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Modest Comments on contenporary politics by Akai OHI (Twitter:@AkaiOHI)。
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政治時評(9)―7・29・脱原発国会大包囲

7月29日の「脱原発国会大包囲」に参加した。

デモに参加することは「義務」ではないし、また参加したくても仕事やアルバイトで参加できない人も多いだろう。国会や首相官邸前でのデモであれば東京在住者でなければ参加しにくい。したがって、たまたま7月29日に国会包囲デモに参加した私は、幸運だというべきだろう。

もとより、数万人が参加した大きなデモにおいて、私が見た範囲はまさに巨象の一面であり、「虫の視点」での経験にすぎない。しかし以下では、幸運によって経験見聞したその「虫の視点」を思い返して記述し、それに私の感想を加えて、以って広く公益ならびに「鳥の視点」の形成に寄与することにしたい。

                    ***

7月29日は、夕方5時過ぎに国会正門前に到着。当日は学部時代の友人Aさんと、終了後に電話連絡を取りあって現地で落ち合おうと約束しての参加であった。夕暮れの国会正門前を散策し、韓国の古里原発に抗議する韓国からの参加者などとお会いしたり、「新かながわ」という神奈川の週刊新聞の記者さんから取材を受けたりした。

まだ陽のある6時すぎ、国会正門前の方角からキャンドル配布のお知らせが聞こえてきた。7時からの国会包囲が始まればおそらく正門前は混雑するだろうと思い、私は国会向かって右側の国会図書館あたりで包囲の輪に加わろうと考え、歩き出す。

すると、ちょうど国会正門前を右折するあたり旧友のAさんから携帯に着信。電話に出ると「今、ohi さん見えてます」とのこと。周囲を見渡すと、Aさんはファミリーエリア周辺(国会正門前右岸)にいて、手を振っている。結局、そこでAさんに本当に久しぶりに邂逅し、「いつから家族持ちになったんですか?」と、単身者二人で軽口を交しながら、混雑により更なる移動も難しく、結局ファミリーエリア周辺で国会包囲の輪に加わった。

夕陽が落ちていくにつれ、今回の「国会包囲」の主旨であるキャンドルの明かりが目立ち、美しさを増していく。私の前にいたおじさんは、短い釣竿の上に電気ウキとチューブ状の集魚発光剤をつけて掲げている。

途中で、国会正門前を二台の鳩バスが通過。先週は「鳩山」で今週は「鳩バス」か。今日東京を観光する旅行者は、この「国会大包囲」の人々の波に、強く東京を印象づけられることだろうと感じた。

7時過ぎだったと思うが、対岸の国会正門左岸で、国会議員たちのスピーチが始まろうとするあわただしい気配が伝わってきた。そこで、Aさんと国会正面右岸から左岸へ移動しようとするも、国会正面前の横断歩道は青信号でも通行止めになっており、仕方ないので誘導に従い、国会前の通りを交差点「国会前」(六本木通り)まで降りることにする。

7時すぎの国会前通りはキャンドルを持った人でびっしりと埋まっていた。歩道と車道のあいだに鉄柵がしかれ、その間に1mほどの隙間があり、移動者はそこを通ることになっていて、私たちはそのすき間を通って国会通りを東(有楽町方面)へ歩いた。結果的に、国会前通右岸を埋めた参加者の様子を舐めるように観察することができた。

歩道では、薄暗闇のなかにみんなが思い思いの発光物を持ち、趣向をこらしたカードや灯篭などを持ちより、「再稼働はんたい」「原発いらない」と訴えている。着物の人、家族つれ、若者、太鼓叩きなどと並び、今回はいつもの金曜日デモに比べ、壮年から高齢の参加者が多い印象であった。キャンドルと人々の熱気で、通りはむしろ幻想的な雰囲気であった。

交差点「国会前」(六本木通り)まで降りてきて、そこで国会左岸に向けて信号を渡ろうとすると、丁度この時、10車線ある国会前通りの左右それぞれ1車線ずつにもはや人が歩いているのに気づいた。「あ!一番端の車線は解放された」と瞬時に察知し、友人Aさんとその車線を歩いた。何か、車道をめぐる状況が非常に流動的になったことを本能的に感じた。

