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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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大田さんへの応答(その2):批判的知性のあり方をめぐって

20世紀には「知識人」といわれる思想家が、自身の思想的原理を持ちながら、様々に現実にアンガジュマンしたが、そのような20世紀の知識人が示した「批判的知性」とは何か。

先日、目下の論文作業のため、グラムシからサルトル、サイードなどの「知識人論」を概観することがあったが、あらためて、知識人が個々の状況で「同時代的態度決定」をする際の基準の複雑さと適切さに舌を巻く思いがした。

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知識人の定義は複雑多岐ですが、たとえばその一つとして、人権や平和といった「普遍的な原理」に忠実で、常にそこから思考を出発させる人、というのが当座挙げられよう。

しかし同時に、知識人の同時代的関与は、その「普遍的な原理」をアプリオリに固定化させ、それによってすべての同時代的判断を導き出す人たちではない。批判的知性と言うのは、「普遍的な原理」に反することをなんでもかんでも批判するということではない。批判的知性とは、一方で普遍的な原則を確固として把持しながら、他方で、眼前の個別具体的な政治の力関係をしっかりと見据えて、普遍的原則から発した思考をそこに「チューニング」させる、そういう鋭い能力をもった意識のことだと思います。

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大田さんの重視される、「日本がその侵略行為に対して歴史的道徳的清算をすべきこと」という主張は、その限りでは常に正しく、いわば「普遍的な原則」であり、それが重要な課題であると考えるにあたって私も人後に落ちません。

しかし、そのような批判や注文を、安倍政権や右派メディアに対して行うのと、隆盛してきたばかりの学生主体のデモ運動に対して行うのとでは、現実の行為の意味としては、同じではないだろう。端的にいえば、前者は建設的な意味を持つのに対して、後者は必ずしもそうでない。

批判する側にその意図は全くなくても、「植民地支配清算を宣言せよ」との立場からのシールズ批判は、自分自身を現在の安倍氏の立場に置き換えてみればわかることですが、安保法制も植民地支配反省もいずれも度外視する政権にとって、好都合な政治的現実を作り出す可能性が高いだろう。また、シールズは、いわば萌芽期の運動であり、それを本当に「強化」しようとするなら、その欠点や弱点を批判することによってそうするよりも、今はまだ支持、応援して可能ならその一部になろうとすることによって強化するべき、そういう段階である。

20世紀を代表する批判的知性たちは、一方で「普遍的な原理」を把持しながら、他方で、政治の現実におけるそのような差異をしっかりと認識して、その上で態度決定を行う能力を持った人達だったように思います。状況や文脈を無視して、ただただ「普遍的原理」に忠実に、それを杓子定規に掲げた人たちではないだろう。むしろ逆で、そのような「普遍的原理」を把持しながら、複雑で流動する現実の力関係を極めて鋭敏に見極め、政治的に間違いのない態度決定を必ず選択、実践してきた人たち、と思います。

すなわち、批判的知性とは、一方で「普遍的な原則」を確固として把持しながら、他方、それを2015年6月の日本の政治状況にしっかりと「チューニング」させる、そういう鋭い方法の意識を持っていることだと思います。

もちろん、上記のように述べることは、「植民地支配の道徳的歴史的清算」という課題を軽視することではありません。また、「侵略戦争の道徳的歴史的清算」を求めてのシールズ批判を止めろと言っているわけでもありません。ただ、そういう『批判』は、「批判的知性の仕事」とはいえないのではないか、ということです。

もちろん、「現在」の状況での、「安倍政権」にむけた、「植民地主義清算を求める批判」には、私は満腔の同意でイイネボタンを押します。

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たとえば、今この状況における「批判的知性」のあり方とは何か。あくまでたとえばですが、たとえばサルトルや加藤周一などが、今生きていたらどうしたか――。

彼らは20世紀において「植民地主義の歴史的道徳的清算の必要性」に真摯に取り組んだ批判的知性ですが、彼らが今生きていたら、自らが把持するその普遍的原理を何ら損することのないまま、国会前に行ってデモの一部になり、自らシールズのデモに駆け寄り、求めてマイクを握り、連帯と共鳴の挨拶をしただろうと思います。
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by akai1127ohi | 2015-06-27 13:00 | 政治時評 | Comments(1)
Commented by すみませんが at 2015-07-07 22:53 x
すみませんが、日本ではまだ、植民地支配や侵略行為に対する精算というのは、「普遍的な原理」になっておりません。これは、日本だけのことではなく、旧植民地宗主国に見られる現象です。という意味で、植民地主義の未精算は、普遍的な現象だと言えましょう。

現在の右傾化や対アジア政策の問題ですが、その根本的な原因は植民地主義の未精算にあります。

なぜ未精算のまま、ここまで来られたのか。それは、日本が民主主義、平和を掲げながら、アジアと向き合わなくても良くなったためです。

そうしてなんとかやって来られたのに、なぜ今こういう状況になってしまったか。それは、民主主義と平和だけでは不十分だったからです。

したがって、日本の平和運動について評価するより、厳しく再検討しなければならないという瞬間を、日本は迎えているんです。
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