改革の政治」はいびつな形で関西に移り、大阪の橋下維新に流れていく。


「改革の政治」が定めた敵役筆頭は官僚であり、リーダーシップ強化やポピュリズムと共振しながら、行政機構の効率化を進めてきた。「改革の政治」は、「ポスト左右対立」の政治を描き出す最も説得的なナラティヴであり、結果的にそれは日本の政治経済構造を新自由主義グローバリズムに適合的な形に再編成してきたといえる。

他方、「改革の政治」に対抗する勢力もまた、現在、社会運動の圧力を受けて統合のきざしを見せている。「改革の政治」からはじき出された「古い保守」、デモに引き寄せられる民進党、野党共闘に転換した共産党、旧来型の社民主義、三・一一以後の新しい民衆運動、そして脱成長を志向する緑の政治などである。


こうした諸勢力を糾合し、「改革の政治」に対峙するための結集軸として、筆者は「公正なグローバリズムの政治」に着目している。その内実となるのは、人権、立憲主義といったリベラルな政治価値の擁護、格差是正と持続可能な経済政策、そして新自由主義グローバリズムとは異なる公正なグローバル秩序の構築であろう。変動する時代のなかで自己刷新を怠るものは消え去る。しかし、運動と理論の双方で「公正なグローバリズムの政治」を作り上げていく作業に、確かな希望が眠っている。


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by akai1127ohi | 2017-02-08 00:14 | Comments(0)

今さらながらのピケティ・ブーム

トマ・ピケティ「不平等のダイナミクス」(New Left Review、2014年1・2月号)を拝読、、、するのみならず翻訳までしてしまう。同インタビューは『21世紀の資本』の要旨をまとめたものらしく、ピケティさんについてはこれを読んだからまあいいか、という気分になる。

ピケティによれば、20世紀において格差是正、富の分散、所得の平等化、社会的流動性の再活性化をもたらしたのは、何よりも二つの世界大戦の衝撃と、それに続く政策的反応によるもの。戦争がそれまでの不平等な過去を洗いざらい「更地」にして、「カード」を配り直した。

このコロラリーは、労働運動や社会主義政党の影響力、いわば「政治の力」のある意味での相対的軽視で、戦争がなければ富分散と社会流動性が高まらない、との主張とも捉えられかねず、インタビューアーがこの点を突いていた。もちろん、ピケティは破局主義ではなく、労働運動や社会主義政党に期待すると述べてなんとかポジティブな方向で話しが終わっているが、とはいえこれは「期待」となっている。

この論点は、例えば、世界大恐慌からの米国の回復を成し遂げたのは、ニューディール(政治)か、第二次大戦(戦争)か、というような論点とも関わるだろう。資本主義を統御する上で、「政治の力」の位相を考える上で、興味深い箇所だった。
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by akai1127ohi | 2015-10-11 23:38 | Comments(0)

新しい変化と「自由民主主義の伝統」ーSEALDs の声明を読んで

昨日(6月26日)、あいにくの雨でしたが久しぶりに官邸前デモに参加し、終了後、スタッフの大学生が配っていたSealdsの青いパンフレット「No War, Just Peace」を受け取り、帰路の車内で拝読。「自由と民主主義の伝統を守る」と宣言した、大変優れた内容で、私のSealds理解、「トイレをきれに使ってありがとう」レトリック論にさらに自信を深めました。

現実政治のなかで何か新しい変革を起こす時は、その運動がまさに「新しい」がゆえに、少なからぬ人が不安に思う。だからこそ、その不安を取り除くために、新しい運動はいろいろ知恵を出し工夫しなければならない。

「新しい運動」を、あえて、その政治社会の「伝統」に依拠させるのも、その大切な工夫の一つと感じる。「新しい運動」を、少なくともレトリックとして、「伝統」の継承あるいは復活だと説得的に示す必要がある。それによって「新しい運動」への人々の不安を和らげ、包摂し、もってその「伝統」を強化する。シールズの声明は、そのような言葉の力を現実に発揮していると感じる。

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たとえば、オバマが米国で初の黒人大統領になった時、世論には、今まで前例のない「黒人大統領」という現実に、一抹の不安が漂っていた。また、医療保険改革の際は、「リベラルすぎる」「社会主義者」という批判が保守派メディアや共和党から激しく浴びせられた。

しかし、それを覆い返すオバマの言葉は実に戦略的かつ説得的で、終始、イデオロギー闘争を自分有利な方向に引っ張っていった。たとえば医療保険改革が「社会主義」、「反アメリカ的」と批判される度に、ニューディールや公民権運動などアメリカの歴史的遺産を言葉豊かに想起させつつ、自身の改革をその延長上に位置づけて、自分の主張こそ「アメリカの伝統」であるとして、世論に承服させるものだった。

「初の女性大統領」とされるヒラリーのレトリックも同様です。アメリカの世論が、どこかまだ「女性大統領」という観念に馴至化しておらず、少し不安げな視線を向ける世論に向けて、NYのルーズヴェルト島で初の大規模演説を行い、自身をFDRといった伝統、ビルやオバマの流れの延長に位置づけている。

何か新しい変化を起こす時は、それがまさに「新しい」がゆえに、その「新しい変化」を、あえてその政治社会の「伝統」に依拠させる。それは、その変化を成功裡に進めるための重要な知恵と思います。

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では、日本はそのような「伝統」はあるか?

