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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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ヒラリー・クリントンの国連LGBT演説について

学部時代に愛聴していた『米vs英 リーダーの英語』(鶴田知佳子著2006)という視聴覚教材に、当時上院議員だったヒラリー・クリントンが母校ウェルズリー女子大で行った講演が収録されており、思いもかけぬ自分の人生に触れながら、「社会的成功にクッキーの型抜きのような定型なし(there is no cookie cutter formula for public success)」と述べていた一節が妙に頭に残った。

2009年、国務長官となったヒラリーは、来日の折、東大弥生講堂で講演し、私も参加した。講堂周辺は物々しい警備で、ヒラリー来訪に反対する学生たちが「Stand on the side of eggs」という張り紙を張っていて、警備員に剥がされていた(エルサレム賞での村上春樹のスピーチ、「堅い壁と、それに当たって砕ける卵があれば、私は常に卵の側に立つ」を踏まえたものです)。

当のヒラリーの東大での講演の内容はアメリカ民主党の外交政策をそつなくまとめたものだったが、質疑応答の際、「どうすればあなたのような強い女性になれますか?」という日本人学生の質問に、ヒラリーが「女性の環境は千差万別で定型はない。ただ言えることは、自分に正直であれ!(be true to yourself)」と答えていたのが印象に残った。

               ***

今学期、非常勤先での英語授業と社会思想史授業の双方で、ヒラリーが2011年に国連で行ったLGBT演説を取り上げ、あらためてヒラリーの主張に触れた。日本の英語教育ならびに「公民科」の教材として、全訳の上、印刷配布するにふさわしい演説と感じる。



演説は、1946年の国連人権宣言から始まり、そこで示された人権概念が、先住民、子ども、障がい者、その他の周辺化された人々に拡張されてきた経緯に触れながら、「我々の時代に残された現代の課題」として、「目に見えない少数派(invisible minority)」、すなわちLGBTの人権に触れている。

ヒラリーLGBT演説には実に多くのレトリック的工夫が含まれているが、その特徴を上げれば、以下の三点だろう。

第一に、少数派の人権を論じる際の、モラリズムではなく功利主義。
ヒラリーは決して「LGBTの人たちが可哀そうだから」というモラリズムで論を立てない。少なくともレトリック上、そういう理由でその権利を擁護することはしない。むしろ、性的少数派の権利を尊重しないことが「社会全体の利益」を妨げていること、発明やイノベーションといった経済的活力をそぎ、保険や公衆衛生などへの社会的対策を万全にすることも阻害していることを畳み掛けるように説得する。

これは、性的嗜好のようなイッシュが、保守派の感情を揺さぶり、ある意味で逆撫でする sensitive な課題であるがゆえの戦略であろう。

ちなみに同様の戦略は、イデオロギー的に sensitive な課題を扱う際のオバマにも同様です。先日のキューバとの国交回復交渉を国民に説明するなかで、オバマは、決して「社会主義体制の是非」については論じません。そうではなく、キューバとの交流がないことが、いかに「アメリカ人全体の利益(our interst)」にとって損失か、という点に的を絞って主張を展開する。もって、キューバとの国交回復に対する保守派の抵抗感を弱めようとする=広範な支持を得ようとする。

第二に、欧米中心主義の否定。
LGBTの権利を主張することは、アメリカの(多分にリベラルな)文化に価値観に固有の価値観であり、それをアジアやアフリカに押しつけることは「文化帝国主義」である、という批判が容易に想定される。それゆえ、ヒラリーの演説には、その批判を回避するための実に多くのレトリックが含まれています。

何より、ヒラリー自身が冒頭で、「私は、LGBTの権利の主張を、私自身の国が、この点において完璧とは程遠いことを『知っていながら』主張しています」と表明する。その上で、ヒラリーは、「LGBTの権利獲得が決して西洋の発明物ではない」ことを、南アフリカやコロンビア、ネパール、モンゴルなど非西洋世界でのLGBT人権保障の例を重ねることで、説得的に提示しようとしている。

第三に、それでいて流石と舌を巻くのは、このような民族的、宗教的、性的少数派の権利を擁護する試みにおいて、アメリカ合衆国が主導的な位置にあることを正面から押し出す態度表明です。

ヒラリーは、オバマ政権がその包括的な人権政策の一環として、性的少数派の人権を最優先順位に掲げていることを示しながら、次のように述べる。

「アメリカ合衆国において、人々が人権のために立ち上がる時、引き合いに出される言葉があります。『歴史の正しい側に立て(Be on the right side of history)』。アメリカ合衆国の歴史は、不寛容と不平等に繰り返し取り組んできた人々の物語です。我々は奴隷制をめぐり凄惨な南北戦争を戦いました。女性や先住民、人種的少数派、子どもや障がい者、移民、労働者の権利を確立するためのキャンペーンに、全米各地の人が参加してきました。平等と正義への旅は、今後も続いていきます」

「最後に、世界中の LGBT の男性女性の皆さんに、これだけは言わせてください。あなたがどこに住もうが、あなたが支援のネットワークにつながっていようが孤立して不安に駆られていようが、決して一人ではないと知ってください。世界中の人々があなたを応援し、あなたが直面する不正義と危険に終止符を打つよう努力している。少なくともこれは、私の国(米国)において真実です。あなたはアメリカ合衆国に、数百万人の力強い友人と協力者を持っています」

               ***

私自身は、生まれ育った家庭の思想環境が比較的「反米的」だったため、また大学時代がイラク戦争と重なったため、アメリカ合衆国に対してはとかく批判意識が強かったが、2012年に初めてアメリカの土を踏み、雪の中をルーズヴェルト生家やワシントンのキング牧師記念碑を回り、この政治社会の驚くべき二面性に触れた。

今、ヒラリーの演説も、私のアメリカ観を大きく変えようとしている。

日本の英語教育ならびに「公民科」教育の教材として、全訳の上、印刷配布するにふさわしい演説と思います。
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by akai1127ohi | 2015-02-26 01:44 | Comments(3)
Commented by NARA at 2016-06-28 02:33 x
要するに「転向」?

「反米」から、アメリカの良さにも目を向けるつもりで良さばかりに目を向けてる「親米」へ? Wow!
Commented by NARA at 2016-06-28 02:45 x
もう一言。もしこのブロガーが「戦前」~「戦中」に生きていたとするならば、何と言っていただろうか。

確かに、最近このブロガーの文章のように興味深く、あれこれ考えさせてくれる刺激的な文章はない気がする。そういう意味で非常にありがたいです。
Commented by akai1127ohi at 2016-06-29 08:40
LGBTの権利を推進することが、「転向」なのでしょうか。
世界人権宣言からの権利の拡大を応援することが、その点でヒラリーの主張に賛同することが、「右側に寄り添ってしまう」ことなのでしょうか。

言葉を都合よく使う前に、本質をよく考えてみてほしいと思います。
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