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「左翼=反権力」イメージの形成と再考
「左翼」のイメージをめぐるインタビュー(新宿BERG店長のブログ)を、興味深く読むと同時に、複雑な気持ちになった。
「左翼=反権力、権力にアカンベー」というイメージは非常に日本的だ。それは、肯定点もあるが限界もあろう。左派が国家権力を禁忌し、なぜかそれを自慢さえするようになった。左派的なものが「任せて文句を垂れる文化」(宮台氏)のイメージになってしまった。日本でなぜこれほど、デモなるものが多数の人々から嫌悪されるかの遠因とも関係しよう。 やはりその背景には、1968年以降(1960年ではない)の学生運動が示した未熟さや暴力性、無責任さがあり、それをパターン化して繰り返し消費してきた「語り/言説」があろう。また、68年に端を発する学生運動・社会運動の内実が、アングラ的な「ちゃらんぽらんさ」のスタイルの称揚に流れ込み、今はそのような文化左翼の実践としてのみ生き残っている、という点もあろう。 若松孝二監督「実録・連合赤軍あさま山荘への道」しかり、道浦母都子『無援の抒情』しかり、結果的に小熊英二『1968』もしかり、「政治と理想に燃えた若者の現実と挫折…」というような「語り」が反復されてきて、その都度、インテリや当事者世代向けの「学生運動もの」として消費される一方、よく知らない若い世代に対しては、学生運動=ゲバ棒、デモ=世間迷惑、政治署名=狂信的で危険というイメージだけが反復再生産されてきた。 「左翼とは反権力、反体制だ」というイメージ、デモや署名なるものへの若い世代におけるそこはかとない嫌悪感や拒否感は、そのような「語り/表象」の上にあるものだろう。 *** ロベスピエールやレーニンはおそらく衆目一致する「大左翼」だろう。しかし、レーニンは絶対に「反権力」ではないし、「権力にアカンベー」など口が裂けても言わないだろう。無茶苦茶「権力追求」だった。権力への当事者性が漲りほとばしる人だったろう。それが「左翼を生んだ国」の、普通の左翼だろう。 *** ドイツの学生運動の経験はその後に緑の党や社民党に結実したが、日本での68年学生運動は、「ミクロな政治課題」を顕在化させた意義はあったものの、その後「反権力/権力にアカンベー」となり、あるいは「連赤」のトラウマから(もしくはそれを口実にして)端的に没政治化していった。その意味で菅直人氏は、日本の学生運動に関わった団塊世代で政界に入った、稀少例であった。 *** 今年最後に、菅直人前内閣の評価に対する私の思いの丈を率直にぶちまけて、気持ちよく新年を迎えることにしたいと思います。 by akai1127ohi | 2011-12-30 00:16 | 床屋政談 | Trackback | Comments(0)
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