Modest Comments on What I Have Read


Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
by akai1127ohi
プロフィールを見る
画像一覧

オバマ大統領二期目就任演説(2013年)解題

この四月から始まった、主として英語を中心とした三大学週八コマ非常勤の春学期が、終わった。このうち、いくつかの授業では、発展学習と称して、You Tube から取捨選択した英米の政治家のスピーチをリスニング教材として使用した。

それらは①オバマ大統領二期目就任演説(2013年)、②ミッシェル・オバマ民主党大会演説(2012年)、③H・クリントンのジュネーブLGBT演説(2011年)、④D・キャメロン&N・クレッグによるイギリス連立政権の結成演説(2010年)です。

これらのスクリプトを熟読視聴することは、私自身にとっても大変興味深く、あらためて英米政治の先進性を痛感した。以下、順次、授業で使ったリスニング教材へのコメントを書いておきたい。まず第一に、十八番の「オバマ二期目就任演説」(2013年)から。

          ***

オバマの第二期就任演説は、第一期のそれよりはるかに「リベラル色」の強く出たものであり、英語雑誌『English Journal』は、同演説を「共和党からの独立宣言」と伝えた。

就任演説冒頭、米国独立宣言に触れた後、オバマは、政局的党派対立を惹起させる、いささかcontroversial なテーマに触れる。

「我々は、競争と公正な活動を保証する規則がある場合にのみ、自由な市場は反映しうると発見した。我々は一貫して中央の権力への疑いを決して放棄せず、政府だけで社会の病巣を全て治癒できるといった虚構に屈しなかった。独創力と進取(initiative and enterprise)の気性をたたえること、勤勉さや個人の責任へのこだわりは、我々の変わらない国民性だ。しかし、時代の変化とともに我々も変わらなければならないということも常に理解してきた。建国の精神への忠誠は、新たな挑戦への新たな対応を求めている。個人の自由を守るためには、最終的に集団行動(collective action)が必要となる」(4:02~)

ここでオバマが言っている「含意」は何でしょうか?
明らかにそれは、「自由な市場を擁護するために」こそ、「公正で画一的な規制」が必要であるということ、「個人の自発性と進取」というアメリカの本質を維持するためにこそ、「集団的行動(collective action)」が必要になるということ、であろう。

このようなレトリックを用いる/用いらざるえないオバマの意図は、(私にとっては)明らかです。すなわち、共和党系、あるいはさらに言って「茶会(ティー・パーティ系)」からの批判を封じ込めつつ、「彼らの目的」それ自体を掠め取るレトリックを使いながら、実際はオバマ的な、すなわち「リベラル」な、要するにヨーロッパ的に言えば「社会民主主義的な」政策を確実に実行するためのレトリックです。

          ***

しかしそれ以上に巧みなのは、このように若干であれ政局的党派対立を惹起した直後はかならず、間髪入れずに、「一つの国(one nation)、一つの国民(one people)」としてそれを成し遂げなければならないという求心力的、「国民統合的」レトリックに持ち込む流れです。

「たった一人の人間では子どもたちの将来に欠かせない数学や科学の大勢の教師を訓練できないし、米国に新たな雇用や事業をもたらす道路やネットワーク、研究所もたった一人で築けない。我々は一つの国(one nation)、一つの国民(one people)として、今まで以上に協力して取り組まねばならない」(5:03~)

若干であれ党派的対立を惹起するような言辞を述べた直後、オバマは必ず、「一つの民衆」、「一つの国民」という言辞で、アメリカ国民の統合的レトリックへ間髪入れずに流し込みます。これはオバマの演説において一つのパターン(定型)です。

このレトリックによって、どんな「根っからの共和党員(die hard Republican)」であれ、どんな潜在的対黒人偏見主義者であれ、本心ではオバマを嫌いながら、とはいえ、とはいえ、「国民統合」のレトリック、「アメリカ人は一つ」のレトリックを用いられると、さすがにそれに反対することはできません。

ブッシュ時代は、このような「国民統合的レトリック」は、面白いほど対外戦争を前にした国民団結に用いられてきたが、オバマは、そのレトリックの力学を、自身が推進しようとする社会保障や国民皆保険の政策推進の力として、実に巧みかつ効果的に「「手段化」しています。私の定義する「政治家」というものは、こういう力を行使しえる存在です。