国会正門左岸では国会議員のスピーチだろうか、あわただしく賑わっている様子で、われわれもそれに向けて急ぎ足になっていたので、Aさんと「車道を渡ろう」ということになった。実際、5、6人程度だっただろうか、車道を横切って向こう側に渡る人がいた。

Aさんに急かされるまま、私も車道を走って左岸に渡った。そして、私たちが車道を渡ると、さらに4、5人くらいが、そして瞬時にさらに10人くらいが、私たちの後をついて、「今だ!」という感じで車道を渡った。私たちが車道を渡り終え、振り返って車道を見返すと、もはや30人くらいが車道一杯に出ていた。それを見た国会前左岸の歩道の参加者たちは、それまで「再稼働はんたい!」とコールしていたところ、瞬時に「車道をかいほう!」と言い出す人たちが出てきた。すると、左岸の歩道から車道に大きく駆け出す人たちが出てきて、すると右岸の歩道からも、もはや大群の人々が公道にあふれだした。左右の歩道から人々が公道にあふれだす瞬間は、実に言葉にできない、不思議な映画の一幕のようであった。国会前の10車線の車道は一気に人で埋まり、人々は興奮のなかで一気に国会正門前まで歩み寄り、空間は人々で占有された。

私たちが車道を渡ってから、車道が国会正門前までびっしりと埋まるまでは、あれよあれよの展開、ものの3分の出来事だった。飽和した歩道で掛け声をくり返していた人々はみな、車道を解放させたかったのだ。公道いっぱいに広がって、互いが良く見える状態で、自らの声を届けたかったのだ。そのマグマが参加者のなかに充満していて、ただそのきっかけがあればいつでもみんながそうする状態だったのだ。車道を「渡る人」を見て、あ、車道に人がいる、ならもう車道に出よう、車道を解放させよう、という人々が続いたのだろう。

7月29日に車道解放をもたらしたのは、誰が、というのではなく、本当に多数の威力、数の力であったと思う。車道解放ばかりを目的化した所謂「ロートル左翼」を批判する意見もあるが、あれほど一気に人がなだれ込み、あれよあれよと車道占拠がなされたのは、やはり、もっと広い空間で自らの意見を述べ、メディアや政府に伝えたいという参加者全体の共有された思いがあったはずだ。プロ野球珍プレー好プレーなどで時折、球場内に闖入して走り回っては取り押さえられる迷惑ファンの映像が出てくるけど、所謂「ロートル左翼」だけではそうなっただろう。しかし、数人がそれに続き、あれよあれよの間に大勢がそれに続けば、もはや空間は民衆の支配する場、民衆が表現する場に一挙に変容する。そして、本当にあっというまに、国会前通りは人で埋まった。

60年安保の際、ブント全学連は「国会突入」を目的化して先鋭化していった。2012年紫陽花/向日葵デモも、「車道解放」それ自体を目的化してはいけないだろう。運動のなかでの状況判断は本当に難しいし、答えはすぐにはわからない。しかし、細分化された細長い歩道ではなく、広い空間で互いを確認しながらともに声を挙げたいという参加者のエネルギーはもっともだし、その欲求やエネルギーが求める表現の態様においてそれが示されるべきであろうと感じる。

もちろん、車道解放に加えて実力で「国会突入」をする意見は、参加者の基本的な総意とはかけ離れているだろうし、何より60年安保ブントにおける「国会突入至上主義」の教訓から学んでいないという点において、私は反対である。また、今後、車道解放「のみ」を目的化することは戒めるべきであろう。しかし私は、現在までのところ、7月29日の国会前車道占拠は、脱原発デモにとって、そして脱原発に向けたこの社会の世論を喚起する上で、妥当かつ意義のある行動だったと判断している。

10車線の車道が解放され、私たちも駆け足で国会正門まで歩み寄った。警官も一気に立ち並び、その向こうには警察の装甲車の列が迅速に形成された。人なみに押し流されるまま、Aさんと私は、警官がすぐ前にいる、デモの最前線に位置することになった。熱気と掛け声がすごい。