アメリカほど優れた「もう一つの日本」があるとは残念ながら思えないが、とはいえ無いいわけではない。たとえばですが、植民地支配を合理化する政治家の暴言があれば、必ずをそれを批判し是正させんとする運動がずっと起こってきた。ネットは「ヘイトスピーチ」に溢れながら、路上はカウンターデモの人波が溢れてきた。2009年には、どんなに稚拙とはいえ、初めての本格的政権交代もあった。2011年の3・11以降は、自民党がどんなに強引に右翼政策を進めようとも、もはや、国会を包囲するデモ文化がもはや常態化している。

そういう意味では、か細いながら確実に、保守陣営とは違う、もう一つの伝統」が確実にある。否、むしろ、たとえ一方的にであれ、それが「ある」と宣言して前提化することによって、「新しい運動の」の政治的資産にする。

Sealdsの声明は、そのイデオロギー闘争にひとまず成功していると思います。
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by akai1127ohi | 2015-06-27 13:02 | Comments(3)

ヒラリー・クリントンの国連LGBT演説について

学部時代に愛聴していた『米vs英 リーダーの英語』(鶴田知佳子著2006)という視聴覚教材に、当時上院議員だったヒラリー・クリントンが母校ウェルズリー女子大で行った講演が収録されており、思いもかけぬ自分の人生に触れながら、「社会的成功にクッキーの型抜きのような定型なし(there is no cookie cutter formula for public success)」と述べていた一節が妙に頭に残った。

2009年、国務長官となったヒラリーは、来日の折、東大弥生講堂で講演し、私も参加した。講堂周辺は物々しい警備で、ヒラリー来訪に反対する学生たちが「Stand on the side of eggs」という張り紙を張っていて、警備員に剥がされていた(エルサレム賞での村上春樹のスピーチ、「堅い壁と、それに当たって砕ける卵があれば、私は常に卵の側に立つ」を踏まえたものです)。

当のヒラリーの東大での講演の内容はアメリカ民主党の外交政策をそつなくまとめたものだったが、質疑応答の際、「どうすればあなたのような強い女性になれますか?」という日本人学生の質問に、ヒラリーが「女性の環境は千差万別で定型はない。ただ言えることは、自分に正直であれ!(be true to yourself)」と答えていたのが印象に残った。

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今学期、非常勤先での英語授業と社会思想史授業の双方で、ヒラリーが2011年に国連で行ったLGBT演説を取り上げ、あらためてヒラリーの主張に触れた。日本の英語教育ならびに「公民科」の教材として、全訳の上、印刷配布するにふさわしい演説と感じる。



演説は、1946年の国連人権宣言から始まり、そこで示された人権概念が、先住民、子ども、障がい者、その他の周辺化された人々に拡張されてきた経緯に触れながら、「我々の時代に残された現代の課題」として、「目に見えない少数派(invisible minority)」、すなわちLGBTの人権に触れている。

ヒラリーLGBT演説には実に多くのレトリック的工夫が含まれているが、その特徴を上げれば、以下の三点だろう。

第一に、少数派の人権を論じる際の、モラリズムではなく功利主義。
ヒラリーは決して「LGBTの人たちが可哀そうだから」というモラリズムで論を立てない。少なくともレトリック上、そういう理由でその権利を擁護することはしない。むしろ、性的少数派の権利を尊重しないことが「社会全体の利益」を妨げていること、発明やイノベーションといった経済的活力をそぎ、保険や公衆衛生などへの社会的対策を万全にすることも阻害していることを畳み掛けるように説得する。

これは、性的嗜好のようなイッシュが、保守派の感情を揺さぶり、ある意味で逆撫でする sensitive な課題であるがゆえの戦略であろう。

ちなみに同様の戦略は、イデオロギー的に sensitive な課題を扱う際のオバマにも同様です。先日のキューバとの国交回復交渉を国民に説明するなかで、オバマは、決して「社会主義体制の是非」については論じません。そうではなく、キューバとの交流がないことが、いかに「アメリカ人全体の利益(our interst)」にとって損失か、という点に的を絞って主張を展開する。もって、キューバとの国交回復に対する保守派の抵抗感を弱めようとする=広範な支持を得ようとする。

