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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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政治時評(29)―民主党への注文と「民主自民同根論」への注文

7月21日の参議院選挙を控え、東京選挙区では民主党が事実上分裂することになった。毎度唐突なドタバタお家芸であり、民主党の党運営の稚拙さに深く閉口する。加えて、鈴木寛氏と大河原雅子氏との二者択一では結果的に鈴木氏を公認、大河原氏を非公認とする現執行部の判断もまた、現在の民主党の一定の傾向を示す一端かと感じる。

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それに先立つ東京都議選(6/23)では民主党は大敗、代わりに共産党が躍進した。共産党はこれまでその主張が過小評価・過小報道されており、その実績に見あった議席の反映がなされるべき存在であり、その意味で同党の躍進は脱原発や現行のTPP等を考える上で、一定のポジティブ要素だったといえよう。

同時に、日本の政治イデオロギー「全体」から見た場合、今回都議選のような、民主凋落のうえでのイデオロギー二極化(共産党のいう「自共対決」)というのが果たして今後ポジティブな方向性をもたらすのか、比較的危惧をのこす結果とも感じる。

民主党の激減の上でのイデオロギー的二極分化(共産党のいう「自共対決」)は、たしかに双方の極が伸びたわけだが、圧倒的に片方の極(自公)が大きく、共産の極は「これまでと比べて」というものともいえる。結局、「イデオロギー二極化」よりも、それによって相対的に後景化されがちな民主党の凋落ぶり、いわゆる「中道/中道リベラル/穏健保守」の選択肢の先細りが、日本のイデオロギー構造「全体」を見た場合に、やはりもっとも本質的に危惧されるべき課題と感じられる。

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選挙は党派の闘いなので、党派の主張、党派の利益が前面に出てくるのはしょうがない。しかし、共産党の掲げる「自共対決」という図式は、現在の政局のイデオロギー図式の認識としては、客観的な妥当性を欠くと感じる。

「自共対決」のコロラリーは「自民民主同根論」であり、それは常に民主党批判と対になっている。これは、「そうした方が共産党の独自性が出る/支持者のボルテージが高まる」という党派的戦略としては十分理解できるが、現在の日本のイデオロギー状況、平たくいえば政局磁場の全体像を踏まえた場合、若干の違和感をぬぐえないでいる。

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自民党と民主党は、同じと言えば同じだし、違うと言えば違う。2009年政権交代以後、民主党は「右寄せ要因」に面白いほど揺さぶられ、政権交代時の立場から離反していった。とはいえ、その民主党と自民党を「同じ」とすることもできないだろう。

たとえば消費税、TPP、生活保護法、議員定数削減などの点では自民と民主は軌を一にしており、ある争点では自民党以上に「自民党的」ともいえる。他方、96条改憲、脱原発、新大久保ヘイトスピーチ、LGBTといった論点では両党には無視しえない差異がある。

したがって、自民党と民主党の差異は、要はどの争点、どのアジェンダで両党を捉えるかに左右されるといえよう。消費税やTPPを重視すれば同質性が目立つし、96条改憲や脱原発を重視すれば差異性が意識化される。したがって、民主党に対する評価の仕方も、どの争点/アジェンダを重視するかで変ってくるといえる。

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現在の政局の争点、参院選挙の最大の争点として何に優先順位をつけるかは各人各様と思われる。しかし、重要なアジェンダとして①憲法と②脱原発を挙げることは自然であろう。

憲法は戦後日本のイデオロギー対立の最も象徴的な争点といえる。硬性憲法ゆえに自民党にとっても改憲も容易ではないが、万一条文改憲ということになれば、比較的中長期にわたって「取り返しのつかない損失」ということになるだろう。

「脱原発」は、3・11以後、これまで政治には無関心だった人々のも含めて、多くの有権者の「政治化politicalization」を触発する争点となってきた。脱原発は、広義の運動側にとって、若干後退したとはいえ最も現実的に勝算のある争点、またその好機がはらんでいる「伸び代」を最大限に活かさなければならない争点と感じる。

もちろん、こう述べることは、その他の(主として経済的)アジェンダを軽視しているわけではない。憲法や脱原発における多数派を構成してくなかで、他のアジェンダも状況を好転的に展開させる政治的道筋の模索が必要と思える。

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とりわけ、「脱原発」では民主党と自民党の差異は比較的顕著だろう。

民主党は、2009年政権交代以後、最も保守化が進んだ野田政権でさえ、建前上は2030年代の原発稼働ゼロを掲げていた。自民党が原発再稼働に「積極的」であるのに対し民主は「容認」であった。また民主党は新規原発建設は「認めず」の立場であった。もちろん、民主党の「脱原発」は不十分であるし、政局や世論とのかねあいで今後も紆余曲折、右往左往があるだろう。しかし、基本的に日和見主義者の集団である民主党は、自民党に比べて、運動や世論の風向き次第で変化する割合を多く含んでいると思われる。

そうでありながら、2012年衆院選は、原発政策推進を公言する自民党に対し、野党は「30年後の脱原発」か「15年後の脱原発」か「即時原発ゼロ」か等をめぐり批判の応酬を行い、選挙共闘も行えないまま、結果的に、30年後の脱原発でも15年後の脱原発でもなく、端的に原発推進を掲げる自民党の政権回帰を許した。

原発政策の積極的推進を掲げる自民党「さえ」止められないのに、脱原発の「時期」をめぐって野党同士が批判しあうなど、通常の常識と悟性(=予見能力)、一定の政治感覚があれば、愚の骨頂以外の何ものでもないのは明白ではないだろうか。

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もちろん、民主党はこれらの争点「でさえ」建前を貫徹しえておらず、明確な政治理念を欠いており、自民党に対決してそれに代替しえる確固とした中道左派政党の登場を期待する有権者の声に応えきれていない。民主党に対して批判的な圧力を加え続ける必要は減じていない。とはいえ、「民主党と自民党が同じだ」という主張は、「民主党をどう評価するか」以前に、「民主党をどう認識するか」という点で妥当性を欠くといえよう。

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たとえば、産経系メディアの攻撃を受けながらも菅氏は脱原発活動を続けている。鳩山氏は(その政治感覚に一定の疑問符もつくが)「歩くバカ」を自認して、昔年の保守政治が維持していた日中友好のパイプを代替している。有田氏は新大久保ヘイトスピーチの国会での争点化に尽力し、「芦部」質問をした小西議員は先日の上智大学での「96条の会」で私の横で立ち見で講演会に参加していた。これらはいずれも、自民党とは明らかに異なる政治行動といえよう。これを含めて「自民党と同じ」とすることは、私にはできない。

参議院選挙に際しての判断はもとより、より中長期的に、自民党に対抗し、それに代替されるべき政治イデオロギーの枠組や勢力をどのような線で構築するのかを考える際に、このような「民主党認識」を前提にして判断すべきだと感じる。
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by akai1127ohi | 2013-07-07 00:37 | 政治時評 | Comments(0)
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