最前列から後ろを振り返ると、多数の旗、のぼり、手持ちの看板が林立している。私たちが流れついた場所は、国会正門やや左岸寄りの最前列であり、you tube映像では「野」「田」「政」「権」「打」「倒」という手持ち看板のちょうど向こう側(国会側)である。



周辺の人々の様子や、コールの掛け声から、私は徐々に、この全体的に平穏で「市民的」なデモのなかでは、おそらく相対的に最も激しくラディカルな場所に位置することになったと感じた。コールの掛け声は、「再稼働はんたい!」「原発いらない!」とともに「内閣打倒!」が混じるようになり、それを熱心に叫ぶ人々も、(おそらく「ロートル左翼」と呼ばれる)長年の運動家のような容貌の人たちと見受けられた。今後の展開がどうなるか、予想がつかないという危惧もよぎった。実際、民主党の川内博史議員が最前列で、(おそらく国会突入など過激な主張をしている)デモ参加者を汗だくになりながら説得していた。同時に、汗だくになりながらも銅像のように無表情に起立する警官の顔に、同じく汗だくになりながらにじり寄りるおじさんの顔が、もはやキスせんばかりに接近している様子は、おかしみを誘いもした。

終了時刻の8時が近づいても抗議行動の熱気は激しく、国会前の全面開放を導いたこのエネルギーが、これまでの金曜デモと同様に、平穏に終了するだろうかという懸念もよぎった。しかしそれは杞憂だった。8時をすぎると、私のいた最もラディカルな最前列でも、参加者どうしで、「終了です!バンザイ!、「おつかれー」「また金曜に!」と声をかけあい、達成を確認しあって、ゆっくりと場所を解いていった。ともに汗だくになったAさんいわく、「『今からやあ!』言うんか思ったら、めっちゃ聞き分けええやん!」。私もいやはや全くと同意した。

元来は大飯原発の再稼働反対を契機にして高揚したこの首相官邸&国会デモ。しかし、原発再稼働はなされても、抗議の声は一向に終わらない。それは、この声が、単にある原発の再稼働反対を求めているのではなく、あの3・11と原発事故を受けて、やはり原発なしでこの社会を作って行こう、これまでの社会の価値観を変え、新しいエネルギーの下に、原発ではなく、もっと自然にそくした、身の丈にあった人間らしい生き方をしていこうという思いがあるからだろう。その意味でこれは、原発に頼らない新しい社会と生活のあり方を求める運動であるし、その根本的な考えや価値観の変化が政治に全く反映されない現状を自力で打開しようと模索する、われわれのデモクラシーの運動でもあろう。

そしてこのデモの高揚は、政治がその要求にしっかりと舵を切るまで、今後も続くだろう。時に停滞したり、内部で対立したりしても、政治が新しい方向へ舵を切るまで、今後も続いていくだろう。私も、「われわれ」の同時代に遭遇することになった、「われわれ」のこの動きに、持続的に関わっていきたいと考えている。

デモ終了後、興奮の余韻のなかを、Aさんともう一度、交差点「国会前」まで降りる。バンドの太鼓の音、パフォーマンスが続く中を、帰路に就く人々。(道中に小熊英二先生がおり、興奮から初めてご挨拶してしまった)。「祝祭」というが、その辺で焼きそばの屋台が出ていてもおかしくない雰囲気だ。

国会正門左岸の中途で、チンドン屋のパフォーマンスをしている人たちが、独自にアレンジした「We shall overcome」を演奏していて、帰路につく参加者の拍手を浴びていた。私たちもしばし足を止めて聞き入った。歌い古された古典的な歌だが、世界中で今初めて演奏されたかのような新鮮さがあった。

Oh, deep in my heart, I do believe.
We shall overcome, someday.

私も今夜、信じることができた
何を?
それはまだ言葉にならない

しかし、たしかに何かを
何かよい方向にわれわれを導く
われわれの内にある何か
そんな何かを、たしかに信じることができた



(7月29日深夜記)
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by akai1127ohi | 2012-07-31 23:46 | 政治時評 | Comments(0)
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