第二に、欧米中心主義の否定。
LGBTの権利を主張することは、アメリカの(多分にリベラルな)文化に価値観に固有の価値観であり、それをアジアやアフリカに押しつけることは「文化帝国主義」である、という批判が容易に想定される。それゆえ、ヒラリーの演説には、その批判を回避するための実に多くのレトリックが含まれています。

何より、ヒラリー自身が冒頭で、「私は、LGBTの権利の主張を、私自身の国が、この点において完璧とは程遠いことを『知っていながら』主張しています」と表明する。その上で、ヒラリーは、「LGBTの権利獲得が決して西洋の発明物ではない」ことを、南アフリカやコロンビア、ネパール、モンゴルなど非西洋世界でのLGBT人権保障の例を重ねることで、説得的に提示しようとしている。

第三に、それでいて流石と舌を巻くのは、このような民族的、宗教的、性的少数派の権利を擁護する試みにおいて、アメリカ合衆国が主導的な位置にあることを正面から押し出す態度表明です。

ヒラリーは、オバマ政権がその包括的な人権政策の一環として、性的少数派の人権を最優先順位に掲げていることを示しながら、次のように述べる。

「アメリカ合衆国において、人々が人権のために立ち上がる時、引き合いに出される言葉があります。『歴史の正しい側に立て(Be on the right side of history)』。アメリカ合衆国の歴史は、不寛容と不平等に繰り返し取り組んできた人々の物語です。我々は奴隷制をめぐり凄惨な南北戦争を戦いました。女性や先住民、人種的少数派、子どもや障がい者、移民、労働者の権利を確立するためのキャンペーンに、全米各地の人が参加してきました。平等と正義への旅は、今後も続いていきます」

「最後に、世界中の LGBT の男性女性の皆さんに、これだけは言わせてください。あなたがどこに住もうが、あなたが支援のネットワークにつながっていようが孤立して不安に駆られていようが、決して一人ではないと知ってください。世界中の人々があなたを応援し、あなたが直面する不正義と危険に終止符を打つよう努力している。少なくともこれは、私の国(米国)において真実です。あなたはアメリカ合衆国に、数百万人の力強い友人と協力者を持っています」

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私自身は、生まれ育った家庭の思想環境が比較的「反米的」だったため、また大学時代がイラク戦争と重なったため、アメリカ合衆国に対してはとかく批判意識が強かったが、2012年に初めてアメリカの土を踏み、雪の中をルーズヴェルト生家やワシントンのキング牧師記念碑を回り、この政治社会の驚くべき二面性に触れた。

今、ヒラリーの演説も、私のアメリカ観を大きく変えようとしている。

日本の英語教育ならびに「公民科」教育の教材として、全訳の上、印刷配布するにふさわしい演説と思います。
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by akai1127ohi | 2015-02-26 01:44 | Comments(3)

坂本義和逝去ー「オルタナティブの人」の遺産

10月6日、台風18号で暴風雨が横切る駅のホームで、坂本義和氏逝去の報に接する。横なぐりの雨風と同様、若干、心の乱れ騒いだ朝となった。

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坂本義和氏を始めて目にしたのは、2007年3月、明治学院大学での「福田歓一を送る会」だった。会場に入ると、いきなり檀上で大号泣し、会場全体に嗚咽を響かせながら弔辞を読んでいる(叫んでいる?)老人がいた。それが、坂本義和だった。悲憤慷慨の義士、とでもいうような、活字で知る坂本義和その通りの人という第一印象だった。

二度目は2007年12月1日、第4回南原繁シンポジウムでの基調講演。この時の坂本氏は、南原繁が論じた「真理立国」(真理に基づき国を立てる)をかなり明瞭に批判し、むしろこれからは「真理超国」(国を越えた真理を求める)だと喝破した。「真理超国」など、(たとえば古市君的なクールさが蔓延する)私らの世代では、とても恥ずかしくて言えない言葉だが、そんな理念を何の衒いもなく宣言する坂本氏の魅力を感じた。

1950年代には「革新ナショナリズム論」で一石を投じた「ナショナリスト坂本義和」。坂本氏は、ナショナリズムに対するこの世代の「転向」をよく示している。転向とは、往々にして、権力に迎合する方向への思想の転換を意味する。しかし「転向」とは、むしろ、その時々の支配的趨勢に抗う形での、自らの思想の変化を意味する。

坂本義和は、ナショナリズムの良い面も、またナショナリズムを克服する最良の視点も同時に併せ持った人。否むしろ、ナショナリズムの良い面を誰よりも追求したからこそ、そのナショナリズムを超える主張を、誰よりも衒いなくの述べられた人、と言いたい。