          ***

「メディケア(高齢者向け医療保険)やメディケイド(低所得層向け医療保険)、社会保障制度によって互いに支え合う仕組みは、我々の自発性を弱めるものではなく、我々を強化するものだ。これらの制度は「ただ乗り」する者を許すものではなく、国を繁栄させるためのリスクを自由に取れるようにするための仕組みだ」(9:37~)

ここも同様で、メディケアやメディケイドは、いわば「社会主義的」であるとして対抗勢力から批判されるところ、オバマは、むしろこのような社会保障政策「こそ」が、アメリカの本質的土着的価値である「個人の自発性」を強化し、「国家からの給付の受け手(taker)」 ではなく「挑戦や前進を積極的に行うリスクの担い手(taker)」を涵養するものだと、いわば巧みに「すり替えて」います。

          ***

アメリカの「リベラル」な政治家にとって、「軍」や「軍人」をどう位置づけ、どう語るかは、頭の悩ませ所であると同時に、腕の見せ所であろう。その点、オバマの次の言明は、ほぼ及第点といえる。

「永続的な安全と平和のため、絶え間なく戦争をする必要はないと信じる。戦火によって鍛えられた勇敢な米軍の兵士は、勇気と技能において誰よりも優れている。戦火により失った人々の記憶は米国民の脳裏に焼き付いており、自由のために払った代償を痛いほど理解している。彼らの犠牲を認識するからこそ、米国に危害を加えようとする者への警戒を永遠に緩めない。だが、我々は単に戦争に勝った人の子孫であるだけでなく、平和を勝ち取った人や敵を確かな友人へと変えた人の子孫でもある。その教訓を今に生かさねばならない」(11:31~)

まず何より、軍隊従事者に対する「賞賛eulogy」がなければならない。これは、アメリカのように(日本と全く異なり)歴史的に独立自衛を果たしてきた政治共同体では、絶対に必要不可欠なことです。(もちろん冷戦下では「独立自衛」にかこつけた覇権主義があったのは火を見るより明らかな事実であり、それは飽くまで批判対抗的に捉える必要が必至ですが、当座、それはオバマ評価とは別の論点です)。

と同時に、その実、根の本心では軍隊よりも協調外交、関与外交を志向する「リベラル」として、軍事従事者への賞賛と全く矛盾しない形で、実際に失明したり足を失ったりした傷痍軍人やその家族の「実存」に寄り添う形で、とはいえしかしながら、アメリカ人は「単に戦争に勝った人の子孫であるだけでなく、平和を勝ち取った人や敵を確かな友人へと変えた人の子孫でもある」ことを想起させる。この流れに持ち込むレトリックが秀逸です。この言明の背景に想起されている具体例は、おそらく当然、第二次大戦後の日本でしょう。

更にオバマは、続ける。

「他の国々との紛争を平和的に解決するよう試みる勇気を示そう。それは我々が直面する危険についての考えが甘いからでなく、(武力介入ではなく関与外交こそが)国家間の疑念や恐怖をより永続的にとり除くことができるからだ」(12:35~)

アメリカのように、協調平和外交がすぐに「チキン(臆病・弱腰)」とされる政治風土において、協調平和外交こそが「持続的な平和と国益」を可能にする、というレトリックを力強く主張しえることは、すでにその方面でのイデオロギー闘争の優位を物語るものであり、オバマは当座、そのイデオロギー闘争に当座の勝利を収めているといえる。


[PR]
by akai1127ohi | 2014-08-09 05:01 | 政治時評 | Comments(0)
ブログパーツ
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
venusgood.com
from venusgood.com
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
愛国心を育てる名言
from 愛国心を育てる名言
愛国心を育てる名言
from 愛国心を育てる名言
愛国心を育てる名言
from 愛国心を育てる名言
イカー!イーカチュー!!
from イカチュウ
総員第一種戦闘配置!!
from 司令
しょーすしょすしょすw
from びえぶ
ちょちょちょ(^^;
from さい8
ライフログ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