三度目に坂本氏を目にしたのは、2009年3月、ジョン・ダンやルス・スカーを招いたシ成蹊大学での研究会「デモクラシーとナショナリズム」。研究会はおよそ6時間におよぶ長丁場となり、最後に、坂本先生も一言どうぞとマイクを渡されると、坂本氏は、開口一番、「こんなに長時間に渡り老人を拘束するのは、重大な人権侵害である」と述べて、会場を沸かせた。

その後、毎年11月の南原繁シンポジウムでお見かけすることなどはあり、直接お話しする機会は、作ろうと思えばいくらもあったが、生来の「遠慮癖」で、結局、お話しする機会はないままとなった。

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今年(2014年)、『南原繁と国際政治』(エディテクス)という本に、「南原・吉田論争と坂本・宮沢論争」という小論を書いた。1965年の『現代の理論』誌上で行われた、坂本義和と宮沢喜一の対談をとりあげ、それを南原繁と吉田茂の論争に重ねあわせるものである。

本が刊行された直後、7月末に、坂本先生から、人を介して感想と感謝の連絡をもらった。そこには、「南原・吉田」の延長に「坂本・宮沢」が取り上げられていて驚いたとして、大意、次のような趣旨が書かれていた。「安東仁兵衛君が、なけなしのカネで借りた小さな部屋で、文字通り膝つき合わせんばかりの席で宮沢さんと率直な懇談をした、旧『現代の理論』などという、もう誰も見ない昔の記録が本書に含まれていることは、驚愕としか言えません」。

坂本メイルは、それに続き、「こんなところまで目配りをされた、大井さんという方は存じませんが、感謝の気持ちと同時に、言葉を書くことについての恐ろしさを、あらためて感じました。その点を含めて、大井さんに感謝しています」とあった。

「言葉を書くことの恐ろしさ」という坂本氏の言葉は、実にその通りと感じる。どこの馬の骨ともわからぬ若造が、書庫の奥底に眠った対談を引っ張り出してきて、後続世代の特権としての「後知恵(hindsight)」でもって解釈を加えた論文を書くのだから。「言葉を書くことについての恐ろしさ」は、けだし、坂本先生の感嘆のみならず、言葉で思想を表現し残すものすべてに通じる、普遍的教訓のように受けとめられた。

               ***

坂本氏の浩瀚な著作のなかに、私なりの関心でいくつかの峰を作れば、おそらく次のようだろう。①初期のE・バーク研究、②1950年代の革新ナショナリズム論、③中立日本の防衛構想、④その後の平和研究。

「保守主義」のあり方、ナショナリズムのあり方、また、憲法9条の下での防衛構想のあり方。坂本義和の思索は、いずれも、「もう一つの戦後日本」を示すオルタナティブであり続けた。坂本義和は、その意味で、常に「現実とは異なるもう一つの選択肢」を示し続ける、「オルタナティブの人」えあったように思える。

               ***

「戦後民主主義/戦後啓蒙」と呼ばれる思想的遺産の「批判的克服」は大事であり、後続世代の学問的営為が、決して過去の「縮小再生産」になってはいけない。だがしかし、ここ最近の日本の思想営為は、先行世代の研究を無暗やたらに「克服」しようとする、単なる学会特有の些末なドライブに駆動されてはいなかったか。遺産の「克服」は大事だが、私としては、いま一度、遺産を「受け継ぐこと」、「引き継いでいくこと」を、もう少しまじめに考えてみたい思いがしている。
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by akai1127ohi | 2014-10-07 10:37 | Comments(0)

謹賀新年・2013

Pessimism because of intelligence,
Optimism because of will.        A. Gramsci

しかし意志ゆえの楽観は、知性ゆえの悲観の「先」にしかないだろう。
暗いトンネルの中で、苦しい自己変革の陣痛に呻きながら
それでも胸奥から思わず言葉が口を突くのを信じたい。
「明けない夜はない」、と。

二〇一三年 元旦            

今年もよろしくお願いいたします。
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by akai1127ohi | 2013-01-01 16:07 | Comments(0)

謹賀新年・2012

「ぼくの村で洪水が起ったとき、お坊さんとか神主とか学校の先生が集まって、それぞれいままで予期しなかったような新しい知恵を発揮して頑張りました。半年ぐらいそのまま緊張している。それから弛緩して、もとにもどってしまいましたけれども。そういう、洪水後六ヶ月くらいの復興期の感情が、[創刊当時の]この雑誌に満ち満ちていると思うんです。」(大江健三郎、「『世界』の40年」、岩波書店、1985年、p16)

               ****

3・11 と原発事故の後、この列島に住まう誰もが緊張し、また、誰もが「当事者」であった。「洪水後六ヶ月間」の緊張を、いかに維持しえるか。その緊張をどこかで意識しつつ、論文に取り組む年にしたいと思います。
                    
                       2012年元旦 大井赤亥
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by akai1127ohi | 2012-01-01 13:58 | Comments(2)
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